第16話 夏休みが終わるまで


「お、お姉ちゃん……なんで……?」


 二人が同じタイミングで私を見上げた。

 不安そうな顔をしている。

 

「丁度夏君の誕生日。そこを期限にしよう?じゃないと──」


 そう、期限を決めないと私は、私達は・・・──


「──もうこのままで良いやって思っちゃいそうだから……今のこの幸せな環境のままで……」


 夏君の記憶を取り戻す為の筈が、そうなっては本末転倒だよ。


 親元を離れて、約束があるとは言え自由なこの環境。

 私達二人がこの環境に慣れてしまえばどうなるか、想像するのは難しくない。


 だって、大好きな人と一緒に居れるんだよ。


 それも実家に居た頃とは違って、その気持ちに制限を掛ける必要はない。


 夏君が出て行きたいって言わない限り、私達はこのぬるま湯に浸かり続けるだろう。


 それじゃ駄目なの。


 ズルズルと過ごして、あの数週間を無かった事にしたくない。


 夏君と過ごした、一途に恋したあの数週間を。


 だから──


「夏休みが終わるまでいっぱい楽しんで、沢山思い出を増やそう!そうして必ず取り戻そう!!」

「冬姉……」

「お姉ちゃん……」


 それで駄目だったら、後はお義父さん達の判断に任せるよ。


 夏君と離れる事だけは絶対しないけど。


「ほら、あんまり暗くならないで!夏君の記憶を取り戻す為に考えた作戦もまだまだあるんだから!」

「そう……だね!」

「……お手柔らかに頼むよ」


 こうして私達の夏休み、ラスト13日が始まった!





 冬姉と美亜、二人と過ごす時間はあっという間に過ぎ去り、一週間が終わろうとしていた。


 今日は8月25日。

 時刻は午後21時。


 現在の俺達が何をしているかというと……


「全然作戦が上手くいかなくてマジでヤバい!!」

『うぅ~……』


 全員がいつもの小さなテーブルを囲い、うなだれている。


 冬姉と美亜は俺の為に色々試してくれたんだけどな……

 例を挙げると──


【玉ねぎ大好きな夏君の為に弾丸淡路島旅行!!】

【ドキドキ!お家で水着大会~ポロリもあるよ♡~】

【大倉夏焼突撃インタビュー:隠された記憶の奥を暴いてみよう】

【冬美と美亜、姉妹でユリユリ!この刺激で脳を活性化してみた!】


 などなど……

 詳細は語らないぞ。まぁ機会があればこの内のどれかは考えておこう。


 正直な所、大半は「本気か……?」と正気を疑ったが、二人は全力で作戦を実行してくれた。


 実際、効果が無かった訳じゃないんだけどな。


 作戦には俺が忘れたらしい、二人との思い出の物だったり会話だったりを入れてくれてたし。

 ただ……思い出そうとすると、例のあの痛みが走るせいで邪魔されてしまう。


「お兄ちゃん……やっぱりダメそう……?」


 美亜がテーブルに突っ伏したまま俺を横目で見ている。

 

「……あ、あぁ……」


 思わず目を逸らしてしまう。


 お風呂上がりの美亜は、ポニーテールを下ろして大人っぽく見える。


 少し、ドキッとしてしまう。


 美亜と俺って、そ……その、した……んだよな。


 それを聞いてからというもの、少し美亜と目を合わせづらい。


「そ、そっか。ごめん……役に立てなくて……」


 たぶん美亜もその事に気付いているんだろう。

 

 作戦が上手くいかない事も合わさって、俺達はなんだかギクシャクし始めていた。

 

『……』


 冬姉がそんな俺達を見かねてか、声を明るくして立ち上がった。


「ほら二人とも!まだまだ時間はあるんだから、ぐったりしてる暇は無いよ!」

「……そうは言うけどなぁ……」


 これ、無理ゲーじゃないか?


 俺は半ばそう思い始めていた。

 

 意地でも思い出してやるつもりではあるが、あと一週間足らずでは出来る気がしない。


 そもそもこの夏休みまでって期限がきつい。


 冬姉の言ってる事は理解出来るけど、実現出来るかはまた別だ。

 ただまぁ冬姉がやると、必ず取り戻すと言ったんだ。

 やると言えばやる女なのは知ってるからな、信じてはいる。


 俺がテーブルに肘をついていると、冬姉は意を決した顔で俺達を見た。


「……夏君、美亜。私は出来る事は全部やる。だから今日はこれ・・を試そう」

「これは……!?」


 冬姉は至って真剣な表情で答えた。


「私は大学生になったの……つまりこれが買える!!」

『!!』


 俺と美亜は、冬姉がテーブルの下から出した袋の中身を見てユニゾンをかました。

 

『お酒じゃん!?』

「アルコールに頼って出来ない事はないんだよ!!」

『俺 (あたし)達まだ未成年!!』


 いや冬姉も未成年だよな!?

 これが買える、じゃねぇよ!


 この女……口角を上げて暗く笑っていやがる!!


「……お酒がもたらす酩酊感は、人の隠れた一面を晒け出すんだよ。フフフ……つまり夏君の中に眠る記憶も……!!」

『無駄に説得力がある!!?』


 冬姉の勢いに騙されている感は否めないが、試す価値はありそうに思えてきた!


 俺と美亜は顔を見合わせて喉を鳴らした。


「……ちゃ、チャレンジしてみるか……?」

「……う、うん……アリだと思う……」


 俺達は頷き合い、冬姉を見上げた。


「決まりだね!!じゃあおつまみ作るからちょっと待ってて!」

「あぁ……ありがとう」


 冬姉が興奮気味にキッチンへと向かう。

 すると美亜が「ねね、お兄ちゃん」と声を掛けてきた。


「ただお兄ちゃんがお酒を飲むだけじゃつまんないし、ゲームでもしようよ!」

「あー罰ゲームで飲むってやつか?」

「そうそう!あたし、漫画とかで読んでやってみたかったやつがあるの!」

「……嫌な予感しかしねぇ」


 そして、俺の予感は的中することとなる──





「インディアンポーカー?」


 美亜が提案したのは、なにやらトランプを用いるゲームらしい。


 おつまみのだし巻きや枝豆やらを手に乗せた冬姉が、テーブルに料理を並べながら相槌をうった。


「あ、私それ知ってるよ~」

「さすが大学生だね。ルールは簡単だよ──」


 美亜のルール説明によると、一人ずつカードを自分には見えない様におでこ辺りで掲げる。


 自分から見えるのは相手が持っているカードだけ。

 その状況で相手よりも強いカードで勝負出来るかどうかってのがこのゲームのキモらしい。


 カードの交換は一回だけで、相談タイムというか推理タイムは5分程設けるみたいだ。

 この交換をするかどうかも、相手との読み合いなんだとよ。


「──ま、やってみれば分かるか」

「そうだね。美亜、カード配って貰える?」

「はいよー!!」


 美亜がトランプをシャッフルし、俺達の目の前にカードを1枚ずつ滑らせた。


 俺達はそれを見ないよう、お互いのおでこに掲げ見せ合った。


『デュエル!!』

「え、そういうゲームなのか!?」


 絶対違うだろ!


 ……それにしても、冬姉と美亜のカードがやべぇ。


 まさか二人とも初手でAを引くとは。

 恐るべき引きの良さだな。


 ちなみに、カードの序列は2が最弱でAが最強、同点で負けた場合は二人とも負けというルールにした。ジョーカーはなし。


 全員がお互いのカードを確認し終わった所で、美亜がスマホでタイマーを掛けた。


「推理タイムは5分間ね!それじゃまずはあたしが仕掛けるよ──」


 美亜は冬姉にピシッと人差し指を向けた。


「──お姉ちゃん!そのカードは激弱だよ!交換した方がいい!!」


 ほう……


 こうやって嘘をついて相手に交換を促すのもアリなのか。


 しかしこんなブラフ、あの冬姉に通じるとは思えない──


「ふ~んそうなのねぇ。あ、ちなみに美亜は夏君よりは強いから残しておいた方がいいかもねぇ」

『!』


 俺と美亜がお互いのカードを睨み合った。


 ふ、冬姉め……!

 これで美亜は交換をしないだろう。


 この情報、美亜視点では嘘でも真実でもどちらでも、俺が二人に負けているのはほぼ確実だ。

 俺が取るべき行動は冬姉と美亜、どちらか一人でも交換に持っていく事だったのに!!


 くそっこうなったら……!


「おいおい美亜、あの冬姉の言う事を信じられるのか?妖怪みたいに心を読む人だぞ?」

「た、確かに!!」


 俺は義妹いもうとを嵌める事にした。


「ここは俺達手を取り合ってあの妖怪を倒すべきだ!!」

「う、うん!お兄ちゃん!!」


 なんてチョロいんだ義妹よ……


 そうして──


「よし、推理タイムはここまで!!せーのーでで交換するか決めるよ、せーのーで!!」


「交換!!!──え?俺一人?」


 美亜と冬姉はカードを掲げたままニヤリと笑っていた。


 なんだと……!?


 冬姉はともかく、美亜が俺を裏切るなんて!?


「お兄ちゃん、残念だったね……!」

「お、お前……なんで……!?」

「フフフ……さぁ早く交換しちゃってよ、お兄ちゃん」

「く、くそ……!!」


 こうなったら俺もAを引くしかねぇ!!

 ギャンブラーの血が騒ぐ!!


「俺のターン、ドロー!!!」

『いやそういうゲームじゃないからね?』


 結果……


「負けた……しかも交換してもする前も3かよ……」

「はーい、夏君罰ゲームだよ♡」


 冬姉はかなり小さめ──人差し指くらいの大きさのグラスを持って来た。


「え、あ、あの冬姉……?さっきのお酒って何かで割るようじゃないの?これじゃ原液しか入らない……」

「そうだよ?テキーラショット!逝っちゃいましょう!!」

「嘘だろう!?」


 正気かこの人!?


「へー夏君ってゲームで負けたのに、男見せれない情けない人だったんだぁ」


 このアマァ……

 

 よし良いだろう、やったろうじゃん!!


 ~大倉夏焼からの注意~

 良い子の未成年はそもそもお酒は飲んだらダメです。成人しても煽ったり受けたりするのも止めましょう。


「お、お兄ちゃん……あんまり無理しないでね?」

「み、美亜……」


 本気で心配した様子の美亜。

 だからドキッとさせるのはやめてくれ……


「も、もう飲むからなっ!!」

「おー!逝っちゃえ逝っちゃえ!!」


 あれ、冬姉は俺の事嫌いなのかな?

 ……え、待って正直めちゃめちゃショック。


 飲まなきゃやってらんねーよー!!


 ──ごくんっ。


「……うっ……」

「あ、ほら夏君、レモン噛みなよ」

「……結構変わるもんだな」

「でしょ?」


 人生で初めてお酒を飲んだが、何が美味しいのこれ?

 カットレモンを囓り、口の中をリセットしているが、胸の奥に何か得体の知れない何かがどよめいている感覚だ……


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「あ、あぁ……特にこれと言って……」

「へ、へぇお兄ちゃんお酒強いんだね」

「親父は強いみたいだけどな……」


 酒の瓶にはアルコール度数が40%との表記があるが……

 いくら度数が強いとは言え、飲んだ量がたった一口じゃ酔わないもんだな。


 これならあと何度かはゲームを続けられるだろう。


 負けっぱなしじゃ悔しいからな。


「よし……第2ラウンドだ!今度こそ二人に飲ませてやる!!」


 俺がそう宣言したと同時に、二人がニヤリと口角を上げた。


『フフフ……』

「怖いよ!?」


 美亜が先ほどのカードを再び混ぜ始め、また俺達の前に一枚ずつ配った。


 一斉にカードを掲げ合う。


 えぇと……?

 美亜がAで、冬姉もA──


「なんでだよ!?」

「ちょっと夏君~ゲーム始めてから文句を言うの?」

「ぐっ……」

「さ、お兄ちゃん、また推理タイムだよ」

「み、美亜お前まで……!?」


 お前さっき俺の事心配してくれてたよなぁ!?

 なに、あれはもう一度俺が勝負を仕掛られるかの心配だったの!?


 その美亜がまたスマホのタイマーをセットした。


「それじゃ推理タイムスタートするね!スタート!」


 俺は先手を取る為、立ち上がって今度は冬姉に仕掛け──


『交換しません!!』

「あれ、推理要素は!?」


 二人が声を揃えて笑い合った。


 その時だった。


「……ととっ……」


 まるで遅効性の毒のように、さっきのアルコールが俺の体を回り始めたのだ。


「だ、大丈夫?」

「……大丈夫らって。良いねこれ、おもろいじゃん」


 何だろう、体がポカポカして楽しくなってきた。


 どうせ俺の負けは確定なんだ。

 さっさと酒を飲んでしまうか!


「大倉夏焼、頂戴致します!!」

「ちょ、お兄ちゃん!?」

「夏君、大丈夫なの!?そんなペースで飲まなくても──」


 俺は再びショットグラスとやらにテキーラを注ぎ口に含んだ。


「……まずい」

「もーほらぁレモンレモン」

「……ありがとう」


 ……まだ2杯目だというのに目蓋が重くなってきた。


 あーやべぇこれ、立ってられないかも。


「な、夏君!?」


 俺はレモンを手渡してくれた冬姉の方へと体重を預けた。


「ちょ、こらぁ……顔、近いってばぁ……きゃっ!」


 気が付くと、俺は冬姉を押し倒すような形で見つめ合っていた。


「……な、夏君……?」

「……」


 目が若干ぼやけている。

 だが冬姉の赤らんだ顔ははっきりと分かる。


 ……やっぱ可愛いな冬姉って。


 無意識に冬姉の金色の髪に手が伸びる。


「……ね、駄目だって……接触禁止なんだから……!」

「……」


 何も言葉が出て来ない。

 完全に見惚れてるんだ。


 もっと顔をよく見たい。


 段々と顔が近付いていく。


 冬姉は僅かだが抵抗をしようと俺の両肩を押している。


「……夏君……待って、これ以上は……私、我慢出来な──」


 冬姉が目を閉じて力を抜き始めた瞬間、背中に柔らかい感触が生まれた。


「──ヤダ」


 俺はその声に振り返る。


 軽い体重、だけど強く俺の体を抱き締めるその両腕は、驚く程に重たかった。


「あたしの事も見てよ。義妹じゃなく、一人の女の子として。お姉ちゃんに、とられたく、ないの──」


 その言葉に、また頭が痛くなる。


「お兄ちゃん……キスがしたいならあたしがしてあげる」


 振り返った俺の顔に、美亜の顔が近付いて来る。

 

「ダメェ!!!」


 俺と美亜を引き裂くように、冬姉が俺の体を引っ張った。


「ぐへぇっ!」

「ご、ごめん夏君!」


 冬姉に後ろから抱き締められる形で、美亜から強制的に距離を取らされた。


 冬姉のドキドキと弾む心臓の鼓動を感じる。


 さっきからズキズキと頭が痛む。


 ……似たような事があった気がする。うっすらとイメージが流れ込む。

 

 ──実家の部屋……それに……花火……


 話に聞いていたのはこれか……?

 凄く大切な何か……それが今この瞬間に蘇って来ようとした時だった。


 ──バタン。


「み、美亜!?」

「お、おい大丈夫か!?」


 美亜がいきなり後頭部から床に寝転んだものだから、慌てて傍に駆け寄った。


「美亜!うそ、寝てる……?」

「あ、こいつ!」


 テーブルを見ると、俺が2杯しか飲んでなかった筈の瓶は半分近くにまで減っていた。


「ちょ、冬姉これ急性アルコールは大丈夫か!?」

「ど、どうだろう……!」


 俺達の心配を他所に、眠ったと思っていた美亜が腕を持ち上げた。


「……わぁ~お兄ちゃんがいっぱいいる~!幸せぇ~!!」

「おい、俺は一人だ。しっかりしろ!」


 俺が美亜の顔をぺちぺちと叩くと、その手を美亜が握って来た。


「わわ……やっぱりお兄ちゃんのおっきぃ……けだものぉ~……」

「美亜さん!?もういい寝てくれ!!」

「美亜……」


 冬姉も顔を手で覆っているじゃないか。

 とりあえず大丈夫そうだし、ポリ袋を用意して美亜は寝かせようか……


「冬姉、美亜を運ぶからベッド空けてくれるか?」

「大丈夫なの?夏君も酔ってるでしょ?」

「今ので抜けちゃったよ。それより早く」

「わかった」


 俺は美亜の体を引きずってベッドまで運んだ。

 ……お姫様抱っこはさすがに体がふらついたんだよ。


 普段冬姉と美亜は狭いながらも同じベッドで寝ているし、今日は冬姉に雑魚寝して貰うか。


「……夏君ありがと。酔いは大丈夫?」


 美亜をベッドに寝かせ、俺もその隣に座っていると、冬姉も俺の隣にやってきた。


 美亜を運んでいる間に、テーブルの料理とかを片付けてくれていたみたいだ。


「大丈夫。にしても二人ともAばっか引きすぎだぞ?」

「あーあれねぇ、美亜って引き籠ってる間一人で遊んでる内にあーいう技術を身に付けたんだって。交換しなかったのは──私達の後ろに鏡置いてあったの気付かなかった?」

「ひ、卑怯な!?」

「ふっふっふ。勝負は戦う前から始まっているのだよ!」

「ぐ……!」


 俺が拳を握っていると、冬姉が俺の顔を覗き込んだ。


「……ね、記憶戻らなさそう……?」


 冬姉は少し悲しそうな顔をしたが、心配は要らないと伝えた。


「……さっきさ、少し思い出したんだ。実家の部屋でのイメージと、花火を見に行った時の事。本当にぼんやりとだけど」

「! 本当……!?」

「あぁ。あと何かもう一押しって感じなんだけどな……」

「もう一押し……」


 俺のその言葉に反応を示した冬姉は、どういう思考回路を辿ったのか、おもむろにダサいTシャツを脱ごうとしだした。


「ふ、冬姉!?」

「……美亜としたんだから、これが最後の一押しになるかもでしょ……?」

「い……いや……でも!」

「ん、しょっと。最初に接触禁止を破ったのは夏君なんだから」


 冬姉はTシャツを脱ぎ、その豊満で白い胸を俺に押し付けた。


「夏君……触って。それで思い出せるなら、構わないから」


 俺は冬姉の体を抱き締めるかのように、手を回した──

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