12-01 ヘッブの役立て方

 破裂音が暗闇に穴をうがち、唸りが夜の静けさを切り裂いた。

 憩いの時間を邪魔するその音に、不快感をあらわにした住民は少なくない。

 宇津井優芽もそのひとりだ。


 まるで啓蟄けいちつのように、バイク集団は暖かくなってきたこの頃に出没し始める。

 奴らが現れたということは、明日の朝はまた公園がめちゃくちゃにされていることだろう。


 優芽のはらわたは、不快という感情をこえて、煮えくり返っていた。

 騒音ももちろん迷惑だが、彼女にとってはこの迷惑行為の主そのものがどうしても許しがたかった。


 空っぽなヒトたちが周りを巻き込んで自分を誇示している。


 そのことに、たまらなく憤りをおぼえた。

「優芽、あまり怒るな。ムーは怒りは好みじゃない」

「ごめんごめん、食事中だった?」

「いや。だが、後々の質に影響する。それに食事中でなくてもムーには優芽の怒気が伝わる」

 うなじの辺りから突然声をかけられるのにも少しは慣れた。



 優芽が「どうしていつもうなじから話しかけるの?」と聞いたとき、モルモルは「コバンザメのようにくっついているからだ」と答えた。

 頭の角をクワガタの大アゴのような形に伸ばし、優芽の側頭部のあたりをはさんでいるのだそうだ。

 だが、単にぶら下がっているのではなく、基本的にはうなじに埋没しているのだという。


 それを聞いて最初はギョッとしたが、優芽はすぐに受け入れた。

 どうせ見えないのだから、モルモルがどうやって自分にくっついていようが、大したことではない。

 見えないものは存在していないのと同じだ。

 グロテスクだと思うのなら、わざわざ想像しなければいい。


 以前、「優芽の体の一部になった」と言っていたのはこのことなのかもしれない。

 モルモルは優芽の脳に角で接続しているのかもしれないし、延髄や脊髄に寄生しているのかもしれない。

 個別に存在できるのは、そのシロクマ頭のボディがヘッブで可視化された幻のようなものであるからで、実際は優芽とモルモルは常に一体なのかもしれない。



 という考察を、もちろん優芽はひとつもしなかった。

「へえ」と言っただけで、それっきりだ。

 唯一、紬希がこのことを知ったら「やっぱり体に悪い影響があるんじゃないか、脳に直接何かしているんじゃないか、怖い」と騒ぎそうだな、と思っただけだった。



 モルモルがうなじから話しかけてくる理由について、優芽は紬希に話していない。

 彼女が名乗り出てくれたのは通訳なのだから、自分で理解できた情報は話す必要がないと判断したからだ。

 実際は、紬希は「モルモルの言葉の端からリスクの気配を敏感に感じ取り、そこから自分で情報を手繰り寄せなければならない」と大変な危機感を抱いているのだから、その精度を上げるためにもモルモルに関する情報は何でも伝えておいた方がいいはずだ。


 だが、優芽は紬希の心の内を知らない。

 いずれにせよ、もし紬希がモルモルのことを何ひとつ漏らさず報告してほしいと頼んでいたとしても、優芽はこの情報を重要なものであるとは認識せず、うっかり話し忘れていただろう。



 カレンダーを指でなぞった優芽は顔をしかめた。

 明日はグラウンドゴルフの練習日だ。

 人の役に立てる喜びよりも、近所のご老人たちを不憫に思う気持ちの方が断トツに大きかった。

 まさに今、高齢者たちは翌朝のゴミ拾いに思いを馳せ、ため息しているのかもしれない。

 本来なら友達と会って楽しくスポーツをする待ち遠しい日だろうに。


 自分の想像につられるようにして、優芽は長く息を吐き出した。

 そこからひと呼吸おいて、パッとスマホをつかむ。

 画面を指でなぞり、目当ての連絡先を開き、少しだけ考えた後。

 優芽は素早く指を滑らせ始めた。



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