06-06 二つのリスク
ゴンッと鈍い音が響いた。
勢いよく突っ伏した優芽の額が机にぶつかった音だ。
さらに腕の中からは「わかんない~わかんない~無理~」とくぐもった声が漏れてきた。
紬希もいっそ、ゴンッとやってしまいたかった。
しかし、通訳宣言の直後に投げ出すなんてことはできない。
逃げ腰な自分をなんとか奮い立たせて、懸命に情報をまとめた。
記憶と記録に残らない、というヘッブの効果のうち、前者だけがなぜだか自分には効かない。
そういう、全部ではないけれど、ヘッブの効かない例外的な人を、ドナドナーと呼ぶ。
さらに、ドナドナーである自分は、優芽に夢や希望なのか何なのかを提供できるパイプを持っているらしい。
ドナドナーという呼び方は、恐らくそのことから来ているのだろう。
だが、そのパイプは単に持っているというだけで、使えるとは限らない。
意外とシンプルにまとめることができて、紬希はホッとした。
どうにか宣言を撤回せずに済みそうだ。
とはいえ、いまだ机にめり込んでいる優芽にわかるように説明するのはきっと骨が折れる。
「それにしても、なんで魔法少女なの?」
ぽろっと出た問いに、優芽が突っ伏したまま悶えた。
「違うのぉ~」
そしてガバッと面を上げて叫んだ。
「モルモルのせいなの! あたしはヘッブのことを聞いて、じゃあ小さい子が見る変身モノの番組みたいに、変身していいことをするけど、その正体を誰も知らない……みたいなこともできるの? って言ったの。そしたらあんなことに!」
「あれはヒヤッとした。もし、魔法が使えるようになる? と聞いていたら、夢と想像の質が釣り合わず、大惨事になっていたぞ」
あまりのエピソードに紬希はむせた。
「えっ、ヘッブってそんな誤作動みたいに使われちゃうの!?」
死ぬ確率高くない!?
優芽を思って、その言葉は飲み込んだ。
「あのときは説明のためにヘッブを出していたからな。燃えやすいもののそばで火の粉を散らすな、ということだ。肝に銘じておいてほしい」
いや、そっちが火の粉の前に燃えやすいものを出すなよ。
そんな言葉が喉元まで出かかったが、言っても意味がなさそうなので、それも飲み込んだ。
「でも、優芽ちゃんもなんでそんな発想を……?」
「え、別の世界からやってきたマスコット的な生き物が目の前に現れて不思議な力を授けるって言ったら思わない?」
それを聞いて、紬希の中の優芽に対する「頼れるしっかり者」という印象がまた改められた。
優芽は、引き受けた頼まれ事を鮮やかにこなし、日常においてもその手腕を振るう、完全無欠な存在ではないのだ。
むしろ結構抜けている。
「それに、ちょうど自分だとバレずにやりたいことがあったからさ……」
しかし、優芽の他人の役に立ちたいという気持ちは本物だ。
それに触れるたびに、紬希は感服せずにはいられないのだ。
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