08-02 かけはし

 バスで移動するということを初めて知った紬希は、その小さな衝撃で、一気に気持ちが引き戻された。

 彼女の動揺など知るわけもなく、優芽はすたすたと西口をくぐっていく。

 物理的にはすぐ後ろを歩いているのに、精神的には置いてけぼりの心地だ。

 紬希は急いで気持ちを立て直した。



 外へ出ると、すかさず少し離れたところから声が飛んできた。

「募金お願いしまーす!」

 同い年くらいの子たちのよく通る声だ。

 駅に出入りする人を待ち構えるかのようなタイミングで、声は繰り返し複数の方向から上がる。

 横一列に並んで呼びかけているのは制服の男女で、人数的に生徒会役員やクラブ活動みたいなものだろうと予想できた。

 優芽はためらいもなくその子たちの方へ歩いていく。

「さすが優芽ちゃん……私も財布出さなきゃ……」

 慌てて鞄に手を突っ込んだ紬希だったが、優芽は生徒たちの前でくるりと向きを変えた。


「えっ!?」

「えっ?」


 あまりにも大きい声に、優芽は足を止めて振り返った。

「募金……するんじゃないの?」

「え? あー……うん」

 素通りという選択の優芽に紬希は愕然とした。

「なんで……?」

「ん~……あ、邪魔になっちゃうから、ちょっと脇に寄ろっか」

 優芽の言葉に紬希はハッとして、握りしめている自分の財布と生徒たちを交互に見た後、急いで募金箱に硬貨を突っ込んだ。

「ありがとうございまーす!」

 感謝の合唱を背に受けながら、二人は道の端に移動した。



「優芽ちゃんが募金しないなんて意外……」

 改めてそう言うと、優芽は苦笑した。

「なんていうか、募金ってただお金を入れるだけで、役に立てたって実感がなくて。良いことだっていうのはわかるんだけど、自分のお金が実際にどう役立ったのか想像できないっていうか……ほら、あたしバカだからさ!」


 紬希は衝撃を受けた。

 バカはむしろ自分だ。

 募金して良いことをした気分になることはある。

 でも、そのお金が実際にどうなって、何の役に立つのかをイメージしたことなんてなかった。

 目的は募金ではなくて、その先のはずなのに。


「あたしには役に立てたって実感がないとダメみたい。直接頼まれたとか、目の前に困ってる人がいるとか、そういう自分が動かなきゃって思ったことじゃないと。情けない話、自分からボランティア探したり、そういうことする団体に参加したりしたことはなくて……人の役に立ちたいって言ってるくせにあきれちゃうよね」

「そんなことない!」

 珍しく間髪いれずに、しかも強く言い切った紬希に、優芽は目を丸くした。


「優芽ちゃんは本当に立派だよ。それって、自分の手の届く範囲を何とかしようってことじゃない? 人の役に立とうっていうだけでもすごいのに、ちゃんと自分のポリシーを持ってて、すごいよ。簡単なことじゃないよ!」

 紬希の眼差しは真剣だ。

 本気で言ってくれているのだとわかって、優芽はふっと笑った。

「ありがと。紬希がそう言ってくれるなら、そうなのかも。好き嫌いしてダメだなあって思ってたけど、ポリシーって言ったらかっこいいね」

 二人はどちらからともなく、へへっと笑った。


 それから自然とまたバスターミナルを目指し始めながら、優芽はためらいがちに口を開いた。

「いつもは募金のこと言われたらお金がないからって誤魔化してたけど、なんか変。今日は話しちゃった。紬希だからかな」

 それはどう受け止めたらいいんだろう、と思いつつ、紬希の中でぽっと嬉しさが咲いた。

 何であれ、悪い気はしない。

 足取りが弾むのを隠すように、紬希は早口にしゃべった。 

「でもグラウンドのゴミ拾いは誰かに頼まれたわけでもないのにやってるよね。なんだかんだ広くやってて偉いよ!」

「いや……それは同族嫌悪っていうか……」

「えっ?」

 口をもごもごさせる優芽に、紬希は何と言ったのかわからなくて、聞き返そうとした。

 しかし、それを遮るかのように、優芽は声をあげて走り出した。

「あ、バス行っちゃうかも! 走って!」

 慌てて紬希も後を追い、この話題はそれきりとなった。



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