06-05 二つのリスク

 紬希はぐっと顔を上げた。

「わかった。優芽ちゃんの代わりに、私がいろいろ聞く。それで、理解したことを簡単な言葉に直して、私が優芽ちゃんに説明する」

 それを聞いたモルモルと優芽が感嘆の声をあげてぽふぽふ、パチパチと拍手した。

 モルモルは手のひらに毛が生えているため、拍手をしてもなんだか格好がつかないのだ。

「さすがドナドナーだ。ぜひ通訳を頼む。ついでにムーも易しい説明の仕方を覚えたい」

「それ! ドナドナーって何なの?」

 喜ぶモルモルをビシッと指差して、紬希は指摘した。

 新たに発せられた未知の言葉を紬希は聞き漏らさなかった。


「ドナドナーとは、ドナーのドナーだ」


 しかし、モルモルのドナが四つも続く返答に出鼻をくじかれた。

 明らかにさっきまでの説明と情報量が違う。

 というか、説明ですらない。

 だが、半ば放心しつつも、紬希の頭の中では四つのドナが高速回転し始めた。



 モルモルに食料を提供するのがドナーで、優芽ちゃんのこと。

 じゃあ、ドナーのドナーというのは、優芽ちゃんのドナーのことで、それが私。

 ……てことは、私は優芽ちゃんに何かを提供するってこと?


 紬希がギョッとしているかたわら、ここでやっと優芽が興味をもって身をのり出した。

「それはあたしも気になってた! 紬希にヘッブが効かなかったのは、紬希がそのドナドナーとかいうのだからなんでしょ?」


 そういえば「ドナドナー」はトイレでこそこそしゃべっていたときにも出たワードだ。

 優芽の言葉にモルモルがこくりと頷いて、いよいよ紬希は慌てた。


「ま、待って待って! いつ私は優芽ちゃんのドナーになったの!? 私は優芽ちゃんに何を提供するの!?」

 まさか知らない間に自分も虚ろや死のリスクを背負わされてしまったのだろうか、と紬希はにわかに恐ろしくなった。

 

 この叫びを聞いて、モルモルはまたぽふぽふと称賛の拍手をして、一方優芽はキョトンと紬希を見た。

「ドナドナーは非常に稀な存在だから、ムーにとっても謎が多い。断言できるのは、ムーと優芽との関係とは違う、ということだ。お互いが体の一部になったわけではもちろんないし、優芽が紬希の何かを食うわけでもない」

 それを聞いて、とりあえず紬希は安堵した。

 謎と言われて新たな不安はわいたが、少なくとも自分の夢や希望が自動的に供給されてしまうわけではないようだ。


「ムーにとっての食料となるものをドナーに提供できるパイプを持っている存在……らしい。が、ムーはパイプを使えた者に、今まで一度も出会ったことがない。『提供できる存在』ではなくて、あくまで『パイプを持っている存在』だ」


 さすがの紬希も押し寄せる情報に頭の中がぐしゃぐしゃになった。

 言うことのひとつひとつが抽象的すぎる。

 優芽にいたっては、なぜモルモルが拍手したのか、そしてこんなことをしゃべり出したのかすらわかっていない様子だ。


「ただドナドナーは必ず我々の理から部分的に逸脱する。そのことが偶然判明したヒトのことをドナドナーと呼ぶことにしていると言った方がいいかもしれない」


 身を乗り出していた優芽の顔が困惑を通り越して苦虫を噛み潰したようになっていった。

 モルモルの説明を優芽はもちろん、紬希もきちんと理解できたか怪しい。

 そもそも、モルモル自身もドナドナーをよくわかっていないのだから、こうなるのは当然とも言える。


「結局なんで、紬希、覚えてた?」


 まるで検索欄に打ち込んだ単語みたいにカタコトだ。

 優芽はもはや目を回していた。

 おそらく、なぜヘッブで他人の記憶に残らなくなるようにしたのに、紬希は覚えていたのか、という質問だろう。


 モルモルも優芽の言わんとしたことを理解できたらしく、テキスト読み上げ機能みたいな回答が始まった。

「それが紬希の部分的逸脱だ。ヘッブを使った優芽を撮影画像に残すことはできなかったが、自分の記憶に残すことはできた。そしてそれは、決まった条件を満たせば誰でもそうできるわけではなく、紬希は元からそうだった。例外的な存在だったんだ」

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