13-04 特殊はいつでもお隣に
「通してもらえるかねえ?」
「うわっ!?」
しわがれた声がして二人は飛び上がった。
足音もしなかったのに、いつの間にかすぐそばにフミ子さんが立っていたのだ。
何か用でも済ませてきたのだろうか、台所のさらに奥の部屋から来たらしい。
二人が脇に寄ると、フミ子さんはゆっくりと歩いていき、コタツに落ち着いた。
家の中に知らない少女がいることは別段気にしていないようだ。
「…… 今ならグラウンドに行っても大丈夫かな? ひとりが渡辺さんを呼びに行って、ひとりがここでフミ子さんを見張る?」
優芽の提案に、紬希はだんまりした。
渡辺を呼びに行くのも、フミ子さんを見ているのも、紬希には荷が重い。
できれば二人で行動したかった。
自分の不安を優先すべきでないというのは、もちろん分かってはいるのだが。
そんな紬希の気持ちを察して、優芽は実はほっとした。
自分は渡辺を呼ぶ側をやりたいが、もし紬希にフミ子さん側をやってほしいとお願いされたら、信念上断れない。
二人で責任を分けあったからここまで来られたのだ。
この異様な家の中でフミ子さんと二人きりになるのは、やはり優芽にとっても居心地が悪かった。
「そうだ。フミ子さん、朝ご飯食べてないかもって言ってたよね。ちょっと冷蔵庫の中、覗かせてもらう?」
フミ子さんの落ち着きようを見るに、このお宅はちゃんと渡辺夫婦の自宅なのだろう。
優芽はそう判断して、提案した。
フミ子さんは結局、一滴も水分をとれていない。
何かしら口に入れてもらわなければ、渡辺に引き渡す前に倒れてしまう事態にもなりかねない。
そうやって話をすり替えて、二人は少しだけ問題を先延ばしすることにした。
沈む床を避けながら冷蔵庫を開けに行ってみると、中は空っぽでも食品が溢れかえるでもなく、意外ときちんとしていた。
他人のうちの冷蔵庫を勝手に開けることにはなんとも言いがたい罪悪感があった。
しかし、フミ子さんは二人の水筒からお茶を飲んでくれないのだからやむを得ない。
泥棒をしているような後ろめたさを感じつつも、二人は庫内を物色した。
空間を埋めているのは、ほとんどがパウチ惣菜や漬け物、しぐれ煮といった味の濃いものだった。
朝を抜いて、長時間水分もとっていないであろう老人には相応しくなさそうなものばかりだ。
どうしたものかなとチルド室を引き出してみると、そこにはフルーツが入っていた。
「これならいけるんじゃない?」
「ブルーベリーにバナナにカットメロン……色々あるね。水分、ビタミン、ミネラルがとれるし、いけるかも」
相変わらず紬希は頭の良さそうな返事をしてくれる。
「メロンは九割近くが水分だし、カリウムもバナナと同じくらい含まれてるよ」
「じゃあメロン出してみよっか」
バナナにどのくらいカリウムが含まれているのか、そもそもカリウムとはどんな栄養素なのか優芽にはまるでわからなかったが、紬希の言うことなら間違いない。
お皿を用意しようと、優芽は自然と冷蔵庫の反対にある食器棚に向かった。
その開き戸には重力に関係なく埃が固まってこびりついている。
手をかけた指先から少し油っぽいような感触がした。
「ひゃっ!?」
戸を開けた瞬間、優芽は驚いて声をあげた。
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