13-02 特殊はいつでもお隣に
「主人が探してるんなら、行かなきゃならないねぇ」
ぼそぼそっとそう言うと、フミ子さんはふわふわと歩き出したが、数歩で思い出したように振り返った。
「どこに行けばいいんかね?」
背中の丸まったお婆さんは寂しそうにそう聞いた。
二人はフミ子さんのことを明らかに認知症だと思った。
これはよく聞く徘徊中に迷子になってしまったパターンなのだろう。
そうは思うものの、二人は認知症に詳しくなかった。
ご飯を食べたことも忘れちゃうような、物忘れの激しい、近所をふらふら歩き回る得体の知れない存在。
認知症というのは決まってそういうものだというイメージだった。
実際には認知症にはいくつか種類があり、フミ子さんはアルツハイマー型という認知症だった。
それに、記憶障害は認知症になれば誰にでも現れる症状であるのに対し、徘徊は必ずしも現れるわけではない、二次的な症状であった。
専門的な知識やフミ子さんの生活歴を知っている人ならば、今回の徘徊や迷子について、フミ子さんなりの理由があったのだと解き明かせたかもしれない。
しかし、何も知らない二人にはこのお婆さんのことが理解できなかったし、どんな行動をするかの予測もまったくできなかった。
もちろん対応の仕方もまるでわからない。
「どうしよう。渡辺さん、まだグラウンドにいるかな?」
「グラウンドゴルフはまだやってる時間帯だから、とりあえず行けば、誰かしら連絡がついたり、家を知ってたりするんじゃない?」
そう結論づけた二人は、フミ子さんをグラウンドまで連れていくことにした。
そこそこ距離のある道のりをフミ子さんと歩くのは思ったとおり骨が折れた。
フミ子さんは早く歩けない上に体力もない。
しかも、少し時間がたつごとに「どこに行くんだったかね?」と繰り返し二人に尋ねてくるのだ。
その度に二人は「旦那さんのところですよ」、「旦那さんがフミ子さんのことを探しているんですよ」と同じことを伝えた。
「……認知症って本当に同じことを聞いてくるんだ」
優芽が困ったように言った。
変身して夏目とゴミ拾いをしながら、「いつも同じ質問」と耳打ちしたときの彼女とは全然違う。
魔法少女に変身している間の記憶が周りの人からまるごと消えてしまうのは、ヘッブという未知の力が働いてのことだから気にならない。
でも、変身しておらず、しかもさっき言ったばかりの記憶が目の前の人から消えてしまうのは、どうにも気持ちが追いつかなかった。
二人は夏目の「熱中症も心配」という言葉を覚えていて、自分達の水筒からお茶を飲ませようともした。
しかし、フミ子さんは「渇いてないからいい」と言って、かたくなにコップを突き返した。
二人はますます困った。
「ああ、着いた」
グラウンドまでもう一息というとき、フミ子さんはそう呟いて、突然向きを変えた。
無用心にも無施錠だったらしい。
二人が止める間もなく、フミ子さんは民家の玄関に吸い込まれていった。
「ここ本当に渡辺さん家なの!?」
焦って二人が表札を探すと、玄関にかかった木の札には渡辺清治と書かれていた。
渡辺のお爺さんが清治という名前でありますように、と二人は強く祈った。
そこは瓦屋根に、所々色あせたトタン壁の一軒家だった。
玄関の前はマシなものの、すぐ隣に目をやれば雑草が好き放題生い茂っている。
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