09-05 息をするように
混雑のピークへ向かい、人はどんどん増えていく。
だが、突撃時とは一転して二人の足取りには余裕があった。
購入ではなく、気楽に眺めることが目的になったからだろう。
二人は人海に流されながらデパ地下を探検した。
ふと、優芽が立ち止まった。
何だろうと思って紬希も立ち止まると、彼女はどこかを見つめていた。
視線をたどろうと試みるが、物が多すぎてどこを見ているのか見当もつかない。
しかし、その視界の中に引っ掛かるものを見た。
こんなに人が多いのに、大人と手も繋がず、ひとりで歩いている子どもがいる。
振り返りながら歩く女性がその子の前にいて、あの人が母親かな、と思ったが、その人はすぐに人混みの中へと消えていった。
小さな子はひとりでうろうろと進んでいく。
気づいた近くの店舗の従業員も「あれっ?」という顔をして、何か言葉を交わし始めた。
迷子だ!
紬希がそう思うか思わないかのうちに、優芽はその子に向かって歩き出した。
慌てて紬希も後を追う間に、迷子だと気づいた他の客が子どもに声をかけるのが見えた。
しかし、知らない人に話しかけられたからなのか、子どもはパニックになってどこかへ走っていってしまった。
もう姿は見えないのに、優芽はそれでも足を止めない。
追うのを諦めた客の横をすり抜け、足早に進み続けた。
やがて行き着いたのは、トイレにだけ通じている細い通路だ。
トイレとその手前にある階段に用のある人間しか来ないスペースなので、先ほどまでとは打って変わって人がいない。
そこの隅で男の子はしゃがみこんで、しくしくと肩を震わせていた。
「君、迷子?」
下手に声をかけたらまたパニックになるかも。
そうやって緊張する紬希に反して、優芽はビックリするくらいあっさりとその子に話しかけた。
案の定男の子はビクッとして、恐怖の目で二人を振り返った。
しかし、声をかけてきたのが大人ではないとわかったからなのか、先ほどのように逃げ出すことはなかった。
「うわっ、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだよ。鼻かめる?」
優芽はティッシュを取り出して、その子の鼻を拭ってやった。
「あっ! でっかい鼻クソとれた!」
そう言って優芽がおどけると、しゃくりあげていた男の子は思わずニヤッと笑った。
「買い物には誰と来たの?」
「パパとミクちゃん」
「二人とはどこで離れちゃったかわかる?」
「わかんない……」
「じゃ、パパは何を買うとかって話してた? 晩ご飯のお惣菜とか、パンとか、お菓子とかケーキとか」
「ケーキ! お家で待ってるママにケーキ買うって言ってた」
マサトと名乗ったその子に優芽は少しずつ質問をしていった。
そうして、ケーキを買いに来たという情報を手に入れたところで、彼女の次の行動は決まった。
「よし。じゃあ一度ケーキ売り場にパパとミクちゃんがいないか探しに行ってみよう。それでもし見つからなかったら、上の階に迷子放送をしてくれるとこがあるから、そこに連れてってあげる」
マサトは大きく頷いたが、言われたことをどこまで理解しているのかは定かではない。
潤んだ目のままニコッと控えめな笑顔を見せて、もうパパとミクちゃんに会える気持ちになっている様子だった。
マサトの目線に合わせてしゃがんでいた優芽は、同じくしゃがんで成り行きを見守っていた紬希の方を向いて、今からのことを説明した。
「ここのデパ地下は半分が惣菜コーナーで、もう半分がスイーツコーナーになってるの。マサト君は迷ってる間にこっちのエリアに来ちゃったんだろうね。今からはまずスイーツの方に向かってみるから、紬希はマサト君と手繋いでくれない? あたしはこれ守らなきゃいけないからさ」
そう言って優芽は先ほど買った惣菜の袋を振って見せた。
たしかに、両手のあいている紬希の方が人混みの中で臨機応変に動きやすいかもしれない。
手を差し出すとマサトは素直に応じてくれて、紬希はほっとした。
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