05-05 つづら折りジェットコースター
「宇津井! 頼みたいことがあるから誰かもう一人連れて、職員室まで来るように!」
頼んだとおり、田沼は帰りの挨拶が済んだ直後、教卓から叫んだ。
もう呼び出してくれないんじゃないかと、その瞬間までハラハラしていた優芽はやっと胸をなでおろすことができた。
曖昧な返事しかしなかった上に、約束を果たすのが一日の最後だなんて、鬼畜のすることだ。
でも優芽はそうは思わず、ただただ良かったと安堵した。
「あのタヌキ! マミさんのこと使いすぎっ!」
田沼が退室するや否や駆け寄ってきて、そう憤慨したのは古瀬だ。
「まあまあ。頼まれ狂いのあたしにとっては、むしろありがたい存在だよ」
合掌しておどけてみせたが、その手を古瀬がガパッと左右に引き離して、ズズイと顔を近づけてきた。
「だから! それがダメなんでしょ!」
「古瀬ぇ~、そんな睨まないでよ~」
「古瀬がマミさんのマミさんみたいだにゃ」
「いや、嫉妬っしょ」
後から虹呼と彩生、そしてのろと紬希もやってきた。
「で、誰が道連れ?」
彩生が単刀直入に言った。
田沼が誰か一人連れて来るようにと言ったので、みんなこの中から巻き添えが選ばれる腹積もりで集まったのだろう。
「はい。やりたくないです」
真っ先に手を上げたのはのろだ。
挙手して立候補かと思いきや、辞退宣言だ。
「私は早く部活行きたいな~」
「アキが行くならボクも!」
薄情がもう二人。
みんなの視線が古瀬に集まった。
田沼にあんなに憤っていたのだから、物申すためにもお供するだろう、という期待と無言の圧力の目だ。
しかし、古瀬はみんなから目をそらして、うなだれた。
「……ごめん、今日部活の当番」
それを聞いて、すでに断った三人が口を両手でおおったり、古瀬を指差したりのリアクションで同時に叫んだ。
「薄情者~!」
「いや、あんた達に言われたくないからね!?」
すぐさま言い返され、薄情者三人がヘラヘラと笑った。
普通なら、誰も自分についてこないこの状況に傷つきそうなところだが、今の優芽にとっては好都合だった。
元よりターゲットは紬希だ。
他のみんなが難色を示してくれて、むしろ手間が省けた。
「というわけなんだけど……紬希、お願いできる?」
思惑どおり、紬希はコクリと頷いた。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
二人で並んで廊下を歩く。
紬希はうつ向いたまま、ふるふると首を横に振った。
「大丈夫。部活も入ってないし。……あの、前から気になってたんだけど、優芽ちゃんって、どうしてマミさんって呼ばれてるの?」
その話題か、と優芽は思った。
さすがに、二人きりになってすぐに件の話は出てこない。
「あ~、名前にひとつもかすってないもんね」
とりあえず、優芽は目の前の会話に応じることにした。
時間はまだある。
「あたしって頼まれたがりでしょ? そうやって他人の世話焼いてるのが、まるでお母さんみたいだって言われて。それで、お母さんじゃなくてマミーさん、みたいな?」
紬希から納得の声があがった。
「だからニコちゃんは古瀬ちゃんのことをマミさんのマミさんみたいって言ってたんだ」
二人が名前で呼び合い出したのに、周りはすぐさま気づいた。
こぞって「自分も!」と希望されて、柚希はよそよそしい名字呼びから、みんなのことをもう一歩近づいた名前で呼ぶようになっていた。
本当はニコ、古瀬、と他の子たちが呼ぶように呼んでほしいというのが本人たちの要望だったが、突然そうするのは柚希にとってはハードルが高い。
まずは「ちゃん」付けからだ。
でも、それだけでもだいぶ親しくなった感じがする。
「紬希もマミさんって呼びたかったら呼んでいいよ」
うつ向いていた紬希が顔を上げて優芽を見た。
無言のままじっと見つめて、何かを考えているようだ。
ややあって、紬希が首を振った。
「私は今のままでいい」
「そう?」
そんなふうに、二人は他愛ないことを話しながら、職員室へ向かった。
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