11-03 語学部
「えっと、ツムギちゃん、で合ってる? 初めまして。相沢萌です」
空気を切り替えるように、萌が声の調子を戻して、紬希に握手を求めた。
「萌たんは日本語、英語、ポルトガル語が話せる私の憧れの人なの!」
彩生はまるで自分のことのように自慢気だ。
紬希は素直に驚いた。
「話せるって言っても、自由にできるのは日本語だけで、その他は日常会話レベルだよ」
「それでも十分すごいから! いいなあ。萌たんなら今すぐにでも外国で生きていけるね」
萌は苦笑して首を振った。
「そんな簡単じゃないよ。友達との会話はできるかもしれないけど、勉強は無理だろうね。進学も就職も、将来の夢を失ってお先真っ暗。アキーニャ、方程式って英語で何て言うか知ってる?」
「知らない。何て言うの?」
「でしょ? 私も知らない」
萌の言わんとしていることを一気に理解して、彩生は顔をしかめた。
「ママイ!」
その時、長机の方から声が上がった。
「ママイ、てつだって!」
サッと立ち上がって応じたのは優芽だ。
「マ……何て言ったの?」
「mamaeだよ。マミさんのポルトガル語版?」
思わず紬希の口からこぼれ出た疑問に、萌は笑って答えた。
優芽の駆けつける先には、手を挙げたまま、じっと優芽に視線を注いでいる子がいた。
「語学部っていうのは彩生のための部活でさ。元々、外国関係の生徒が週に何回か集まって日本語の指導を受けてたところに、自分も英語を勉強したいって彩生が入り込んできて。この子、ぐいぐい自分の主張をするもんだから、学校側も、まあ悪いことではないしって、日本語教室を巻き込んで部活にしてくれたんだよね」
「えっ!?」
突然始まった部の成り立ち話に、紬希は危うく置いていかれそうになった。
「そうだ。紬希は部活動見学に来たんだった。説明するね!」
そして始まる、彩生による突然の部活動説明。
「忘れてたんかい!」
萌が彩生にツッコミをいれた。
「私、英語を使って仕事するのが将来の夢なの! だから、できるだけたくさん英語の勉強したくって。で、他の部活に入るより、ここで場所借りて勉強した方が効率いいでしょ? この部屋、英語の本もあるし」
事も無げに彩生が本棚を指差して、紬希は目を剥きそうになった。
あまりに重厚感のある棚だから、てっきり学会の文献とか、そういった堅苦しい書物が詰まっているものと思い込んでいたのだ。
でも確かに、分厚さでひときわ目を引く一冊を改めてよく見てみると、そこには世界的ベストセラー児童文学のタイトルが記されていた。
子どもに無縁どころか、むしろ生徒のために用意されたような本だ。
「で、日本語教室を部活化して、私もこの部屋を使えるようにする代わりに、必要なときには日本語教室の手伝いをするっていう話に落ち着いたの」
確かに、ヘルプに入った優芽は、声をあげた子の隣でかがんで、何かを教えている様子だった。
「ま、手伝うっていっても、会話の練習台になるとか、読めない漢字のルビを振るとか、そういう簡単なやつね」
つまり、ボランティア部だ。
その事を知って、紬希は合点がいった。
勉強の苦手な優芽があえて語学の部活に入っているのは、おおかた彩生に入ってほしいと「お願い」されたからだろうと想像していた。
でも部員数稼ぎに貢献するだけでなく、人助けまでできるとなれば、優芽にとってこの部はうってつけだ。
「ヘルプのないときは何してても自由。この部屋には外国語版の小説やマンガもあるし、ニコみたいに自分の趣味をしてもいい。なんなら外国語関係なく、宿題やっててもいいよ!」
彩生の声に熱がこもってきた。
活動内容のハードルをどんどん下げていく勧誘からは、何がなんでも引き入れるという意思がダダ漏れだ。
気楽な部であることをアピールされているのに、彼女の勢いに紬希は気圧されるばかりだった。
きっと部創設のときもこんな感じだったのだろう。
彩生は「紬希をとりにいく!」という感じだったが、当の紬希は「自分に選択肢はない」と確信していた。
彩生は紬希が部活に入ってくれることを見越して、グループに引き入れたのだ。
ここで断ってしまえば、今後の仲は一切保証されない。
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