第二章
06-01 二つのリスク
桜舞う高揚の季節。
少女は地球外生命体に出会った。
どこまでも黒の広がる空間。
光はなく、かといって、闇でもない。
音もなく、気配もない。
黒の世界の中、優芽はポツンと立っていた。
不思議と彼女の体だけは黒に染まらず、確かな輪郭をもって存在していた。
ぼんやりと、その場で一周して、優芽は見渡すかぎり何もない空間を眺めた。
ふと視界が霞みがかっているように感じて両目を擦ると、再び視界が戻ったときにはソレはいた。
「はろー、あいあむモルモル。白いお顔に黒い体のキュートな地球外生命体だ」
頭にシロクマのぬいぐるみをかぶった、黒い長毛のヘンテコな生き物。
その外見だけでも受け入れがたいのに、つぶらな瞳のシロクマの耳辺りからは布を突き破って角のようなものが生えているし、陽気さを演出したようなセリフも声の調子が全然弾んでいなくて、そのちぐはぐさがよけいに不穏を呼ぶ。
優芽は身構えた。
おかしな空間、奇妙な生き物、わけのわからない口上。
オマケに、いくら思い出そうとしても、今のこの状況に至った経緯の記憶がない。
片手を上げて親しげに話しかけてきたその生き物が、今度はその手を差し伸べてきて、優芽は二、三歩後ずさって距離をとった。
「ムーのドナーにならないか?」
怪しい。危険。
しかしそのすぐ後に、少女は地球外生命体もビックリの二つ返事で、その申し出を歓迎するのだった。
「あたし、君のドナーになってあげる!」
少女はその奇妙な生き物のお願いを聞くことにした。
---
紬希は優芽の部屋にいた。
自分と優芽とモルモル。
二人と一匹で折り畳み式のローテーブルと飲み物を囲んでいる状況はわけがわからなかった。
何もかもが信じがたく、未知すぎる。
唯一確かなのは、優芽と一匹が事のいきさつを話そうとしてくれている、ということだけだった。
朝の魔法少女に始まり、今日は刺激的なことが多すぎる。
学校で廊下に取り残されたと思ったら、トイレから優芽の叫びが聞こえてきた時も、心臓が飛び出るほど驚いた。
あの時、優芽の身に何かあったのかと紬希が後を追うと、トイレの個室からは揉めるような会話が漏れ聞こえてきた。
「あたしのことはみんなの記憶には残らないんじゃなかったの!?」
「ムゥ。……どうやらあの子はドナドナーのようだ」
「はぁあ?」
声色は明らかに二つ。
一人で駆け込んでいったのにどうして?
そう思うと同時に、プライベートな空間から二つの気配がすることに半端ではない違和感を覚えた。
会話が一旦途切れると、しばらく個室からは何も物音がしなくなった。
この間、優芽は気持ちを落ち着けるために深呼吸をしていたのだが、紬希はそのことを知るよしもない。
なす術なくて個室の前で右往左往しているところに、カチャッと扉が開いた。
「あ」
異口同音、目が合った瞬間、二人ともしまったという表情で固まった。
しかも、トイレから出てきた彼女の肩には得体の知れない生物がぶら下がっていて、紬希は叫びを聞いたときと同様、度肝を抜かれた。
「ぬいぐるみ……じゃ、ない? え、何その……生き物?」
「はろー、あいあむモルモル。白いお顔に黒い体のキュ――」
「ごめん、説明する! ちゃんと説明するから……」
うわ言のように繰り返されながら引っ張られていった先が、優芽の家だったのも予想外。
そこでたった今聞かされた話も、衝撃以外の何ものでもない。
しかし、それらの出来事よりも、地球外生命体って何? ということよりも、一番クラクラしたのは優芽の思考判断だ。
優芽とモルモルとの出会い話を聞いた紬希は、あんぐりと口を開けて絶句していた。
いつの間にかおかしな空間にいて、目の前に地球外生命体を名乗る妙な生き物が現れて、その上ソレの言うことを聞くことにしたと。
目の前の少女が話したのは、そういうことだ。
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