09-01 息をするように
ドーナツが四つのったトレーをニコニコ見下ろして、優芽はこの上なく幸せそうにしていた。
「ああっ! 月イチの楽しみがやってきた!」
優芽の行きつけのお店というのは、ドーナツのチェーン店だった。
そわそわしつつも物の位置を微調整して、まずはいろんな角度から写真撮影だ。
「紬希のも一緒に撮っていい? 背景に体が写るからそのあたりでピースして。そう、そこ!」
はしゃぐ優芽にならって、紬希も片手でテーブルに並んだ二人分のドーナツをカシャリと撮った。
背景に優芽の体が写り込んでいて、誰かと来たのだということが一目瞭然だ。
撮った、保存した、ということが目の前のことをより実感させてくれる気がした。
画面を通して改めてテーブルの様子を見ると、それぞれの性格がハッキリ出ているみたいで面白い。
紬希のドーナツは二つ。
何の特別感もないオールドファッションとイーストドーナツだ。
対して、優芽のドーナツはとにかくカラフルで、茶色一色の素朴な紬希サイドとはまるで違う。
すべてのドーナツがグリーンをベースにしており、その上にピンクやイエロー、ホワイトのトッピングがされている。
ドリンクにしても、紬希がコーヒーなのに対して、優芽はただの水だ。
会計前、期間限定のドーナツを次々選んでいくドーナツに全振りの優芽に、そんなに食べられるのかと紬希は勝手に不安になった。
優芽は優芽で、紬希が二つしかトレーに取っていないのに気づいて「足りるの!?」と驚き、彼女がレジでコーヒーを注文したときには「大人だ……!」と息を飲んだ。
「でもアメリカンだよ」という紬希の謎の謙遜は、優芽の「いや、コーヒーの種類とかわからないし! 飲めないし!」という言葉の前では何の意味もなかった。
「いっただっきま~す!」
撮影に満足したらしく、優芽は手を合わせると、やっとひとつ目を手に取った。
真ん中から綺麗に二つに割って、かぶりつく、と思いきや、彼女は「味見る?」と片方を紬希に差し出した。
差し出しながら、もう片方を頬張った。
「いや、お構いなく……」
「んまー! おいしいよコレ。抹茶苦手?」
全身で美味しさを表現しながら、マイペースに優芽はもうひと口、二口とパクついた。
差し出していた方は無理強いすることなくスッと引っ込められ、あれよあれよといううちに胃袋へと消えていった。
天を仰いで歓声をあげる彼女の表情は、まさに恍惚。
対称的に、紬希はお決まりの不安に絡め取られつつあった。
こういう時は素直に味見しておいた方が仲が深まるものなのに、断ってしまって不快にさせてしまったんじゃないか。
自分のドーナツを両手でつかんだもののなかなか口に運べず、その穴を意味もなく見つめた。
でも、と思った。
自分はまた周りとの間に障害を作っているのではないか。
優芽からは嫌な雰囲気はいちミリも出ていない。
不快にさせてしまったという客観的な根拠は何もない。
なのに、どうして自分は不快にさせてしまったかもしれないと不安に思うのだろう。
むしろ、そう思うことの方が優芽に対して失礼だ。
自分は優芽をそういう人間だと思っているということになるからだ。
優芽がそんな人柄でないことは分かりきっている。
でも、どうしても不安になってしまう。
須藤と会ったことで、自分でねじ曲げた現実が自分を苦しめていることに気づけた。
自分は色眼鏡をかけている。
しかし、知ったところで、外し方がわからない。
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