08-05 かけはし

「知ろうとすること自体は悪いことではないんだけど、こういう診断だからこの子はこういう子なんだろうって、どうしても決めつけが入っちゃうから……久我さんにも先入観なく子どもたちを見てもらえたらなって思って、こんな長々としゃべっちゃいました。ごめんね、説教くさかったね!」


 最後は明るく言って須藤は苦笑したが、紬希は新鮮な驚きを感じていた。

 質問したことを後悔する気持ちはまったくない。


 しかも、須藤の話を聞いて新しい考え方を知ったからだろうか。

 紬希は唐突に、自分が「色眼鏡」をかけて生きていることに気づいた。

 色眼鏡といえば、普通は物事を偏見の目で見ることを指すが、紬希の場合は少しニュアンスが違う。


 思えば、いつだって自分と周りとの間に「障害」を作ってきたのは自分だ。

 極端な思考で自分の言動を根拠もなく失敗だと思い込んだり、同級生とは理解しあえないと決めつけたり。

 自分を困らせているのはいつも自分自身だ。



 そのことに気づいて、紬希の胸はさらに驚きと発見で満たされた。

「ちなみに、サポートで困り事が減ることを、障害物の上に橋をかけて、本人と周りとの行き来がしやすくなった様子に例えたのが、この施設の名前の由来になってます!」

「あ、それでかけはしなんですね。……あの、障害のこととか、決めつけのこととか、とても勉強になりました……!」


 話している間に、子どもたちは身支度を整えて、何人かのスタッフと一緒に外へ出ていったようだ。

 子どもたちは大声を出したり、とび跳ねたりしていたわけではなかったが、部屋からいなくなるとしーんと静かさが際立った。


 そのタイミングに合わせたかのように、にょきっと優芽が輪に入ってきた。

「あの、須藤さん。実は今日、聞きたいことがあって」

 あ、ここで聞くんだ、と紬希は思った。

「子どもたちと関わるほうにもボランティアで入れませんか?」

 予想通り、優芽が口にしたのは、今日の二人にとって最も重要なお願いだった。

 紬希の人柄が十分伝わったかといえばまだの気もするが、タイミングとしては悪くない。


 須藤はパッと嬉しそうな顔をした。

 しかしすぐに、困ったような笑顔に変わった。

「そう言ってくれてすごく嬉しい! ありがとう。でも、それはできないの」

「無理……ですか」

「ごめんね」

 申し訳なさそうに言われて、優芽はガックリ肩を落とした。


 そんな優芽を元気づけるように須藤は付け加えた。

「でもね、二人はあの子たちと直接は関わってないけど、こうしてたまに来てくれるだけで、あの子たちにとって良い刺激になってるよ。いつもと違う人がいる、ってだけでね。それはスタッフには絶対にできないことだから」

 ニコッと笑いかけられて、二人は納得したように頷いた。

 頼んだことを断られたのは残念だが、嫌な気持ちにはならなかった。

 それが須藤の不思議なところだ。

「さあ、みんなが散歩から帰ってくる前にお弁当の体系にしなきゃいけないの。手伝ってくれる?」



 二人は教室の机や小物を須藤の指示通りにセッティングし、子どもたちが帰ってくる前にかけはしを後にした。 

 それからは来たときと同じようにバスに乗って、またビルの建ち並ぶ都会へと戻った。

 ちょうど昼時で二人ともお腹はぺこぺこだ。

「お昼はいつも決めてるとこがあるんだけど、そこでいい?」

 紬希がこくりと頷き、二人は次の目的地へと向かった。

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