10-06 委員会活動

「誰が書く?」

「私書くよ。なんて書こう?」

 花音が油性ペンを握って、さっそく紙に向かった。

 その両側から、紬希と莉恵菜は椅子を寄せて覗き込んだが、のろは後ろでふらふらしているだけで見るからにやる気がない。



 どうしても、紬希はのろにほんの少しでもいいから実感してほしかった。

 邪魔になるばかりではない。

 やってみたら役に立てることもある。

 のろはゼロでもマイナスでもない、価値のある存在なのだ、と。


 そのために、紬希は柄にもなく積極的に案を出した。

「のろちゃんの言ったままを書いたらいいかも。タイトルは『図書室にマンガ!?』で、続けて『文字が並んでるのを見ただけでイヤになる。そんなあなたにオススメ! 学校でマンガを読める上に勉強にもなります』っていうふうに――」


 紬希の案はすぐに採用された。

 文字の色やレイアウトは花音と莉恵菜が話し合いながら決めて、あっという間にポップはできあがった。

 しかし、どこか味気ない。

 そう思ったのは紬希だけではなかったようだ。


 莉恵菜が小さな画用紙を振りながら言った。

「あとはここにマンガの絵でも描き写して、貼り付けたら見映えが良くなると思うんだけど」

 その画用紙を花音が取って、のろに差し出した。

「写すだけだし。野路さん、やってくれない?」

「え? なに?」

 ぼんやりしていたのろは何を頼まれたのかわからず、イチから説明を求めた。

「だ、か、ら。私たちはそれぞれ案出しとかレイアウトとかやったから、野路さんがこれ描いて」

 有無をいわせない態度と言外の悪口に、さすがの紬希も少しムッとした。


 頭を使う作業は私たちがやってあげたんだから、何もやっていないあなたは絵を描き写すくらいやって。

 お手本を見ながら描くだけなんだから、あなたにもできるでしょ。


 それに「私は絵描けないし」というのを小声で付け加えれば、完璧ではないか。

 そうやって花音がのろを見下して、面倒なことを押し付けようとしているのは明白だった。


「あ、そゆことね。オッケー!」

 でものろはあっさりと画用紙を受け取って、下書きもせずに模写に取りかかった。

 みるみる線が引かれて、見本と同じ絵ができあがっていく。

 その様子を三人ともが目を丸くして見守った。

「野路さん、絵上手いね」

 思わず莉恵菜が褒めると、のろは手を動かしたまま「全然」と答えた。

「こんなの見たものをかき写してるだけでしょ」

 本気でそう思っているのがわかる声だった。


 花音がバツの悪そうな顔をした。

 考えなくていい、描き写すだけの作業と侮りながら、同時にそれが難しい作業であることを花音はわかっていて意地悪したのだ。

 見本があっても、まったく同じ絵を描ける人なんてそうそういない。

 無から何かを作り出すのとはまた違った能力が必要なはずなのだ。


「でーきた」

 あっという間にそれは完成した。

 すでに出来上がっていた文字だけの部分に飾り付けると、ポップらしさがグッと上がって、その出来ばえに四人は思わず拍手した。

「四人の合作だね」

「いい感じに役割分担できたね」

 一時はどうなることかと思ったが、終わり良ければすべて良し。

 花音ものろのことを見直して、四人は前よりも打ち解けた気がした。



 結局のろは自分が価値のあることをしたとは思わなかったみたいだ。

 でも紬希はとにかく褒めた。

 のろを今すぐ世界のいい方へ引っ張ってあげることはできない。

 でも何度も水をあげるうちに、チラッと虹が見えることはあるかもしれない。

 にょきにょきと伸びてくるものがあるかもしれない。



 紬希もまた、気づいていなかった。

 自分は取るに足らない存在ではないのだと。

 心のままに悲しんだり、怒ったりしていいのだと。


 他人に向けている許しや優しさを、ほんの少しでいいから、自分にも向けてやればいい、と。

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