07-06 ドリームランド
「もう優芽も紬希も経験があるだろう。ムーは姿を隠すことができる」
モルモルのいたはずのところから声だけが聞こえてくる。
優芽がその場所におそるおそる手を伸ばした。
しかし何も触れなかったらしく、今度は左右に何度か往復させた。
「ヘッブは、我々が生きていくために必要だから備わっている。共生する際のドナー側の利益として使うことは用途の一部にすぎない」
腕でかき混ぜている空間から、なおも声が聞こえてきて、二人はギョッとした。
堪らず優芽は腕を引っ込めた。
「つまりヘッブの効果で、本当はそこらへんをふわふわしてるんだけど、私たちの目には見えないだけってこと?」
「そういうことだ。そして、我々はヘッブの効果で物体もすり抜ける」
何の前触れもなく、元通りの位置にモルモルの姿が現れた。
思わず優芽は自分の手をしげしげと見下ろして、感覚を確かめるみたいに何度もグーパーと動かした。
「そうやってただよううちに、運良く適合するヒトに行き当たったら、次は交渉のため、そのヒトの夢に接続する。これには理由がある」
言いながら、モルモルが片手を上げた。
その先端の毛が、わずかにもこっと持ち上がった。
恐らく、長毛にうもれている指でイチを作っているのだろう。
「一つ目は、仮死状態を保ったまま接触を図ることができるため。二つ目は、単純に現実よりも遥かにムーの存在を受け入れてもらいやすいため」
紬希が真剣に解説を聞いているかたわら、優芽は急に口を引き結んでうつむいた。
一つ目、二つ目、とモルモルの手先の膨らみが増えていくのが面白すぎて、笑えてきたのだ。
自分のために集中して話を聞いてくれている紬希の邪魔をしてはいけない。
その一心で、優芽は吹き出すまいと肩をプルプル震わせた。
しかし、そんな不審な動きに紬希が気づかないはずがない。
高速思考モードの紬希は、視界の端に映ったその様子まで、ああ、ツボに入ったんだなぁ、と冷静に分析していた。
「三つ目は、食料を提供してもらえることになった場合、ムーとドナーとの間に供給用のパイプを構築するためだ。食料はいわば精神エネルギー。夢……実際にはそこを取っ掛かりにもっと深く潜った無意識の領域なのだが、そこはパイプの構築に適している」
それを聞いて紬希はピンときた。
「ということは、優芽ちゃんの言ってた黒い空間っていうのは……」
「現実ではない。夢の中だ。ただし、今言ったようにただの夢ではない。もっと深層部の精神世界だ。だからその領域のことを、ムーは普通の夢とは区別して、ドリームランドと呼んでいる」
「ドリームランド……」
復唱しながら、紬希は大体のことの合点がいったのを感じた。
どうして、どうやって優芽とモルモルは出会ったのか。
魔法少女のことを紬希以外知らなかったのはなぜなのか。
これまでのあらすじ的なことが理解できて、紬希は安心した。
しかし、問題はこれからのおはなし的なところだ。
紬希は再び危機感を抱いていた。
通訳を名乗り出たときと同じだ。
何となく、そのときは今日のこの時間を過ごせば、全てなんとかなる気持ちでいた。
ところが、ヒトとモルモルは異なる常識をもった種族だ。
ハッキリとそれを認識した今、紬希は自分が楽観的すぎたことを悟った。
場数を踏んでいるモルモルは、ヒトにとって重要な情報を前もって伝えてくれているが、それでもヒトにとって不利益な情報が後出しされないとは限らない。
何しろ価値観が違うのだ。
モルモルはどの情報がヒトにとって重要かわからないし、ヒトも出された以外の情報は知り得ない。
これからは、モルモルの言葉の端からリスクの気配を敏感に感じ取り、そこから自分で情報を手繰り寄せなければならないのだ。
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