12-05 ヘッブの役立て方

「よし。じゃ、ゴミ拾い始めよっか。紬希は顔見られるの不安だろうから、東屋の中をやっててくれる? あたしはひとっ走りグラウンドの方とか、あちこち見て回ってくるから。多分すぐ終わると思う。そしたら一緒に東屋の外をやろう!」

 テキパキと指示し始めた優芽を、紬希はさすがと思った。

 が、最後にサラッと言ったことに仰天した。

「モルモル、トング出して」

「えっ、トングもヘッブなの!?」

「そうだよ。学校に持っていきたくないもん」


 通学リュックからゴミ袋を出しながら、優芽が何でもないというふうに答えた。

 確かに、ヘッブの効果であるコスチュームは制服に戻せばいいだけの話だが、家から持参してきたトングはそうもいかない。

 そんなものを持って登校するのは変だし、鞄に隠そうにも、ゴミをつかんだ汚いものを一日中入れておくのは気が引ける。

 紬希は優芽のアイディアとヘッブの万能さに感心した。


「でも拾ったゴミはどうするの?」

 ビニール袋数枚とトングを渡されながら、次いで紬希は尋ねた。

「モルモルがヘッブでなんとかできるって言うから最初はそのつもりだったんだけど、毎回グラウンドゴルフのお爺ちゃんお婆ちゃんたちが引き取ってくれてるから、今のところはそれでなんとかなってるよ」

 優芽は紬希に握らせたビニール袋をトングで指すと、「ゴミ拾ったら分別して袋に入れてね」と言って、颯爽とグラウンドへ向かっていった。


 時計を見ると待ち合わせてからもう結構な時間が経過していた。

 登校まではまだ余裕があるが、早くしないと高齢者たちが集まり始め、優芽の一番の目的は達成できない。

 一人になった紬希は東屋に散らばるゴミをにらみ付け、挽回するような気持ちで作業に取りかかった。



---



「お姉ちゃん、片付けてくれてるの? ありがとうねえ」

 一心不乱にゴミを拾い始めて、どのくらい経っただろうか。

 紬希は不意に声をかけられた。


 顔を上げるとそこにはお爺さんが立っていた。

 自分の身なりを思い出して一気に怯んだが、ヘッブの「記憶に残らない」という効果を信じて、紬希はなんとか笑顔を絞り出した。



 気がつけば、何人かご老人が集まり出している。

 ぐるっと優芽の姿を探すと、彼女も数人の高齢者に囲まれているのが見えた。

 車からグラウンドゴルフの道具をおろしている人たちもいる。


「あの子はお友達?」

 再び話しかけられてギクッとした。

「はい……」

「偉いねえ」

 お爺さんは微笑んで、うんうんと頷いた。

「この公園ねえ、たまに不良がたむろして、ゴミを捨てていくんだよ。そうすると誰かが片付けなきゃならないでしょ? 時間のある僕らがよく掃除してるんだけど、やっぱ他人の尻拭いは気持ちの良いもんじゃなくてね。でも僕らの他にも、こうやって町内のことを考えてくれてる子がいるっていうのは嬉しいよ」

 言いながら、お爺さんはしゃがんで、まだ拾いきれていないゴミを拾い出した。

「あの、やるからいいです!」

 素手にも関わらず吸い殻をつまもうとしたのをトングで遮って、紬希は思わず叫んだ。

「いや、人手は多い方がいいでしょ」

 そう言うと、お爺さんは東屋の外に出て、またしゃがんだ。

 手を動かしながら延々と紬希を話し相手にしてくるので、困って辺りを見回してみたが、新たにこちらにやって来る人はいない。

 誰かにおしゃべりを代わってもらうのは無理なようだ。



 恐らくこの人は話すことが楽しみなのだ。

 誰かと一言でも多く言葉をかわすために、早くからここに来ているのだ。

 名前や年齢、兄弟の有無など、個人情報を聞かれるのは困ったが、どうせヘッブの効果で今話したこともきれいさっぱり忘れてくれる。

 そう信じて、紬希はひとつひとつ事実のままに答えた。



「散らかってるのは片付けたよ~。こっちはどんな感じ?」

 東屋の中を隅々まで綺麗にし終わって、もう外に出てあのお爺さんと顔を合わせながらゴミ拾いをするしかないという時、グラウンドのゴミ拾いを済ませた優芽が戻ってきた。

 もちろんモルモルはもう身を隠していて、肩にはいない。

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