06-02 二つのリスク

「あり得……ない」

 開いてふさがらない口からやっと出てきた言葉はそれだった。

 優芽が苦々しく笑った。

「あの、地球外生命体とか、聞きたいことは山ほどあるんだけど……あの……ドナーって、なんなの?」

「あーそれね! えーっと……」

 紬希の問いに答えようと、すぐさましゃべり始めた優芽だったが、どうも要領を得ない。

「モルモルは人の夢を食べるんだって。だから、その許可……的な?」

 曖昧な返答に、紬希も苦笑した。

「それって体に悪影響とかはないの?」

「あ~……。考えたことなかった」

「んなっ、なんでそんな大事なこと確認しないの!?」


 それを皮切りに紬希の口からは次々と言葉が溢れ出た。

「おかしいよ! 大体夢なんてどうやって食べるの!? バクじゃあるまいし! 脳に直接何かするんだったらすっごい怖いよね!? 大丈夫なの!? どうして何も聞かずにオッケーしちゃったの!?」

 ローテーブルに身を乗り出した反動でコップの中身が揺れた。

「ゴ、ゴメン」

 あまりの気迫に優芽は思わず謝った。

 紬希も自分がどんどん詰め寄っていることに気づいて元どおり座り直し、胸に手を当てて小さく小さく体を丸めた。

「違うの。心配なの……」

 か細い声でそう言うと、紬希は口をぐっとひき結んだ。


 部屋がしんと静まり返った。

 沈黙の中、優芽は少し自分の行いを反省すると共に、紬希がハッキリものを言ったことに驚いた。

 その驚きが、自分は重大なことをしでかしたのだ、という思いをもう少し大きいものにした。

 一方、紬希も驚いていた。

 人の役に立って、まわりからマミさんと呼ばれている優芽は頼もしくて、しっかり者なのだと思っていた。

 しかし、違った。

 彼女は確かに一緒にいて頼もしいし、しっかりして感じるが、頼み事を引き受けるその時は無鉄砲なのだ。


「共生、と言えばわかるか?」

 淡々とした調子で沈黙を破ったのは地球外生命体、モルモルだった。

 トイレで一度は姿を見せたモルモルだったが、そこから宇津井家に着くまでは忽然と消え、優芽の部屋に入るといつの間にかテーブル脇に座っていた。

 恐らく人目につかないよう、姿を隠す術をもっているのだ。

 優芽が話し合いに自分の部屋を選んだのは、モルモルが姿を現して、自由にしゃべれる環境だったからだろう。


「ヤドカリとその殻にくっつくイソギンチャクのように、異なる種の生物が共に生きることを共生と言う。優芽とムーはそれの相利共生にあたる」

 優芽が初めて遭遇したときの口上とは違い、えらく固い口調だ。


 相利共生。

 それは、双方の生き物がメリットを得られるタイプの共生だ。


「優芽はドナーとしてムーのお腹をいっぱいにする。ムーは満腹の副産物であるヘッブを優芽に提供する」

 難しい話が始まったことに不安を感じて、紬希は優芽に視線を投げた。

 が、彼女の様子を一目見て「いや、自分がしっかりしなきゃ!」と奮起した。

 彼女は今にも黒煙が上がりそうな面持ちで固まっていたのだ。


「ヘッブは想像を現実化する、というような性質を持っている。優芽の場合は、自分の見た目を変え、その間は他人の記憶、記録に残らなくすることに使っている」

 まるで今まで何度も説明してきたかのように、モルモルはよどみなくしゃべり続けた。

 

 ドナー、共生、ヘッブ、と聞き慣れない単語が次から次へと飛び出し、紬希の頭の中はたちまち大渋滞に陥った。

 それでも、置いていかれまいと、必死で未知の言葉を脳みそに叩き込んでいった。

 もはやどこか遠くを見ている優芽に代わって。


「しかし、場合によっては、この共生は相利共生ではなくなる。ムーが食べるのは優芽の言ったとおり、ヒトの夢。文字通り寝ている間に見る夢も食うが、ムーはことさらに、起きて見る夢の方を好む」


 雲行きが怪しくなってきた。

 そう感じ取って、紬希は眉根を寄せた。


「起きて見る夢とは、言い換えるなら未来への意志、希望、願望、そういったものだ」

 紬希の背筋がサッと凍った。

「ちょっと待って! それって将来の夢でしょう? そんなの食べられちゃったら、優芽ちゃんがぬけがらになっちゃう!」

 再びテーブルに身を乗り出した衝撃で、今度はコップの中身がこぼれた。

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