12-04 ヘッブの役立て方

「無理しなくていいんだよ?」

「やる」

「本当にいいの?」

「やる」

 見ていて痛々しいほどの怯えようなのに、紬希の意志は固かった。


 ならば、と優芽は急に声を明るくして、パンパンと手を打った。

「よし! じゃ、紬希も変身してみよう! はいっ右手上げてっ!」

 突然の指示に逆に固まってしまった紬希の右腕を、優芽は背後からつかんでピッと天に向かって伸ばさせた。

 途端に紬希の右腕にロンググローブが咲いた。

「次はひーだり!」

 左腕も背後から動かされ、肘が伸びるまでの一瞬で同様にグローブに包まれた。

「ジャンプして!」

 言われるままに紬希は小さく跳ねた。

 着地と同時に優芽に片手をとられ、そのまま走り出した彼女につられてあたふたとその場で一回転。

 すると、こぼれるようにスカートと髪が変化し、あっという間に紬希は魔法少女に変身した。


「はい、ポーズ! えっと……ドリーミー……夢の反対は……現実? 現実ブルー!」

「現実ブルー!?」


 妙な名前をつけられ、思わず紬希は叫んだ。

 ガバッと自分のコスチュームを見ると、確かに青を基調としている。

 頭に手をやると、高い位置で髪が結わえられ、豊かにうねったブルーの毛先が膝のあたりまで伸びていた。


 他人から見たときの自分を想像して、思わず紬希は奇声を発してその場にうずくまった。

「はわあああああ~!」

 膝に擦りつけた顔面が耳まで熱い。

「紬希紬希! 髪の毛で地面掃いてるよ!」

 紬希は膝に顔を埋めたまま、駆け寄ってきた優芽が髪の毛を地面につかないよう持ち上げ、砂を払ってくれているのを感じた。

「は、恥ずかしいぃ……」

 顔をおおっている腕ごしに、か細い声が漏れる。

 優芽にもその羞恥心は身に覚えがあった。

 でもそんな紬希を優芽はなんだか可愛らしく思った。


「だーいじょうぶだよ。ほら、立ってみてよ!」

 なんとか立ち上がってくれた紬希は、目を伏せてもじもじとしていた。

 そのコスチュームを見て、なるほど、自分もこんなふうに他人から見えているのだ、と優芽は改めて思った。

 変身した自分の姿を鏡で見たことがあるわけではないから、魔法少女の全貌を見るのはこれが初めてだ。

「紬希すごい可愛いよ。自信もって!」

「みんなの記憶に残ったらどうしよう……」

 気が気でない紬希の耳に、優芽の言葉は届いていない。



 優芽も初回こそは恥ずかしくて、みんなが変身した自分のことを覚えていたらどうしようと冷や冷やした。

 しかし、本当に誰の記憶にも残らないことがわかってからは開き直っていた。


 ドナドナーという例外の存在がいることも知らずに。


 紬希に魔法少女のことがバレたときはパニックになった。

 結果的にそのおかげで、優芽は紬希という百人力の存在を味方につけることができたが、紬希の危惧した「不利益な情報の後出し」はすでに起きていたのだ。


 あんな思いをするのは二度とごめんだ。

 だから、初めて変身した紬希の気持ちは、優芽にも身に染みてよくわかった。



 優芽はうつむく紬希の両手を勢いよく握った。

「大丈夫だよ! でも、万が一そんなことになったら、みんなにはあたしの趣味、あたしが無理に頼んだって説明する。あたしができる限りフォローする!」

 驚いて顔を上げた紬希は、今にも泣きそうな顔になって、こくりと頷いた。

「そんな顔しないの。あたしら運命共同体でしょ? 死ぬときは一緒だよ!」

 あまりの言い方に紬希もついに笑った。

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