07-03 ドリームランド
「ムーの素の顔をヒトは怖いらしい。だから昔、面をかぶるように言われた。各代のドナーに勧められるたびに別の物にかぶり変えていき、今はぬいぐるみをかぶっている。シロクマなのは先代の趣味だ。……見るか?」
おもむろにぬいぐるみを脱ごうとしたモルモルを優芽は慌てて止めた。
紬希は見ておいた方がいいと言ったが、怖いと前置きされたものを見るには心の準備がいる。
しかも優芽とモルモルは共同体だ。
めちゃくちゃ怖かったらこの先困るし、もし見たくなったらその時に見ればいいのだ。
紬希は眉間にシワを寄せていたが、無理強いはしなかった。
「優芽と会ったときにかけた言葉や動きもシロクマの先代が考えてくれたし、自分のことをムーと呼ぶといいと教えてくれたのもその先代だ」
「……だからか!」
寄せたばかりのシワを解除して、紬希は急に膝を打った。
優芽との遭遇時と今とでモルモルのキャラが違うのは、そういうことだったのだ。
そんな調子でたくさんの質問をしたが、紬希からはいまだにモルモルへの不信感が消えなかった。
モルモルには表情がなく、声にも起伏がないからだ。
これまでに話した内容から、モルモルに優芽を陥れようとかいう気はなく、むしろ実直であろうことは推測できた。
なんなら、貴重な食料源を大事にしようという気持ちもある。
しかし、何を考えているかわからない、無機質な感じがする、といった非言語の情報が、言語からの情報を邪魔している。
紬希の頭の中には、ある知識が思い浮かんでいた。
人はコミュニケーションの際、言葉よりも、声のトーンや身ぶりといった言葉以外の情報を重視する、というものだ。
きっと先代は言葉、声、身ぶりの三情報にあるギャップをできるだけ小さくしようとしたのだ。
いくら明るい言葉を並べても、平坦な声で棒立ちで話しては意味がない。
恐らく声色はどうにもならなかったのだろう。
だからモルモルの固い言葉をやり過ぎなくらい砕けたものにして、さらに友好的な身ぶりを加えることで、少しでも親しみやすさと無害感を演出しようとしたのだ。
見た目からして第一印象はマイナスだ。
そのハンデを乗り越えて、ドナーとなってくれる人を見つけるのは生易しいことではない。
「さらに言えば、モルモルという名前をつけたのもシロクマの先代だ。ムーにも元の名前はあるにはあったが、ヒトには発音ができない。だから、最初のドナーに名前を考えてもらったし、それが時代に合わなくなればまた新たなドナーに考えてもらった」
それを聞いて二人は息を呑んだ。
衝撃のまま、ため息のようにこぼしたのは紬希だ。
「それってキツくない……?」
彼女にはモルモルが憐れに思えた。
地球にやってきて顔を隠され、名前を失い、しゃべり方や身ぶりも矯正され、一体今のモルモルには、どのくらい本来の部分が残っているのだろう。
しかし、モルモルは首を振った。
「ヒトであればそうなのかもしれないが、ムーたちにとっては大したことではない。ムーたちの生き方は適合能力が求められる。名前が変わることは自分を捨てることではなく、新たに生きることだ」
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