07-05 ドリームランド

「紬希……」

 不意に、小声で呼ばれてハッとした。

 慌てて現実に焦点を戻すと、優芽が訴えるような目つきで見ている。

 視線がまじわった瞬間、紬希は激しく動揺した。


 失敗した!


 新しい嫌悪が湧き出して、悲しみが瞬時に後悔に塗り替えられた。

 人と話した後、失敗した気持ちになるのは、紬希にとってはよくあることだ。

 あんな受け答えをして相手は変に思わなかっただろうか、不快にならなかっただろうか。

 そうやって答えのない自問が始まって、いつも苦しくなる。



 もはや飛躍して、紬希はここに来てからの自分の態度が恥ずかしくなった。

 教室での自分と、明らかにキャラが違う。

 絶対に変だと思われた。

 もう取り返しがつかない。



 しかし、優芽の言葉の続きを聞いて、肩からスゥッと力が抜けていった。

「ねえ、途中からムズカシイ話になったんだけど……助けてぇ……紬希ぃ……」

 優芽は弱々しく言いながら、どんどんしおれていって、しまいにはべちゃっとテーブルに潰れた。


 優芽が何も言わずにモルモルを凝視していたのは、こういうことだったのか。

 紬希は彼女がいつの間にか会話についていけなくなっていたことに気づいた。

 同時に、優芽のつむじを見つめながら、なぜかはわからないが学校のときのように、込み上げてくるものを感じた。


 優芽ちゃんはやっぱりすごい人だ。


 モルモルの話を理解できていなかったことをバカにしてそう思うのではもちろんない。

 紗幕をパッとめくって、その先に広がっている鮮やかな景色を、自然体で見せてくれるような。

 そういう、自分の見えていたのと違う色を見せてくれる衝撃に、この人は自分を世界のいい方へ引っ張っていってくれるのかもしれないと、そう予感しているのかもしれない。


 紬希が何も返せないでいるうちに、むくりと優芽がふくれ面を上げた。

 例えば虹呼にこならこんなとき「マミさん好きぃ!」と抱きついて愛情表現しただろうか。

 紬希はただ困ったように微笑んだ。



「なるほど!」

 紬希あったま良い、と優芽は満足げに頷いた。

「モルモルにとっては自分の名前が変わるのは当たり前って話ね!」

 あっけらかんとした声に、固く感じていた空気と話題がほぐされた。

 紬希は思考と感情の混線を起こして、随分高カロリーな話題を消化したような気分だったが、要するにただそれだけの話なのだ。

 話がわかってニコニコしていた優芽は、ふっと真顔になって首をかしげた。

「でも気になったんだけど、ドナーって引き継ぎ制なの? 違うよね? あたし誰からも引き継がれてないし。だったらドナーがいない期間があるってことだよね? その間はどうしてるの? 何も食べずに過ごしてるの?」

「確かに……」

 臆病に戻ってしまった紬希は、ぽつりとそれだけ呟いた。

 もちろん頭の中では、もしかして人の夢以外にも何か食べられるんじゃ? と思考が始まっている。


「ドナーは引き継ぎ制ではない。我々は、ドナーがいない期間はヘッブを利用して仮死状態となり、そのまま綿毛のようにあちこちをさまよう。そうするうちに、適合するヒトに行き当たると、それの夢に入り込む。これは寝てみる方の夢だ」

 モルモルがしゃべり始めてすぐに、優芽が泣きそうな顔で紬希を見た。

 こうなると萎縮しているわけにもいかない。

 致し方なく、紬希はモルモルとのやり取りを頑張ることにした。


「仮死状態だから食べなくても死なないってことだね? でも綿毛のようにさまようっていうのは……何かの例え? だってモルモルみたいなのが街中をふわふわ飛んできたら、大騒ぎになるよね?」

 頭のてっぺんに特大の綿毛をつけたモルモルが、眠ったまま野山や民家の上をただよう様を想像して、紬希も優芽も「ないな」と眉根を寄せた。

 だが次の瞬間、中心に寄っていたすべての顔面パーツがパッと離れた。

 モルモルが忽然と、音もなく消えたのだ。

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