10-01 委員会活動

 いつもの給食の時間、虹呼にこの机に置かれている本を見て、紬希はギョッとした。


 ――誰にでもわかる! ヒエログリフ


 おかっぱみたいな頭で目がアーモンド形の、いかにもエジプトという感じの横顔が表紙の中心にでんと配置され、その背景には鳥とかの、何だかよくわからない象形文字が並んでいる。



 その表紙から察せられるとおり、ヒエログリフとは古代エジプトで使われていた文字だ。

 神や王のために神殿や石碑などに刻まれたもので、神聖文字ともいわれる。

 現在のエジプトで公用語とされているのはアラビア語で、ヒエログリフを日常的に使っている人はもちろんいない。

 というか、使われていた当時でも、この文字を扱えるのはごく一部の人だけだったようだ。



 そんなふうに、マスターする必要性が普通はまったくない言語だったからだろう。

 紬希にとっては、英語みたいに教本があるというだけで驚きだったし、そもそも勉強すれば読めるという発想すらなかった。

 そういう馴染みのなさと、エジプトらしいどこか不気味なビジュアルとが相まって、紬希にはその本が日常にそぐわない異質なものに映った。

 不思議キャラの虹呼が所持しているのだからなおさらだ。

 でも、表紙のすみに「アルファベット変換表付き!」と俗っぽく書いてあることから、あまり真面目な内容ではないようだ。


「はは。それ気になるよね。ニコがまた変なこと始めた」

 最近、紬希の向かいに座っているのは古瀬ではなくてのろだ。

 彼女は紬希の見ているものに気づいて、ニヤッと箸で指した。

 相変わらず彼女は崩れた姿勢をとっている。

 だらだらとした格好で給食を食べられるのは、ある意味器用だ。

「ふむふむ。君たちこの本に興味があるのかい? よし! 一緒にマスターしようぜっ!」

 虹呼もいつも通りの異様なテンションで集まった視線に応えた。

 さっきまでもぐもぐ口を動かしていたのに、瞬時にグッと親指を立てて前に突き出し、ペロッと舌先まで覗かせているのだからすごい。

 紬希は何と返すべきかわからなくて、曖昧に笑った。


「それ部活で使うやつでしょ?」

 虹呼の正面に座っている彩生あきが素っ気なく言った。

「ザッツライト! ボカァね、これでみんなに恋文をしたためるのさ!」

 愛想笑いしながら、紬希は「えっ、今何て言った?」と少々混乱していた。


 ヒエログリフを勉強する部活って、一体なんなの?


 そんな紬希に、彩生がずずいと前のめりになった。

「ね、紬希って部活入ってないよね? よかったらうちらのとこ入らない? 語学部」

「語学部……?」


 彩生の目が怖い。

 紬希は突然のことにたじろいだ。

 自分は今、勧誘されている。


「そう! 大学の学部みたいでカッコいいでしょ! 言葉を学んでればなんでもいいよ! マンガ読んでてもいいよ!」

 目を輝かせて熱っぽく語る彩生を見ながら、紬希はあることを思い出していた。


 ひとりぼっちの紬希をこのグループに誘ってくれたのは彩生だった。

 そして優芽は、その理由について「そのうちわかる」と言っていた。

 その理由というのが、まさにこれなのではないか。


 彩生はパンッと両手を合わせて紬希を拝んだ。

「お願い! まずは見学だけでもっ! ニコもマミさんも入ってるし!」


 正直、語学と聞いて特に魅力は感じなかった。

 名前だけではどんな活動をするのかよくわからないし、虹呼の本を見た後だと、何かオカルトっぽい雰囲気があるのかと勘ぐってしまう。

 虹呼はともかく、彩生と優芽がそんなものに興味があるとは思えないが。


 しかし断る理由も特にないし、何よりもここで「イヤだ」と言えば彩生に愛想を尽かされてしまうかもしれない。

 紬希はそれが怖かった。

 彩生は恐らく、部に引き入れるために紬希に近づいたのだから。

 せっかく入れたグループなのに居づらくなってしまったら、今度こそ拾ってくれる神はない。

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