第14話 冬美のお見舞い
【冬美のお見舞い】
「あ、冬姉……」
私が病室に入ると、暗い顔をした夏君がこちらを見た。
……私は何とか込み上げてくる涙を抑え込んで話し掛けた。
「……初めて会った時と逆みたいだね」
「そうだな。あの時の冬姉は凄く変な先輩だったよ」
「夏君は今も変わらず意地悪だよね」
「……変わってるんだろ。冬姉達から見たらさ」
夏君はかなり思い詰めた様子で、私も見ているだけで辛くなる。
私は夏君の隣の椅子に座る。
「夏君、さっきの聞こえてたでしょう?」
「あぁ……俺達、この夏休みに二人と何があったんだよ……」
「色々だよ……それを教えてもいいけどさ、出来れば思い出して欲しくなっちゃった」
「……俺だって、美亜や冬姉にあんな顔されるなら思い出したいけどさ……」
夏君はそう言って頭を片手で押さえた。
「何か……何かを思い出そうとすると頭が痛むんだ……」
「……」
私は夏君の手に自分の手を重ねた。
聞くべきではないと分かってるけど、聞かなくちゃならない事があるから。
「ねぇ夏君。前のお母さんとの事聞いてもいい?」
「え、お袋の……?いいけど、なんで?」
「……もしかしたら、それが記憶を失ったきっかけかも知れないから。私達との事と繋がってるのかは分からないだろうけどさ……」
「そ、そうなのか?んー……さて、どう言ったものか……」
夏君は腕を組んで「むむむ……」と悩んだ後、少し声色を明るくした。
「──ド畜生だったぞ!」
「え、ごめん夏君がじゃなくて?」
「なんで俺がそんな扱い受けるんだよ!?」
……それは記憶を取り戻したら分かるよ。
それにしてもド畜生なのは血筋なのかな?
「冬姉……何か失礼な事考えてるだろ」
「ん!?い、いやそんな事ないよ!さ、続けて」
「……うん」
夏君は頷くと天井を見上げた。
ポツリ、ポツリ、と何かを思い出すように話し始めた。
「……あの人はなぁ、本当に超が付く程のクズでさ。酒にタバコにギャンブル、おまけに暴力と、今時珍しい程に腐った親だったよ」
「そ、そうなんだ……」
お義父さん……なんでそんな人と結婚したんだろ……
「ただなぁ、周りが引くくらい美人な人だったよ。息子の俺が見ても手放しで美人だって言えるくらいにな」
「お、お義父さんってもしかしてメンクイだったの……!?」
思わず失礼な事を言ってしまう。
うちのお母さんもかなり綺麗な人だし……
「いやそれは知らんけど。でもお袋の方が親父にゾッコンだったぞ?親父が大好き過ぎて、似た顔の俺に手を出してきたくらいだし」
「て、手を出すっていうのは──」
「あぁ、普通にキスしてきたり」
「軽く言い過ぎだよ!?」
ちょ、待ってよ!
何でそんな平然と答えてるの!?
夏君、初めて会った時凄く病んでたよね!?
「ほんとだってば。あーそうそうそれを拒んだらよく殴られてたよハッハッハ」
「笑い事じゃないよ!?」
夏君はそのまま私に変わらぬ笑顔を向けてくる。
「──笑い事なんだよ。親父が心配しすぎなだけで、今の俺はそんなの気にもしてないからさ」
「だ、だけど、夏君初めて会った時凄く昔の事を引きずって……」
「今は昔の事にしてくれた人が目の前に居るからな」
「!」
あ、ヤバイ。
今私絶対顔赤い……
「冬姉のおかげだよ。冬姉の事をす──いや、あの半年があったから、俺の過去の傷は塞がったんだ」
「でも、私……何もしてない……」
「してくれたさ。感謝してる。だから元気出してくれよ」
その優しい言葉に、嬉しさを感じると同時に虚しさを覚えてしまう。
「元気なんか……出せないよ。私のせいで夏君がこうなっちゃったんだから」
「美亜も自分のせいだって言ってたな。なぁ一つだけ言っていいか?」
「え……?う、うん」
夏君は笑顔をすっ、と消した。
そして私の顔を、ほんの少しだけ強めに両手でペチっと挟んだ。
「俺がこうなったのは俺のせいだ!!」
「にゃふぅっ!?」
「美亜にも同じ事してやるからな。後で呼んでくれよ」
「ふぁ、ふぁい……!」
私は頬っぺたを挟まれたまま、こくこくと頷いた。
「うむ、よろしい」
夏君はそう言った後、私の頬っぺたを解放してくれた。
「あのさ、冬姉」
夏君の手の温もりを塗り込むように、頬を揉んで返事をした。
「にゃ、にゃに……」
「俺、記憶を取り戻したい。お袋との事はきっと関係無いよ。俺がこうなったのは失ってしまった記憶が何よりも大事だったから……命が助かった代償なんだよ」
夏君は「だから──」と私に続けた。
「手伝って欲しい。二人が居れば取り戻せる気がするんだ」
「夏君……」
記憶を失っても、どこか最近の夏君と同じ雰囲気を感じる。
夏休みが始まる前の夏君には無かった、何と言うか選択肢を決めた後……みたいな心の強さがある。
──だから、これは最後の確認。
「また夏君の心に負担を掛ける事になるよ?夏君は本当に忘れたいって思ってたかも知れないんだよ?」
「かまうもんか。冬姉と美亜に暗い顔をさせるくらいなら意地でも思い出してやる」
即答してくれた夏君は、ベッドから降りた。
そして私の顔の前に手を差し出した。
「美亜もどうせそこに居るんだろ?一緒に聞かせてくれよ。二人との夏休みを」
──涙はもう見せなかった。
私は笑顔で温かい手を取った。
「美亜、いっぱい泣いてぐちゃぐちゃだからお手洗いに行ってからね」
「?
「……それ、美亜の前で言ったら怒るからね」
「……ひぃ!?」
女心を分かってないのは相変わらずだね。
美亜はその
さてと、それじゃその美亜に声を掛けるとしますか。
「それじゃ夏君、ちょっと待っててね」
「は、はい」
残った面会時間は30分程。
私は美亜に声を掛け準備が整った後、この夏休みの事を三人で話し合った。
そして出た結論を伝える為に、お義父さんとお母さんがいる実家へ戻った。
※
「お義父さん!お母さん!お話があります!!」
『今度は姉か……』
「……?」
何の事か分からず、美亜の方を見ると目を逸らされた。
……な、なんなの……?
出鼻を挫かれちゃった。
ま、まぁ勢いが少し弱くなってしまったけど……話を進めてもいいよね……?
「私、夏君との共同生活をまだ続けたいのっ!!」
お義父さんとお母さんは、仲良くソファに並んで同じ顔を作った。
──それは優しい笑顔だった。
「……夏焼とはちゃんと話せたようだね」
「うん。私達はやっぱり夏君の記憶を取り戻す事に決めた。その為には一緒に暮らした方が良いからさ」
「そうか……なら冬美ちゃん。君には聞いておかないといけないことがある」
「……なに?」
お義父さんは頬を掻いて、私を見上げる。
「君も夏焼に好意を抱いているという事で良いんだね?」
私は何一つ迷う事なく即答した。
「はい。私は夏君を愛してる」
私の答えにお義父さんとお母さんが少しだけ困ったように笑う。
「夏焼君、モテモテね~克彦さん」
「……やれやれ。全く……あいつはどんな魔法を使ったのか……」
「ふふっ。恋の魔法でしょ?」
お母さんがそう言って微笑んだ後、お義父さんは「こほん」と咳払いをした。
そしてちらっと美亜の方を見てから、私に鋭い眼差しを向けた。
「美亜ちゃんにだけだと不公平だからね──」
次の瞬間、お義父さんは見たことがないような怖い顔をした。
思わず息を呑んでしまう。
……美亜ってば、
「──覚悟は出来てるかい?夏焼が君達どちらかを選んで片方と疎遠になり、家族がバラバラになる可能性は大いにあるんだ。可能性の一つだが、縁を切る事だってあるよ?」
思わず冷や汗が流れる。
だけどここで逃げる訳にはいかない。
ずっと夏君の為に頑張ってきた美亜の為にも。
そして私を守ってくれた夏君の為にも。
「覚悟は出来てるよ。私はこの命を夏君の為に使うって決めてるから」
お義父さんは目蓋を閉じて、ニヤっと笑った。
「──良く言った。それでこそ
……あーこれずるいや……今すっごい泣きそう。
やっぱり夏君のお父さんだよ。
……違うね、
私が少し固まっていると、横からお母さんが口を挟む。
「あら、美亜と違って冬美は泣かなかったね」
「も、もうお母さん!」
美亜が顔を赤くして文句を言ってる。
泣かなかった。うん、私は泣かなかったよ。
──お義父さんが頭を撫でてくれるまでは。
「冬美ちゃん、夏焼を頼む。本気で好きなら、もう止めはしない。美亜ちゃんもね」
「……あ……ありがとっ…お義父さんっ……!」
「うんっ!ありがとお義父さん!」
美亜が明るくそう返事をした後、お母さんが短くため息をついた。
「克彦さんは本当娘に甘いんだから」
「その代わり息子には厳しくしてる。バランスは取れてるだろう?」
「あらあら、なら夏焼君は私が甘やかしましょうかね」
『お母さんは余計な事しないで!!!』
私と美亜の声が重なった。
「えぇ……!?な、なに二人ともいきなり!」
当然でしょ。
夏君はまだ母親っていうものにしこりがあるのは間違いないんだから。
自分では過去の事だって言っててもさ。
それに……
「ね、ねぇお姉ちゃん……お兄ちゃんならお母さんもストライクゾーンなんじゃ……」
こそっと美亜が耳打ちをしてきた。
涙を拭ってから、私も同じように美亜の耳元に口を近付ける。
「……あり得る。夏君、おっぱい星人だから」
「ふ、二人ともずるいよぉ……あたしにも遺伝させてよ!」
「大丈夫だよ、まだ希望は残ってるって!」
「……お姉ちゃん、キライ」
「えぇ!?」
胸元を押さえながらがっくりと肩を落とした美亜。
な、なんかごめんってば……
そんな私達を見てお義父さんがこれからの事を聞いてきた。
「さてと、それでこれからどうするんだい?」
「夏君、明後日退院だよね?その後は今まで通り普通に暮らそうと思ってさ。ただ──」
私の言葉の続きを美亜が引き継いだ。
「──あたしも一緒に暮らしたい。記憶を取り戻すきっかけになるかもだし」
「……ふむ」
お義父さんは夏君と似た面影を見せながら、顎に手を当て何かを考え始めた。
ほんの数秒そうした後、私達を交互に見る。
「私が美亜ちゃんも冬美ちゃんの家で暮らす事を許可しなかったのには理由があってね……」
「う、うん……」
「聞いてもいい?」
お義父さんはかな~り言いづらそうな顔をしながらも教えてくれた。
「美亜ちゃん……頼むから避妊具はつけてくれないか……?」
「美亜っっっ!?!?」
「ちょ、なんで知って……!?!?」
この子ってば、まさか直接……!?
私は思わず目をひんむいて美亜の肩を掴んだ。
「美亜……まさか妊娠してないよねっ!?」
「い、いや最後まではしてないし……生理も来たよ!!」
「そういう問題じゃない!!最後までしないからって出来ちゃう事もあるんだよ!?」
「だって……初めては……直接お兄ちゃんを感じたくて……」
そ、その気持ちは分かるけど……!!
お義父さんは苦い顔のまま顔の前で手を組んだ。
「……せめて大学を出るまでは出来ちゃったってのは待って欲しいからね……学費も準備しているし」
「は、はい……」
「冬美ちゃんはその辺しっかりしてそうだけど、君も頼むよ……?」
「わ、分かってます」
……いやー今はそう言っとくけど、実際ちゃんと出来るかな~。
初めてはやっぱり……ね。
「しかし美亜ちゃんが居た方が良いのも事実だろう。良し、なら条件を付けよう」
お義父さんはソファから立ち上がった。
「夏焼との接触は禁止だ。……キスもだよ」
『えぇ!?』
「その反応……既に──」
『!!』
私達は頭をブンブンと振って否定した。
……いや、美亜は無理でしょう。
「……あまりあいつに刺激を与えたくない気持ちもあるんだ。分かって欲しい」
「そ、それはそうだね……分かったよお義父さん」
「あたしも……お兄ちゃんと居れるならそれで良い……」
「まぁ記憶を取り戻すきっかけがキスになるかも知れないし、様子を見つつ解除していくつもりではあるけどね」
『!』
そ、それなら良かった。
でも私達だって最初からキスするつもりは無いけどねっ。
本当だよ???
お義父さんは私達二人の肩に手を置いて笑顔を見せてくれた。
「それじゃ冬美ちゃん、美亜ちゃん。夏焼をよろしく頼むよ」
『はいっ!!』
そうしてその日、私は実家で夕飯を食べた後夏君のベッドで横になった。
明日はまた夏君のお見舞いに行って、アパートに帰る。
三人で暮らせる準備をして、夏君の記憶を取り戻す作戦を練らなくっちゃ。
昨日とは違って、もう涙は溢れてこなかったよ。
夏君との未来を考えるので忙しかったからね!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます