05-06 つづら折りジェットコースター

「あー、用事の方はもうよくなった。悪いな。帰っていいぞ」

 職員室で田沼に声をかけるや否や、二人は追い返された。

 柚希はもちろん、元より承知していた優芽でさえもあまりの扱いに呆気にとられた。

 この二人で田沼を訪れたからには絶対に何かある。

 きっとそんなふうに身構えていた柚希には、余計に肩透かしだったに違いない。

 しかし幸い、こんな理不尽な仕打ちをしても、田沼であるというだけで不自然に感じないのが救いだった。



 何はともあれ、田沼は役目を果たした。

 ここからは優芽がどうにかする番だ。

「そういえば地味に気になってるんだけど、給食のときに、今はちょっと……って言ってたこと、今なら話せる?」

 元来た道を引き返しながら、頃合いを見て優芽は切り出した。

 まっすぐ続く廊下には先の方までひとつも人影はない。

 その静けさに、遠いような近いようなところから響いてくる部活動の音が馴染んで、独特の空気を感じさせた。


 いつも通り、紬希はすぐには言葉を返さない。

 優芽も例のごとく、紬希が口を開くのを待った。

 少しそのまま歩いて、そして、突然紬希は立ち止まった。


 二歩多く歩いてしまった優芽が慌てて体を返すと、紬希はごそごそと自分の鞄からスマホを取り出すところで、優芽が近づいて覗き込む頃には画面をなぞって何かの画像を表示させた。

 映っていたのは写真だ。

 優芽にはそれがどこの写真なのかわからなかった。

 黄土色の地面に、金網のフェンスに、それに沿ってまばらに生えている雑草。

 ただそれだけの写真だ。


「優芽ちゃんって姉妹いる?」

 何の脈絡もなくそう聞かれて、優芽はキョトンとした。

「いや、一人っ子だけど?」


 しかし一転、この脈絡のなさが、逆に優芽に確信させた。

 今から自分には、あり得ないことが起こるという確信だ。


「今朝、学校に来る途中のグラウンドで」

 紬希がそうしゃべり始めた瞬間、確信が確定して、優芽の体中があわ立った。

「コスプレしてゴミ拾いしてる女の子がいて、写真を撮ったんだけど写ってなくて、それで、その子の顔が――」

「ちょちょちょっ! ちょっと、トイレッ!」


 両手を前に突き出して話をさえぎり、優芽はピュッとその場から逃げ出した。

 顔は真っ赤に上気し、脂汗がだらだらと流れ、今にも身体中から煙が立ちのぼりそうなほど優芽は動揺していた。


 全速力でトイレに駆け込んで、個室に入って、扉を閉めて。

 錠に手をかけたままハァハァ肩で息をしていると、身の内で渦巻いている感情が、悲鳴のような声となってこぼれ出てきた。

「いやいやいや、あり得ない。無理無理無理。本っ当無理。なんでなんで? えっ? ええ~~~っ?」


 どうしてこんなことになったのかわからない!


 頭の中がとにかくそれでいっぱいで、驚きやら恐怖やら羞恥やら、とめどなく溢れてくる気持ちでごちゃまぜだ。

 しかし段々と、それらがひとつの感情に集約されて、沸々とわき上がり始めた。

 怒りだ。

 上限を超えた怒りは爆発するしかない。


「モルモルーッ! 話が違ーう!」


 トイレから聞こえてきた吠え声に、廊下に取り残された紬希が飛び上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る