10-03 委員会活動

「なんか……久しぶり」

「うん……」


 とりあえず声をかけてみたものの、当たり前に話は膨らまず、一瞬でしぼんで落ちた。

 紬希は申し訳なくなった。

 チャイムでも鳴って、話さなくてもいい状況になってくれないかと教室の時計をチラッと見たが、まだ針は定刻の手前だ。

 じりじりしながら待っていると、秒針の進みがいつもより遅々として感じた。


 その時、後ろから椅子と床の擦れる音がし、次いで長いため息が聞こえた。

 思わず振り返って、そこにいた人物に紬希は信じられない気持ちになった。

「のろちゃん!?」

 のろはベタッと机にへばりつくような格好をして、組んだ腕の上に顎をのせていた。

「なんでいるの!?」

 言ってしまってすぐに、大変な失言をしたと絶望した。


 気配がしなかったのにいつの間にかそこにいた、というのにもビックリしたが、それ以前に、紬希はのろが図書委員だったことにビックリした。

 無理もないのかもしれない。

 彩生に誘われるまで、紬希は今のグループメンバーの名前を古瀬以外誰も知らなかった。

 四月はとにかく花音と莉恵菜との関係を保つことに必死で周りなんて見えていなかったし、当時グループメンバー以外の子がひとりいるな、とは思っても、その子が誰で、どういう子なのかまでは気にしなかった。

 話してみよう、仲良くなろう、などというのももちろんない。

 紬希は自分の狭く浅い世界を恥じた。


 絶望と恥に加え、となると自分はのろに不義理をはたらいてしまったのだ、ということにも気づいた。

 図書室にはひとりで来た。

 のろにしてみたら「紬希に置いていかれた」ということになる。

 紬希の身体中から血の気が引いた。


「あはは、この席初めて座った。今まで気配消してたからさ~。実は同じ図書委員でした、っていう」

 しかし、意外にものろは気を悪くしていなかった。

「マミさんいないからどうにかしてサボろうと思ってたけど、紬希と仲良くなったから助かったわあ。マミさんのかわりになってもらおうかなーって」

「優芽ちゃんの代わり……?」


 実は同じ図書委員でした、という口振りから、どうやらのろは、紬希がのろを図書委員だと把握していなくてもおかしくないと思っているようだった。


 それもそのはず。

 彼女は委員会の時間に図書室に来てはいたが、教師の目につかなそうな位置を選んで集団にとけ込み、活動からも巧みにすり抜けて、ほぼ参加をしていなかったのだ。

 教師にも周りの生徒にもそれがバレないよう、注意深く逃げ回っていたから、紬希の反応はむしろ百点満点の花丸をもらったようなものだ。


「紬希ってマミさんのことマミさんって呼ばないよね。なんで?」

「えっ?」

 優芽の代わりとはどういうことなのか。

 口からこぼれ出たその疑問はスルーされ、逆に質問が飛んできて紬希は戸惑った。

「いや……私にとっては、優芽ちゃんはお母さんって感じじゃないっていうか……」

「ただのあだ名っしょ。呼べばいいのに。そのほうがマミさんも喜ぶよ」


 紬希はドキドキした。

 自分はのろにイライラされているんだろうか。

 一瞬そう思ったが、言葉に詰まった紬希をのろは気にしなかった。

 どうものろの中ではこの話題はもう終わったようだ。

 きっと思ったことを言っただけの、回答も必要としていない、なんの意図もない話だったのだろう。

 紬希から視線を外して、のろは相変わらずベタッとした格好のまま、ぼうっとどこかに目をやった。


「あの、私が優芽ちゃんの代わりになるっていうのは?」

 恐る恐る話しかけると、のろの焦点がまた紬希に戻ってきた。

「あたしが何かやるとかえって邪魔になるから。だから最初から何もやらないの。で、マミさんにやってって頼むの」

 今度はちゃんと答えてくれた。

 が、紬希は耳を疑った。

 自分だったら絶対そんなことできない。

 他人任せすぎる。

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