06-03 二つのリスク

 モルモルは静かに首を振った。

「否定はしないが、もっと広義だ。そうなろう、そうなりたい、と思う気持ちすべてと言えば、より正しく理解できるかもしれない。それに、そういう気持ちを根こそぎ食うわけではない。ドナーに支障のない、ほんのわずかを分けてもらうだけだ」

「でも!」

 食い下がる紬希をモルモルが片手を上げて静止した。

「ドナーを失うことは、ムーにとって生命に関わる不利益だ。だから、そんな食い潰すようなマネはしない」


 確かに、とは思ったが、紬希はそれでも納得いかなかった。

 この生き物は、ヒトの夢や希望を食うと言っているのだ。


「紬希の言いたいこともわかる。先ほど言いかけたが、万が一、優芽が未来への意欲を失ってしまえばヘッブは生成されなくなり、不本意だがムーと優芽は相利共生ではなくなってしまう。それどころか、優芽の中に微量に意欲が生じても、ムーが一方的に刈り取ることになってしまい、紬希の危惧したとおり、優芽は虚ろになるだろう」

「う、虚ろって何なの……やっぱ悪影響あるじゃん! 優芽ちゃん、このこと知ってた!?」

「えっ? あはは、そーなんだ?」

「優芽ちゃん…………」


 紬希はがっくりうなだれた。

 こちらは雷に打たれたような衝撃を受けたというのに、当の本人は慌てる素振りも見せず、いたってお気楽な様子だ。


「悪影響と呼べるものはもうひとつある。ヘッブが現実化できるものは提供した夢の質で変わる。捧げたものに見合わない想像を現実化しようとすればヘッブが暴走し、最悪の場合、命を落とす」

「いっ、いの……優芽ちゃん知ってた!?」

「え? そうだったんだー」

「優芽ちゃぁあん!」


 紬希が悲鳴のような声をあげて崩れ落ちた。

 話にもついていけないが、優芽の他人事のような態度にもついていけない。


 彼女は二つ返事の結果、何の説明も受けないまま甚大なリスクを背負い込み、今の話を聞いてもなお、そのことを悔やんでいないのだ。

 モルモルの話が始まってからフリーズしていた彼女のことだから、よく理解できていないだけという可能性もあるが、それでも最後の言葉はわかったはずだ。


 最悪の場合、死ぬ。


 紬希はガバッと顔を上げて叫んだ。

「クーリングオフ! 未成年者契約の取り消し! とにかく、ドナーなんてやめ! なかったことにして!」

「それはできない」

「なんで!」


 モルモルは相変わらず落ち着き払ってしゃべった。

「ムーは優芽の体の一部になった。個別に存在することもできるが、常にヒトには見えない糸で繋がれている。その関係を断つのは、生きたまま内臓をえぐりとるようなものだ」

「はああ? 何それ、そんなの――」

「まあまあ、 紬希。良いんだよ。大丈夫だよ」

 言い返そうと前のめりになっていた紬希を、優芽がやんわり押し返した。


 普通、今一番あせるべきなのは優芽だ。

 紬希は優芽の身を案じているから、まくしたてているのだ。

 なのに、彼女はまったく慌てていないし、それどころか、紬希とモルモルの間に入ってきた。

 彼女がモルモルをかばい、逆に自分がなだめられている状況に、紬希は釈然としないものを感じた。


 それを知ってか知らずか、優芽は屈託なくほほえんで、なんの疑いもない調子で言った。

「何かになりたいって気持ちを常に持ってればいいんでしょ? だったらあたしは大丈夫だよ。だって、あたしが誰かの役に立ちたいって思わなくなるのなんて、あり得ないもん」

 モルモルが静かに頷いた。

 それを聞いた紬希も、悔しいが「確かに」と思ってしまった。

「だからこそ、優芽はムーと適合した。優芽は強いドナーだ」

 優芽が照れたように笑った。


 確かに、彼女が「虚ろ」になることはなさそうだ。

 頼られたがりじゃなくなった優芽なんて、優芽ではない。

 しかし、まだ大きな懸念が残っている。

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