13-06 特殊はいつでもお隣に

 それによると、渡辺は警察への届け出を拒否し、心配する友人の協力も断って、近所をひたすらぐるぐると探し回っていたのだという。

 もしかしたらフミ子さんが帰っているかもしれないとたびたび家に確認に戻り、その何回目かであの再会に至ったらしい。


 優芽と紬希がフミ子さんを見つけなければ、間違いなく発見は遅れたし、最悪の場合は発見できず……という状況になっていたかもしれない。

 だから優芽は自分が選択を誤ったとは思わなかった。

 学校に姿を見せず、教師や両親たちを慌てさせたのは悪かったが、後悔は微塵もない。



「これに反省文を書いて提出するように。以上!」

 そうやって解散を促しながら、田沼は優芽に向かってこっそり親指を立てて頷いた。

「久我を気にかけてやってほしい」という頼み事を優芽は十分すぎるほどに達成できている。

 それに対しての「いいぞ!」というサインだ。

 優芽にその件と伝わったかは定かでないが。



「まさか遅刻の言い訳に人助けを使う日が来るなんて……」

 教室に向かいながら、紬希が呟いた。

 彼女にとって「遅刻しそうなときに、突然目の前に困っている人が現れて、その人を助けていたから遅れたんだと正当化してしまう」というのは想像力の足りない想像にすぎなかった。

 想定していた用途とは違うものの、そんなシチュエーションが現実となったことに後から気づいて、彼女は奇妙な心地になった。


「言い訳とは違くない? 人助けしてて、遅刻したんだから」

 田沼から渡された原稿用紙をぴらぴらと振りながら優芽が指摘した。

 果たして彼女はこの用紙のマスを埋めることができるのだろうか。



「それにしてもヘッブって便利だね! あたしひとりだったら、こんなにいろんな使い道があるって気づかなかったよ!」

 想像を現実化する、というような性質。

 そんな説明から、ヘッブを人探しに役立てられると連想できる人はまずいないだろう。

 その使い方に気づけたのは、ひとえに紬希のおかげだ。

 モルモルの言葉の端から情報を手繰り寄せなければ、という使命感と、それを実際に果たせている彼女の能力の賜物だ。



「想像」と言われると、未経験のことや現実に存在しないものについて心の中で思い描くこと、と普通は考える。

 しかし、モルモルは「というような」という曖昧な部分に意味を凝縮したのだろう。

 念じる、願う、思い出す、そういった精神的な活動全般がモルモルのいう「想像」であり、それがヘッブの性質と合致すれば、使い方は無限に広がるのではないか。

 そんな可能性を、紬希はなんとなく感じ始めていた。


「確かに便利だね。でもそれ以上に恐ろしいと思う」

「なんで? いろんなことに使えるんだよ?」

「だからだよ。いろんなことに使えるとなると、きっと段々、願いを叶えてくれる魔法の力みたいに錯覚しちゃう。ヘッブは暴走もするし、誤作動もするんだよ?」

 優芽はそれを聞いても、ピンとこない様子だった。


 ヘッブは提供した食事の質に見合った想像しか現実化できない。

 誤った万能感で舞い上がれば、うっかりそれを忘れてしまうこともあるだろう。

 ヘッブはそんなふうにして扱ってはならない危険物質だと、紬希は改めて認識したのだった。


「そうだな。ヒトはそうやって身の丈に合わないものを求めて身を滅ぼす」

 モルモルの声が優芽のうなじから聞こえてきた。

 戦慄する紬希に対し、優芽は一体何を思っただろうか。

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