11-04 語学部

 でも、紬希は考えていた。

 莉恵菜りえな花音かのが紬希を置き去りにしたように、学校での人間関係なんてすぐに変化してしまう。

 そんな脆さを少しでも強化するためにこの部活に入るのは、本当に自分にとって良いことなのだろうか。



 また始まった、と紬希は自分を呪った。

 でも考え込まずにはいられない。



 紬希は語学部に入りたいわけではない。

 むしろ、どう接したらいいかわからない、しかもピアスなんてつけている外国人を相手にしなきゃいけなくて、正直怖い。

 こんな気持ちで入部するのはリスキーだ。

 今後彩生たちとの関係が変わってしまえば、この部は自身にとってただの重荷になる。



 選択肢がないと知りながらも、不安の種がひとつでもあれば、紬希はためらってしまう。

 石橋を叩いて、転ばぬ先の杖と濡れぬ先の傘とを持って。

 そうしてやっと、おっかなびっくり渡り始めることができる。



「アキーニャ! ガツガツしすぎ!」

 前のめりになっていた彩生がグイッと真っ直ぐに戻された。

「ごめんね。この子、日本部員を増やしたくてしょうがないの。わからないこととか不安なことは質問した方がいいよ。じゃないと食われるよ」

「食わないよ!」

 萌を振り払って、彩生が噛みつくように叫んだ。

 その後二人はケラケラ笑い出して、柴崎から「お静かに」とたしなめられた。


 質問をしたらいい。


 当たり前のことなのに紬希はハッとした。

 自分はそんな当たり前なことにも気づかず、自分のことなんだから自分でなんとかしなければ、と勝手に思い詰めていた。

 わからないことをぐるぐる考えていても前には進まない。

 わからないのなら、聞けばいい。


 自分のために、そして彩生のために、紬希はしどろもどろにしゃべり始めた。

「あの……アキちゃんの助けになるなら入りたいなって気持ちはあるんだけど、外国人との関わり方って全然わからなくて……しかもあの子たちって、男の子は叱るみたいに大声出してたし、女の子はピアスしてるし……不安が……」


 もしかしたら自分は今、とんでもなく差別的なことを言っているのかもしれない。

 そう思うと腹の中が冷たくなったが、知らないからこそそうなってしまうのだ、と覚悟を決めた。


 萌が頷いた。

「あー確かにね」

 それは救いの言葉のように感じられた。

「いろんな子がいるよ。日本に来た時期もバラバラだから、身に付いてる言葉や考え方も多様だし。日本に来て短くても、早く馴染みたくてわざと母国のやり方を封印する子もいるし。だから、外国人との関わり方って言うより、一人ずつに合った関わり方をすることになるかも」



 この教室に来てから、紬希の中でかけはしがちらつく。

 かけはしでも「この子はこの発達障害だからこうなんだ」と決めつけるのではなく、「実際のその子を見てほしい」と言っていた。



「あの子たちはみんな、悪い子じゃないよ。ベルナルドもイライラして見えるけど、本当は周りに助けてほしいって思ってると思う。もうほとんど記憶はないけど、私自身も日本に来たとき、もっと助けてって思ってたっていうのは覚えてる」


 続けて萌は、ブラジルでは子どもでも女の子がピアスをつけるのは普通なこと。

 この学校では校則や他の生徒の目もあって、原則ピアスは禁止だが、自己管理を条件に日本語教室の中でだけはつけるのを許されていること。

 他にも、日本よりボディータッチやアイコンタクトを大事にすることや、時間や金銭といった感覚の違いなども教えてくれた。


「けど、さっきも言ったように、とにかく一人ずつ違うから。ブラジル系の子はこうだって思う必要はないよ。知っておけばビックリするような言動をとられても、理解がしやすいってだけ」

「あの、入り口の地図に、中国にもマークがしてあったけど……」

「中国の子はみんな母国に帰っちゃって、今はいないよ」

 ということは、目下攻略すべきなのはブラジルということだ。

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