07-04 ドリームランド

 紬希は言葉に詰まってしんとした。

 だが、なんとか押し返すかのように、彼女は「それでも……」としぼりだした。

「モルモルがポジティブに受けとめてるのはわかったけど、もし私がそうだったらと思うと、自分が無くなるみたいで怖いよ。それに、周りに合わせきれなくて絶対に破綻する……」

 紬希の膝の上にあった手が、密かにギュッと握られた。

「問題ない。ムーはなりたい自分になるために周りから知恵を借りているだけだ。むしろ自分は確固たるものとしてある」


 一度言葉を切り、モルモルは何か考えるように小首を傾げた。

「……そうだな。優芽も学校ではマミさんと呼ばれているだろう。襲名、芸名、ニックネーム、どれも同じだ。一昔前ならば、機会のあるごとにヒトは名前を変えていた。何も特別ではない」

 突然自分の名前が出てきて、優芽はビクッと肩を震わせた。

 そのまま同意か反論が出るかと思われたが、彼女の口からは何も出ない。

 ただモルモルを凝視するだけだった。


 思うことのありそうな反応だったのに、と紬希は少し不思議に感じつつ、ならば自分が言い返そうと口を開いた。

「それとこれを同じにはできないでしょ! でも……」

 しかし、その試みもすぐに尻つぼみに終わる。



 同じ日本でも、時代が違えば名前を変えるのは当たり前のことだった。

 歴史の勉強から横道にそれたときに、紬希はその知識に行き当たったことがあった。

 生まれたときの名前が成人を機に変わり、出世を機に変わり。

 とにかく、節目節目でころころと変わっていくのだ。

 モルモルの「機会があれば名前を変えていた」というのはそれのことだろう。



 常識とは作られるものだ。

 時代が違わなくても国が違えば、そこにはそこで通じる常識がある。

 同じ日本であっても地域によって価値観が異なることもあるし、年齢によっても違うだろう。

 ましてや生まれた星が違うのだから、モルモルと認識が食い違うことなんて、それこそ当たり前だ。



 そうやって忙しなく思考を巡らせる一方で、紬希は唐突に自分が悲しみで塗りつぶされていくのを感じた。


 普通の人はメラビアンの法則とか、実名敬卑俗じつめいけいひぞくとか、思い浮かべない。

 相手の言葉を鍵に、自分の中の知識をいちいち引き出したりしない。

 こんな自分が嫌で仕方がない!


 そんな強い嫌悪が叫びとなって、どうしようもなくこだました。



 モルモルは本当に「地球外生命体」だからいい。

 紬希にとって問題なのは、しばしば同級生のことを「宇宙人」だと感じることだった。

 自分とは感じ方のまったく異なる、理解しあえない存在のように思うのだ。

 だって、雑談にはおよそ役に立たないことは思いつくのに、みんなが当たり前のように楽しんでいる話題やリアクションを思いつくことは難しい。


 だから、紬希は自分を「間違い」だと思うようになった。

 だからこそ、偏見による推測で「正解」と思われる振る舞いをし、しかし本当に正しかったかのフィードバックはないから常に足元がおぼつかず、怯えて過ごしていた。



 自分が無くなるみたいで怖い。

 周りに合わせきれなくて絶対に破綻する。



 紬希はモルモルと自分を重ねていたのだった。

 だのに、モルモルは自信に満ちあふれていて、自分とはまるで違う。

 その態度と言葉は、間違いなく紬希に刺さった。

 感銘か、心のトゲか。

 とにかく、紬希にはモルモルが心底眩しかった。

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