06-04 二つのリスク

「でも、ヘッブとかいうのが暴走したら、死んじゃうんだよ!? 夢の質とか、それに見合った想像とか、そんなの判断できないじゃん!」

 紬希は必死に訴えた。


 夢も想像も抽象的なものだ。

 形もなければ、数字で表すこともできない。

 そんなものを、現実化が可能かどうか、前もって天秤にかけることなんて無理だ。


 それに、紬希にはもう一つの思いがあった。

 そんな不可思議なものは、麻薬のように人を悪い方へ誘惑するに決まっている。

 最初はちょっとだけ、と思っても段々歯止めがきかなくなり、最後には身を滅ぼしてしまうに違いないのだ。


 紬希がモルモルをキッと睨むと、あろうことかその生き物は頷いた。

「紬希は理解がいいな。いや、頭がいいと言うのか?」

 腕組みしたまま、モルモルは慌てる様子もなく称賛した。


「確かにヒトは夢と想像の質が釣り合っているか判断できない。そのせいで、過去にドナーを失ってしまった経験もある。だが、予防策はある。ヘッブを利用する前にムーに相談することだ。ムーたちはヒトとは異なる感覚器を有している。つまり、夢や想像の質を見ることができる」


 どうやらこの生き物は、優芽を騙したり、都合の悪いことを隠したりするつもりではないらしい。

 そのことに気づくと、紬希の中のモルモルに対する敵意や不信感が、少しだけ薄らいだ。



 しかし、代わりに疑問がわいてくる。

「あの、わからないんだけど……今してくれてる説明を、どうして優芽ちゃんにしなかったの?」


 優芽は自分がモルモルに夢を提供することを知っていたし、ヘッブも使っていた。

 だが、最も重要であるはずの虚ろ、死というリスクについては知らなかったのだ。


「優芽は寝るからだ」

「え?」

「優芽は理解が悪い。ムーが説明をしようとすると、必ず途中で寝る」

 不意打ちのような答えに、紬希はしばらく返す言葉を失った。


 寝る?

 命に関わる説明をされている最中に?


 愕然とする紬希の脳裏に、説明を受けてどんどん視線が遠くなっていく優芽が思い出された。

 確かにあの様子からすると、モルモルの「寝る」という言葉を嘘だと跳ね返すことはできない。

 先ほどは、自分の「誰かの役に立ちたい」という気持ちをモルモルの食料にできることや、その気持ちを持ち続けていれば無事でいられるということは理解できていたようだが……。

 優芽を見ると、彼女は照れ笑いのようなものを浮かべて、「難しい話って苦手で……」と肩をすくめた。



 普段の授業でも優芽は居眠りの常習犯だった。

 もちろんわざとではない。

 いつだって気づいたときには瞼がおりているのだ。

 地球人による年齢相応の授業でさえ体が拒否する彼女なのだから、地球外生命体による固い言葉での説明を受け付けないのは当然と言えよう。



 額に手を当てて、紬希は頭の中を整理した。

 優芽は自分とモルモルとの関係をぼんやりとしかわかっていない。

 その上、そのことに不安も不満も感じていない。

 だから、関係についての説明を求めていないし、自分が大変なリスクを負っていることも知らなかった。

 そればかりか、もしかしたらこのままモルモルに話を聞いていけば、もっと別のリスクも判明するのかもしれない。



 紬希は大変な危機感の中にいた。

 優芽が説明を理解するどころか、聞くことすら危ういというのなら、自分がしっかりと聞いて、優芽をサポートするべきではないか。

 幸い自分は今のところ、なんとか説明を理解することができている。

 それに今、モルモルの説明中に優芽が寝ずに済んでいるのは、もしかしたら自分が間に入っているからなのかもしれない。


 優芽を放っておくのは危なっかしすぎる。

 自分にできることがあるとわかっているのに何もしないのも、優芽のことを見捨てるみたいで落ち着かない。

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