09-02 息をするように
「須藤さん、いい人だよね」
須藤のことを思い出していたときに優芽の口からその名前が出て、紬希はバチッと不安の堂々巡りから解放された。
ドーナツの穴から目を上げてみれば、優芽は二つ目のドーナツを半分食べ終えてあらかた胃が満たされたのか、楽しむ余裕が出てきたようだった。
「あれっ、もしかして体調悪い? 大丈夫!?」
話しかけた後で目をやって、優芽は紬希がまだひと口も食べていないことに気づいた。
目も口も百パーセントがドーナツに向いていて、今の今まで気づかなかったのだ。
紬希は否定の言葉とともに急いでドーナツをかじったが、さすがにそれで場を取り繕うには無理がある。
優芽はちょっと浮かれすぎたなと反省した。
「本当に大丈夫? 無理してない?」
「いや、本当に違うの! 大丈夫! 食べるの遅いだけだから! 優芽ちゃん、食べるの速すぎだから!」
それを聞いて優芽は吹き出した。
「たしかにっ!」
心配から一転して納得してしまった優芽に、紬希も思わず吹き出した。
「飲み物みたいに食べてたよ」
紬希の率直な感想に、二人してしばらくカラカラと笑った。
「で、須藤さんが何だっけ?」
涙を拭いながら、紬希が話を戻した。
彼女の中にはもうネガティブなグルグル思考はない。
何も原因がないのにそこを中心として、輪のように延々と無為に考え続けてしまうことをドーナツ型思考と名付けよう、と思えるほど前向きになっていた。
「そうそう。須藤さんいい人だよねって話」
「うん。今日会ったばかりだけど、この人は信じられるって思っちゃった。やっぱああいう仕事してる人って違うのかな」
「てか、本っ当ごめん!」
急に優芽はドーナツごと手を合わせて、頭を下げた。
「あたしが何とかできるかもって思ったから付き合ってもらったのにダメになっちゃって」
紬希はああ、その話か、と理解した。
「ううん。私、かけはしに連れていってもらえて本当に良かった。すごくいい勉強になった。ありがとね。自分だけだったら絶対に行けない場所だった」
紬希は心の底からそう思った。
彼女にとってかけはしでのことは、これ以上ない価値のある経験となった。
「それは良かったけど……あ~何で断られたんだろ。結構信頼されてると思ってたんだけどな~」
なおも嘆きながら、優芽は持っていた半分のドーナツをパクパクと平らげた。
それを見て思い出したかのように、紬希も自分のドーナツを食べた。
「やっぱり私たちに専門知識がないからじゃないかな。ああいうとこって療育? とかするんでしょ?」
「何それ?」
「えっ!?」
療育とは、障害のある子どもに対して、発達を促す関わりをすることで、困り事を減らしたり、できることを増やしたりする支援のことだ。
療育と発達支援はほぼ同じ意味で使われていて、かけはしは児童発達支援施設。
須藤の言葉も合わせると、あそこは発達にデコボコのある未就学児たちを療育する、通い型の施設なのだ。
さすがの紬希もそこまで詳細な知識はなかったが、保育施設でないことは伝えられた。
優芽は初めてそのことを理解したらしい。
納得の表情で頷いた。
「紬希天才。つまり今日須藤さんが紬希にしてた説明みたいなことをあたし達もやる側になるってわけね。そりゃ無理だわ」
ひとりひとりに合わせた関わり方。
そうやって築いた橋で、その子の生活を円滑にする施設。
二人の頭にはなかったが、支援の内容には子どもひとりひとりのみならず、保護者のニーズも考慮される。
しかも、ひとりの子どもに関わっているのは保護者やかけはしのスタッフだけでない。
その子によって利用している施設は様々で、それぞれの施設の専門家たちが情報を持ち寄る多職種連携によって、より必要な支援を導き出しているのだ。
二人が思う以上に、かけはしの子どもたちは広い土台に支えられている。
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