12-03 ヘッブの役立て方

 不毛な慌て合いの末、ようやく二人は仕切り直して考察を始めた。


「じゃあモルモルにお願いしたら変身できるんだ?」

「そ。今日は前もって打ち合わせてたから、変身するって手を上げたときに合わせてヘッブを使ってもらったわけ」

 優芽の肩にぶら下がっているモルモルも頷いた。

 まだ人のいないこの時間帯なら見られる心配もないだろう、ということで姿を現してもらったのだ。


 紬希は優芽のコスチュームをつまんで、まじまじと観察した。

 幻覚ではなく、そこに現物があるようにしか見えない。

「光の屈折みたいなものかな……いや、でも何もなかったところにも物が現れてるし、しかも触れるっていうのは……」

 ぶつぶつ言いながらあちこち触れられ、たまにゾワッとなりながら、優芽は紬希の結論を待った。

 彼女はヘッブの仕組みまで理解しようとしているようだ。

 自分だったら、変身できるんだから変身できるのだ、で解決にしてしまうところだが。


 もちろん、いくら紬希とはいえ、未知の物質を観察だけで全容解明するのは無理だ。

 というか地球上の天才が集まっても、説き明かすことはきっと無理なのだろう。

 でも変身を目の当たりにしたことで、彼女の中にはあぶくのように疑問が生まれたらしい。

 自身の推理でそれらを割れるだけ割って、残ったものから今後を見出だそう、ということらしかった。



「紬希ごめん。考えてくれてるとこ悪いんだけど、もうそろそろゴミ拾いを始めないと。今日はこのくらいでいい?」

「うん」

 返事というよりも、それは呟き声の延長線だった。


「私も変身してみる」

「……はい?」

「私も変身できるかな?」

「……んん?」

「モルモル、優芽ちゃんじゃなくても変身はできるの?」

 混乱する優芽を置き去りにして、紬希とモルモルは何やら相談を始めてしまった。

「可能だ。優芽と同様に安全に変身できる」



 なんだか事態が優芽の予期していなかった方へと転がりだした。

 そもそも優芽は昨夜、紬希に「明日の朝、ゴミ拾いに行く」というメッセージを送っただけだ。

 通訳を名乗り出てくれた紬希なら来るだろうとは思ったが、ゴミ拾いまで一緒にやってもらおうとは思っていなかった。

 自分が勝手にやっていることに付き合わせるのは違うと思ったし、もしやるということになったら、変身していない紬希だけが登校してくる生徒たちの記憶に残ることになってしまう。

 それは紬希としても嬉しくないはずだ。


 でも紬希のことだから、ゴミ拾いをしないからといって一度家に戻るなんてこともないだろうと思った。

 何一つ見逃すまいとゴミを拾う優芽のことを観察して、登校までの時間をつぶすのではないか、というのが優芽のなんとなく思い描いていたことだ。


 それがまさかの「私も変身する」だ。

 優芽は自分以外もヘッブを使えるなんて、考えてもみなかった。



「変身している間、他人の記憶や記録に残らないっていうのは、ヘッブがドナー以外や機械にも作用してるってことじゃないかと思って。だったら、私が使うことも、もしかしてできるんじゃないかなって」

 驚く優芽に紬希はそう説明してくれたが、残念ながら優芽には何を言っているのかよくわからなかった。


「でも紬希、怖くないの? モルモルとかヘッブとか、すごい不安がってたでしょ?」

「怖いよ。怖いけど……実際に体験してみないとわからないこともあると思うから……」


 どうしてそこまで自分のためにしてくれるのだろう?

 優芽は、紬希の真面目でがんばり屋な性格はここまでのものだったのか、と恐れ入った。


「モルモルが、優芽ちゃんと同様に安全にっていうなら、大丈夫なんだと思う」

 言いながら、紬希はガチガチに固まりすぎて、体が震えていた。

 ヘッブを使った優芽に今のところ不都合は生じていないが、それでもあるかもしれないリスクをあれこれ考えずにはいられないのだろう。

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