13-03 特殊はいつでもお隣に

 掃き出し窓があるが、あまりの草の伸び加減にとても近づけそうにはない。

 木製の戸袋は塗料が剥がれ落ち、ささくれだっていた。



 半信半疑ながら二人が後を追うと、フミ子さんはよろよろと上がりかまちに足をかけているところだった。

「危ないっ!」

 優芽と紬希は二人して駆け出して、受け止める体勢をとった。

 幸いにも、フミ子さんは後ろにひっくり返らず、よろけながら玄関に上がっていった。


「バリアフリーの必要性を人生で一番感じたわ!」

 優芽が胸を押さえて、誰に言うでもなく叫んだ。

 紬希もコクコクと頷いた。

 あの様子ではいつ転倒してもおかしくない。

 もしそんなことになれば、フミ子さんは頭を打って死んでしまうかもしれない。



 運良く命は助かっても、骨折から寝たきりになることは、高齢者にはよくあるパターンだった。

 二人の想像はそこまでは及ばなかったが、フミ子さんの近くにはいつも死が寄り添っている気がして、少し怖くなった。



 たたきにしつらえられた靴箱の前にはポリタンクやら十字に縛った古紙やら、いろんな物が積み上げられてごちゃごちゃだ。

 足を引っかけそうな所は、いくらでも見つかる。


「もしかして家の中も危険がいっぱいなんじゃ……」

 二人は顔を見合わせて、ややあって頷いた。

「おじゃまします……」

 小声で言いながら、おっかなびっくり二人は渡辺家に足を踏み入れた。



 狭い家だ。

 たたきからホールにかけてもずっとごちゃごちゃと物が置かれ、それがそのまま階段まで続いて、階段の一段ずつにも物の詰め込まれた段ボールやら使っていない日用品やらが埃をかぶって置かれていた。

 明らかに掃除の行き届いていない様子に、二人は床を踏むことに抵抗を覚えた。

 白い靴下の裏は、帰る頃には果たして、何色になっているだろうか。



 フミ子さんを追って、玄関を上がってすぐの部屋に入ってみたが、そこにフミ子さんの姿は見当たらない。

 コタツが置かれ、やはり部屋の中は物で溢れかえっていた。

 さらに奥にも部屋があるらしく、人ひとり分くらい開いている襖からは、布団が二組敷きっぱなしになっているのが見えた。

 覗き込んで確認したが、そちらにもフミ子さんはいない。


 コタツの部屋の北側にはガラス障子があって、それも人ひとり分開きっぱなしになっていた。

 優芽が先頭になって入ってみると、床が畳からビニールっぽいタイル調に変わったそこは台所だった。

 ダイニングテーブルはほとんど物置台と化し、長い間使われていないのだろう椅子にはクモの巣が張っている。


 うろうろとフミ子さんを探して歩き出したのも束の間、突然優芽が飛び退いて紬希にぶつかった。

「びっ……くりしたあ!?」

「イタタ……どうしたの?」

「床がふかふかしてる! 踏み抜くかと思った!」

 優芽が指差したところは目視では特に変わったようには見えない。

 でも紬希が恐る恐る足を伸ばしてみると、体重をかけた瞬間にその部分の床だけがゆっくりと沈んだ。

「本当だ。床が柔らかい!」



 とにかく衝撃の連続だ。

 世の中、どの家庭も自分のうちと似たり寄ったりだと、二人はそれを疑う機会すらなく今まで過ごしてきた。

 だが、自分達と同じ時間、同じ地域で生きているはずなのに、渡辺家と自分の家ではこれほどまでに暮らしが違う。

 この家の状況は、二人の「普通」をいともたやすく揺らがせた。

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