13-05 特殊はいつでもお隣に

「何でこんなとこに!? うわ……これ腐ってるの?」

 フォークを探していた紬希もつられて食器棚を覗き込むと、そこには小鉢に盛られたおかずが置かれていた。

 どろどろと溶けかけて、よく見るとまだらにふわふわとしたものが浮いているところもある。

 自分の家では見たことのない食品の有り様に、二人は手を近づけることもできなくて、そっと引き戸を閉じた。


 結局お皿を出すことはできなかったが、シンク横の水切りバスケットの中にちょうどいい食器を発見して、二人はそれを拝借することにした。

 バスケット内の食器は無造作に積み上げられているが、水滴がついているから今朝にでも洗ったものなのだろう。


「湯飲みもあるし、試しにお茶も一緒に出してみる?」

 紬希が両手いっぱいにコップ類を持ったまま提案した。

 積み上げられた食器の一番上にゴロゴロ乗っていたため、一度全部外に出したのだ。

「そうだね。さっき冷蔵庫にペットボトルのお茶がいっぱい入ってたよね」

 さっそく冷蔵庫からお茶を出そうとした優芽を紬希は止めた。

「緑茶はカフェインが入ってるから、もう一度私の水筒のお茶を試してみよう。水分補給にはノンカフェインの麦茶の方が良いと思う」

 そう言って紬希は自分の水筒を取り出した。

 直飲み式ではないので、衛生面も問題ないはずだ。

 カフェインの有無にどんな意味があるのか、やはり優芽にはわからなかったが、紬希の言うことなら間違いない、と心底心強く思った。



「フミ子さん、メロン食べませんか?」

 声をかけると、コタツに入っていたフミ子さんは、キョトンと二人のことを見上げた。

 そして初めて、二人はフミ子さんが微笑むのを見た。

「ありがとう。果物大好きなのよ」


 コタツの上には新聞が広げてあったが、素直に折りたたんで場所をあけてくれた。

 やはり朝から何も口にしていなかったのだろうか。

 フミ子さんはあっという間にメロンをたいらげると、一緒に出した湯飲みにも口をつけた。

「冷た」

 そう言ってすぐにフミ子さんはすぐに湯呑みを置いた。

 飲んだのはひと口だけだ。

 それでも、二人はなんだか嬉しくなった。

「ごちそうさまでした」

 フミ子さんは丁寧に手を合わせ、また新聞を広げた。


 ちょうどその時だ。


「なんだこの靴はっ? 誰かいるのか?」

 玄関から男の人の声がした。


「渡辺さんだ!」

 二人は同時に叫んで顔を見合わせた。


 ぬっと男の顔が部屋を覗き込んだかと思うと、ビクッと後ろに引いた。

 誰もいないはずの我が家に見知らぬ少女が二人いるのだから当然だ。

「なんだあんたら!? 人の家に勝手に――」

 言いかけて、ハッと口をつぐんだ。

「もしかして……朝のお姉ちゃんたちか?」

 空き巣の類いでないことがわかると、渡辺はそこで初めて視線を手前に向け、驚きの表情を浮かべた。

「ばーさん! どこに行ってたんだよ。随分探したぞ! あ~……良かったよぉ」

 顔を歪めて駆け寄る渡辺に、フミ子さんは「おかえりなさい」と声をかけた。



---



「お前らバカか!」

 そう叱りつける田沼は、どことなく面白がるような表情をしていた。

「婆さんがいなくなるのも大変だが、お前らがいなくなるのも大変なことなんだ。どんなに大勢に心配をかけたか。婆さんを探しに行く前に、もう少し想像力をはたらかせるべきだったな」

「はい……」

 紬希は深刻な表情でうつむいていたが、優芽はどこか誇らしげな気持ちだった。



 フミ子さんが無事帰ってきて安堵した渡辺は、あの後、自分がどんなに探し回ったか、どんなに心配したかをどっと話し始めた。

 気持ちを吐き出さずにはいられなかったのだろう。


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