第15話 ラッキースケベは最高だぜ!!


『夏君(お兄ちゃん)、お帰り!!』


 8月18日の午前10時半。


 以前冬姉達が暮らしていたアパートの玄関、そこで俺は二人の美少女に出迎えられていた。


 ──胸元の大きく開いたメイド姿の二人に。


「……た、ただいま……?」


 何が起こっているのか頭の整理が追い付かない。

 数秒固まっている俺を見て、二人がひそひそと話しだした。


(ちょっと美亜!夏君固まってるじゃん!)

(お、おっかしいな……お兄ちゃんコスプレ好きな筈なんだけど……)

(デートの時にしてたって言ったから、思い出すきっかけになればと思ったけど……)

(これは外しちゃったかも……)

(うぅ……恥ずかしい思いのし損だよぉ……)


 ……なんなんだ……これも記憶を取り戻す為の作戦なのか……?


 一昨日、昨日と、病室でこの夏休みに起こった出来事を聞いたけど……

 コスプレ……確か美亜がデートの時にしてくれてたって言ったっけ──


 ──ズキンッ


「ぐっ……!」

「な、夏君!?」

「お兄ちゃん大丈夫!?」


 前にもあった痛みだ……何かを思いだそうとすると来る例の痛み……


「……なんだ……?何かを思い出しそうだ……」

『!!』

「……これは──」

「お兄ちゃんデートした事思い出せそう!?」


 俺の頭の中に唐突に蘇る記憶。

 そうだ、思い出した。


鏖○公サンダ○フォン!!!」

『そっちを思い出しちゃった!?』


 そうそう、俺は何かでっかい剣を担いでた気がする!

 

「ちょっと美亜のせいで変なの思い出しちゃったよ!?」

「へ、変じゃないもん!あれ超カッコいいもん!」

「もー!夏君もガッツポーズしてないで早く中に入りなさい!」


 ……せっかく思い出した事を喜んでたのに。


 俺は冬姉に手を引かれ、部屋の中に向かった。

 

 廊下を歩いてる最中、どこか見覚えのようなものを感じる……


 一応この夏休みに何があったのか、一通りは二人から聞いた。


 そうだな。

 この夏休みの俺にタイトルを付けるなら、義理の妹で童貞を卒業した事が親バレしたので、緊急家族会議の結果……義理の姉の家に追い出されました。って所か?


 深夜テンションで付けたみたいなタイトルだな……


 まぁそれはさておき、一つ言っておきたいことがある。

 ──何やらかしてんの過去の俺!?


 い、いや血の繋がらない相手とは言え、美亜は妹だぞ!?

 それに冬姉ともキスをしたって……!!


 ぐあーー!なんで憶えてないんだちくしょーー!!


 超美人でスタイル抜群の冬姉とキスして、更にその血を継ぐ美亜とセック──


 考えただけでも鼻血ブーってやつだぜ……


 ……これは本当に意地でも思い出さなきゃならん!!


 ただ……少し気になることがある。


 俺に色々教えてくれている間、冬姉と美亜は淡々と語るだけで、その胸の内の気持ちを教えてくれなかった。


 ……まるで、それ・・を言ってはいけないと、戒めているみたいに。


 ──俺は知りたい。


 二人が俺をどう思ってくれていたのか。

 こんな事があったんだ、聞くまでもないのかも知れない。

 

 だけど、二人にそれを言って貰うのが俺のやるべき事なんだ。


 ……なんとなく、既に聞いていた気もする。

 俺にはやらなくちゃいけない事があったと、心が言ってるんだ。


 その為の覚悟も決まっていたような気がする。


 ずっと俺を想い続けてくれているであろう二人の為の覚悟が──





 リビングへ着くと、ポケットのスマホに通知が入ったのに気が付いた。


 誰だろう?

 通知の名前だけ確認して後で返事をするか。


 ポケットからスマホを取り出すと、緒方という名前が目に入った。


 ──またまたお前かっ!


 ん……?またまた……?


 こんな事が前にもあったよう……な……?


 記憶の扉が少しだけ向こう側を覗かせようとした時だった。


 冬姉と美亜がメイド服を脱ごうと肩紐を外し──


「ま、待て待て!?俺、廊下に戻るからちょい待て!?」


 俺が慌てて廊下のドアを開けようとすると、美亜が先に回り込んでいた。


「させないよお兄ちゃん!!」

「な、なんだとおぅ!?」


 更に背後に気配を感じる……!


「夏君……私達、接触禁止令が出てるからね……せめてこうやってドキドキして、少しでも思い出す切っ掛けにして欲しいの……!」

「ふ、冬姉までっ!」


 俺が二人に挟まれる形で前方に居る美亜の方に視線を合わせていると、後ろからバサッと、何かが落ちる音が聞こえた。


「さ、夏君こっち見て……」


 思わず唾を飲み込んでしまった。


 さっきまでメイド服を着ていた冬姉の下着姿がすぐ後ろにあるのか……!?

 男ならば……据え膳食わぬは……いや……!!


「……ほら、夏君……」


 そうだ、これが記憶を取り戻すきっかけになるかも知れん!!

 さっきも少し思い出せたんだ、二人のえっちな姿は結構効く筈だ!


 そうこれは必要な事、医療行為。

 ならば俺は!!!


「は~い残念、いつもの冬姉でしたぁ~」

「……へ?」


 興奮したまま後ろを思い切り振り返った俺の視界には、実家に居た頃の胸元の弛んだダサT冬姉が居た。


「がっかりした?夏君♡」

「……かなりな」

「じゃあ後ろを見てごらん」

「え?」


 言われるがまま、美亜の方を見ると──


「あ、あれお姉ちゃんなんで服着てるの!?」

「み、美亜!?お前は何で下着姿なんだ!?」


 黒い上下セットの下着姿の美亜が顔を真っ赤にしている。

 それにしても、美亜はフロントホック派なのか。童貞でもすぐ脱がせられそうだな。


「一緒の脱ごうって約束したのに!お姉ちゃん騙したなー!!」

「ちょ、おい美亜そんな姿で走るな!!」

「キャー夏君助けて~~!!」


 無理矢理にでも冬姉の服を脱がせて、自分と同じ姿にしようと追い掛ける美亜。


 そして逃げる冬姉。


 ぐるぐると、俺を中心にしてな。


「あ」

「え?美亜──」

「夏君!危ない!」


 僅かな距離をぐるぐるしたものだから、足をほつれさせた美亜が、俺に覆い被さって来る。


 バランスを崩した俺達を、冬姉が下敷きになって守ろうとしてくれたのだが……


 ──ぽにょん。


「……んぁっ」

「おぉ?痛くない」

 

 柔らかい何かが俺の後頭部の衝撃を受け流した。


「わわ、お兄ちゃん助け──」

「ぶへぇ!」

「……夏君っ激しっ……!」


 後から落ちてきた美亜が俺の顔面目掛けて突っ込んで来る。


『……』


 上から美亜、俺、冬姉の順番で重なったまま、しばらく全員が固まった。


 後頭部には変わらず柔らかい感触、そして顔面にもこれまたふにゅんとした感触。


 しかも美亜はフロントホックが外れ、ほぼ裸だ。や、柔らけぇ……!


(これが噂に聞くおっぱいサンドイッチなのか!?)


「お兄ちゃんっ……ふがふがしないで……!!」

「夏君……動いちゃ……ぁっ……!」


 ラッキースケベは最高だぜ!!

 今この瞬間だけは思う。


 記憶を失って良かった!!!


 それにしても冬姉は見た目通りの破壊力だが、美亜の未来を感じさせる蕾もなかなか……!


 じっくり天国を堪能した俺はあることに気付く。


 ……ん、なんか苦しい。


「……あれ、お姉ちゃん!お兄ちゃん動かなくなったよ!?」

「……あ、待って……もうちょっとだけこのまま……」

「だ、ダメだって!あたしもうどくからさ!」

「やーだーー!!」


(んぐっ!?)


 美亜が俺から離れようとした瞬間、冬姉が美亜ごと俺を抱き締めた。

 おかげで完全に空気を取り込めなくなった俺は当然──


「お姉ちゃん!お兄ちゃんが白目向いてるよ!?」

「う、うそ!?ごめん夏君!!」

「お兄ちゃんー!!何か、何か喋って!!」


 うっすらとゆさゆさ俺の体を揺さぶる美亜が見える……


 せっかく気持ち良かったのに……

 

 何か喋って欲しいって何だよ……俺はもうこのまま眠りたい……


「お兄ちゃん!!返事してーー!!」

「夏君ーー!このまま死んじゃって良いの!?」


 このまま死ぬ……?


 あの柔らかい感触に包まれてか……?

 

 フッ、そんなの決まってるだろ?


「……本望……!!!」

『ダメーーーー!!!』





 ちょっと色々あったけど、夏君は無事にすぐ目を覚ましてくれた。


 ……接触禁止令をさっそく破ってしまってごめんねお義父さん。

 でもさっきのは事故なの。決して楽しんでなんかないからね。


 そうそう、美亜がコスプレ作戦とか言って、メイド服を河原町のド○キで買って来た訳だけど……


 正直、かなり可能性を感じた。


 実際夏君はかなり断片的とは言え、美亜との正しい思い出を取り戻している。


 こうやって夏君との思い出を再現するのは、やっぱりかなり有りかも知れない。


 でもね最後の一押し、夏君へのこの溢れる想いを、私と美亜は伝える事が出来るか分からない。


 怖いの……私達がそれを伝えたせいで、また夏君の心に負担を掛けちゃう気がして。


 いくら鈍感気味な夏君でも、この数週間の事を話したし、私達の気持ちには気付いてると思うよ?

 だけど、それを曖昧なままにしておくのと、確定させちゃうのとでは全然違う。


 夏君は母親との事は、記憶を失った事とは関係ないと言ってくれた。

 自分の命が助かった代償だって、ね。

 

 ──なら払った代償を返して貰う。


 夏君が望む全てを私は捧げる。

 きっと美亜だって同じ事を言うよ。


 いっぱいお願い・・・を聞いてくれた夏君の為ならね。

 

 さて、色々気持ちに整理をつけた所で、現在私達は普段の服装に戻り、小さなテーブルを囲うように座ってる。


 普段の服装──美亜はオーバーサイズのグレーのパーカーを着て、私より細い綺麗な足を大胆に晒している。


 夏君はね~なんと私のTシャツを着せてるの!

 リアルめなニャンコのプリントがチャームポイントだよ!

 

 これも私達が立てた作戦の一つ。

 こういう些細な部屋着とかで記憶を取り戻すかも知れないからね!


 そしてこれも夏君の記憶を取り戻すのに必要なものだと思うの──


「さてと……それじゃあこれから共同生活を送る上で、三人だけのルールを作ってあるから、まずはこれを読んで」

「わ、分かった」

「うん!」


 夏君がうちを訪れた日に渡したプリント、そのリニューアルバージョン!


 私が手渡したプリントに、二人は目を通し始めた。


「えーなになに……?"1つ、炊事洗濯等家事は全部冬姉と美亜に任せる事"」


 美亜が続きを読んだ。


「1つ目は了解だよ!あたしも得意だからね!それで……?"2つ、その代わりにお兄ちゃんはあたし達のお願いを全て聞く事"……超いいじゃんこれ!!」

「でっしょー!」

「良い事あるか!?お願いの内容が分からないんじゃ──」

「ちょっと、まだ続きがあるでしょ!」

「あ、本当だね。"3つ、この共同生活で起こった出来事は誰にも言わない事"……まぁ他人に言える事じゃないしね」


 美亜はうんうんと頷いて、どうやら納得してくれたみたい。

 

 夏君も若干唇を尖らせてるけど、渋々といった様子で納得してくれた。


 まぁ3つ目って、お義父さん達が認めてくれた今となっては、あまり意味をなさないルールだけど。


 以前と同じ事を繰り返す為に入れただけなんだよね。


 ──だから、続いて裏ルールを読んで貰うか。


「二人とも、納得してくれてありがとう!それじゃ紙を裏返してみて~?」

『裏?』


 夏君と美亜が同時にプリントを裏返し、声を揃えて4つ目のルールを読んでくれた。


『"4つ、この共同生活は8月31日を期限とする"……え???』


 二人が同じタイミングで私を見上げた。


「夏君が記憶を取り戻しても、戻せなくても、この生活は夏休みまでにしよう」

 

 私は夏君と美亜に微笑み掛けた。

 自分にも理由が分からない、一筋の涙を流して──

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