12-02 ヘッブの役立て方

「ごめん、待たせちゃった!?」

「おはよう。全然!」

 まだ太陽にも人の気配にもそれほど干渉されない、澄んだ空気で満ちる朝。

 制服姿の二人は通学路脇のあの公園で待ち合わせた。

 公園の時計は約束時間のぴったり五分前を指している。

「さすが紬希! 早起きも平気だね」

「いやぁ……」

 寝坊したらどうしようという不安でなかなか寝つけなかったし、今朝も早くから目が覚めてしまった。

 という説明は言語化されずに、紬希の口の中でもごもごとからまった。

 落ち着いているのは見かけだけで、内心は昨夜からずっとソワソワしている。

 今は気が張っているからいいが、後からどっと疲れが出るパターンだ。


 優芽がぐるっと辺りを見渡し始めて、紬希も同じように視線を巡らせた。

 東屋の内外に集中してゴミが散乱し、あとは特に規則性もなく、ぽつりぽつりと広範囲に渡って缶やら袋やらが落ちている。




 ヘッブを使うところに立ち会いたいというのは前から紬希が希望していたことだ。

 ヘッブは地球上には存在しない未知の物質であり、扱い方を誤れば優芽を死に追いやる、とても危険な物質だ。

 この物質がまとっている謎を一枚でも多くはがすことが、紬希は自分の使命のように感じていた。


 それはずっしりとしていて、彼女の細い両肩には重すぎる。

 それでも、優芽の抱えるリスクを知って、通訳を名乗り出た手前、どんなに手に負いきれなくても逃げずに努力しようと、紬希は責任をもって向き合う覚悟をしていた。



「じゃ、時間もないんで、今から変身して見せるね」

 優芽は通学リュックを植え込みのそばに置いて、気合い十分にカーディガンも脱ぎ捨てた。

 言っていることに間違いはないのだが、改めて声に出してみるとぶっ飛んでいる。

 しかし非日常的な言葉に気を取られることもなく、紬希は緊張の面持ちで頷いた。



 バッと優芽が右手を上げた。

 たったそれだけの短い動作の間に、腕のまわりの空気が揺らいで弾け、瞬時に袖からむき出しだった肌が白のロンググローブで包まれた。

 左手も同じようにしてグローブをまとい、今度は軽く飛び上がったかと思うと空中で足を交差させ、着地と同時に通学靴がピンクのレースアップショートブーツに変わった。

 そのまま体をひねってクルッと一回転すると、ひるがえった制服のスカートがフリルをたっぷりたくわえたピンクになり、髪の毛がドライヤーのCMみたいになびいて大ボリュームの金髪へと変化した。

 正面を向いた彼女の胸には、中心に宝石のようなものがついたリボンが光り、白かったはずの制服は今や見る影もなくピンクだ。

 横ピースにウインクまで決めて「ドリーミーピンク!」と叫ばれたところで、やっと紬希は緊張を忘れてぽかんとした。


「どうだった? 魔法少女っぽかった!?」

 ピースをやめて駆け寄ってきた優芽はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

 紬希は口を開いて応じようとしたものの、押し寄せてきた様々な思考が喉に詰まって、結局何も言えないまま口を閉じた。


「えっ待って待って、頼むから何か言って!?」

 両肩をつかんでぐわんぐわん揺すられて、紬希の口から塩コショウみたいな声の粒が二、三飛び出した。

 至近距離の優芽からはなんだか花のようないい香りがただよってくる。

 よく見たら顔もいつの間にかコスチュームに釣り合うメイクが施され、特につやつやの唇と、長くなったまつげが目を引いた。


「あの……ヘッブを使うには、ポーズとか……必要なの?」

「やめて! 真面目に受け取らないで! ネタだから!」


 あくまで真剣な紬希に、優芽は悲鳴を上げた。

 人に見られるのなら振付けでも考えて笑わせてみるか、という軽い考えだったが、ウケるでもスベるでもなく、まさか真に受けて分析されそうになるとは思ってもみなかった。


「えっゴメン!?」

 紬希はリアクションを間違って申し訳ないやら恥ずかしいやら。

 優芽も優芽で、理由は違えど同じような感情に翻弄され、二人はしばらく挙動不審に身もだえした。

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