第10話 義理の妹で童貞を卒業したあの日から
「今さ、あの日の事思い出してた……美亜、憶えてるか?お前、あの時自分を冬姉だと思えって言ったこと」
「も、もう……そんなに前の事じゃないんだから憶えてるよ……」
「……そうだったな。ほんの2,3週間前の事なんだよな……」
俺の生活環境や、姉妹達との関係性はこの短い期間で急変した。
とても濃い夏休みだよほんと……
あ、言っておくけど今、事後特有のイチャイチャ会話って訳じゃないからな。
美亜の体を抱き締めてはいるけど。
「お兄ちゃん……さっきは嬉しくてキスして塞いじゃったけどさ……あたしの事、どう思ってるかちゃんと聞いても良い……?」
俺は一旦、ベッドの上に落ちているバスタオルを美亜の肩に掛ける。
そして真っ直ぐに美亜の目を見つめて答えた。
「──好きだ」
美亜は一瞬くしゃっと顔を綻ばせた後、下を向いた。
膝の上で握り締めている拳には、ポツリ、ポツリ、と涙が落ちている。
「……嬉しい……!あたし、やっとお兄ちゃんの心の中に居れるようになったんだ……!!」
「……」
……こんなに喜んでくれるとは。
この先を言いづらいな……
「……あ、あのさ……美亜……それで、なんだけどさ……」
俺が続きの言葉を口にしようとしたら、美亜は涙の筋を残したまま、顔を上げた。
「……お姉ちゃんの事も、好きなんでしょ……?」
「……!」
美亜の口元には笑みが浮かんでいた。
「……優柔不断なんだから……」
──それは悲しげな笑みだった。
俺には謝る事しか出来なかった。
「……ごめん。だけど、待ってて欲しい。冬姉との事も、きちんと心の整理をつけて必ず返事をするから」
「ふふっ、それって期待しててもいい返事?」
その意地悪な問い掛けの仕方は、驚く程冬姉に似ていた。
俺は思わず喉を詰まらせてしまう。
「……っ。今は……まだ何とも言えない……でも、美亜が好きなのは本当だ!一人の女の子として、好きだ!」
なんて無様な告白なんだ……
でもこれが今の俺の本心だ。
同時に二人の女の子を好きになってしまった。
まだ答えは出せないけど──
「絶対夏休みが終わるまでに答えを出すから。ヘタレだと思うだろうけどさ……」
「うん。最高にヘタレで酷い告白!」
「……そこまで言いますか。まぁでも俺が悪い……ごめんな……」
美亜は「ううん」と頭を横に振る。
「謝るのはね、あたしの方なんだ。ずっとお兄ちゃんに謝りたかった……」
そのままぺこり、と頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「あの日、無理矢理お兄ちゃんを誘って……お兄ちゃんの中のお姉ちゃんを汚しちゃった。沢山お兄ちゃんを困らせて本当にごめんなさい……」
俺はそんな美亜を見て、こつんと額をこついた。
「美亜が謝る事は一つもないっての。それに別に困ってねーよ。冬姉との二人暮らしも楽しいしな」
「むぅ……その楽しいには色んな意味がありそうだけど……」
美亜はおでこを両手で抑えて頬を膨らませている。
その姿が妙に愛らしい。
以前なら──7月28日より前なら、そんな風には思わなかったと思う。
あの日を境に、俺は美亜を異性として、一人の女の子として見てしまうようになった。
だからこそ俺も後悔している事がある。
それをきちんと伝えようと、そう思った。
「なぁ美亜。俺も、謝りたい事があるんだ」
「ん?なに?」
「美亜を冬姉の代わりにしてしまった事だよ」
「……!」
本当に酷い事をした。
謝って済む事じゃない。
美亜からすれば大切な初めてを、自分の事を見もしないような奴としてしまったんだから。
勿論、美亜がそんな風に思ってない事は分かってる。
だけどこれはケジメだ。
これからは美亜という大事な女の子と向き合う為の。
「俺さ、お前も知ってるように冬姉の事が好きだったんだ。2年前に捨てた筈の気持ちだったけどな」
「……うん」
「なのにさ、やっぱり俺の心にはあの人が居て……美亜を使ってその気持ちを満たそうとしてたんだ。本当に悪かった」
「お互い様だよ。あたしも、お兄ちゃんやお姉ちゃんの気持ちを利用したもん」
美亜は俺の両頬にそっと手を添えて、困ったように笑った。
「お兄ちゃんの初めて、あたしが貰っちゃってごめんね」
「俺も……美亜の初めてを奪ってしまってごめん」
「……ふふっ」
「……ぷっ」
顔を見合わせた俺達は、会話の内容は中々に酷いのに、思わず吹き出してしまっていた。
「ハハハ!あたし達義理とは言え兄妹なのに、なんて会話してるんだろ!」
「義理だから良いんだよ。血が繋がってると──まぁほら全男子理想のシチュエーションだろ?」
「へぇ?あたし達、実は本当の兄妹だったらどうするの?」
「今さらこの気持ちに嘘はつけないからな。友人の言葉を借りるなら"実妹エンド、やってやるぜ!"かな」
「うわード畜生だねお兄ちゃん」
「……それ流行ってるの?」
お前あんま人の事言えんだろ!
本当に酷い会話をしながらも、俺達はもう一度だけ唇を触れ合わせた。
ようやく、俺達はあの日の事を精算出来た気がする。
義理の妹で童貞を卒業したあの日から、お互いに持っていたしこりを取り除けと思う。
大変なのはここから先だけどな。
美亜のおかげで少し気持ちに整理がついた。
俺はやっぱりまだ冬姉が好きだ。
なのに美亜か冬姉か、選ばなくちゃならない。
絶対に解けない知恵の輪をやってる気分だよ。
それでもこの夏休みが終わるまでには解かないといけない。
どちらかを傷付けたとしても──
「ね、お兄ちゃん。大好きだよ♡」
「わっ!飛び付くつなバランスが──」
思い切り抱き付いてきた美亜のせいで、ベッドに転がった俺達。
妖しい微笑みで美亜が俺を見つめる。
「……あたし……そろそろ限界かも……」
「な、なにが……?」
「……いっぱいキスして、ぎゅ~ってしてさ……お兄ちゃん大好きって気持ちが溢れてる……」
「そ、それはどうも……?」
「ねぇ……やっぱりしよ……?痛いの我慢するから……!!」
「ば、バカ!しねぇって!!」
「体は正直なのに……?」
「ちょ、そんなとこ触──」
俺の
……俺のせいですね。
因果応報という言葉を身を持って実感した、良いデートでした。
※
「くっ……やるねお兄ちゃん……」
「へへっまだへばるんじゃねーぞ」
「ちょ、待って激し──」
「まだまだ……!!」
注意:俺達はゲームで遊んでいます。
「あ、お前このタイミングで横スマだと!?」
「あたしだって昔からお姉ちゃんに鍛えられてるんだもんね!これで終わりだよ!!」
「……と思うじゃん?」
「ひゃう!?」
俺達は現在、ホテル内に備え付けられていた一昔……いや二昔前くらいの据え置きゲーム機で遊んでいる。
ラブホテルには本当に色々なものがある。
俺も来るのは初めてだから、結構感動だわ。
人生経験の一つとして、一人や友達とでも良いから、行ってみるのをおすすめさせて貰おう。
そうそう美亜の発情モードは、ドアを開けたら親父達が居たあの瞬間を思い出すように言ったら収まったぞ。
本当に危なかった……いくら俺の貧弱な意志でも、あの流れでするのは、な……
美亜も今はちゃんと服を着直して、いつもの俺達って感じだ。
「お兄ちゃん!もう一勝負だよ!!」
「返り討ちにしてやんよ」
ベッドに座って、
ゲームをしながら思う。
例えこの先、どちらかを傷付けてしまっても、俺達が
それが凄く幸せな事に思えて、そんな風に思えるようになったこの夏休みに、ふと思いを馳せる──
ハラハラしてドキドキして、イチャイチャして……
変わり続けた俺達の環境や関係も、この夏休みが終わる頃には、当たり前の日常になるんだろう。
いや、まだ変わるか。
夏休みが終わる頃には、美亜と冬姉との関係にはまたもう一つ変化が訪れる。
どっちを選ぶかで大きく変わる。
人生にセーブポイントがあって、リロードされる事があるとしたら、きっとここだ。
二人のどちらを選んでも、絶対輝かしい幸福な未来が待ってる。
だけど、やり直しが効かないのが人生なんだよな。
出来る事なら二人を幸せにしたい。
……つくづく優柔不断だな。
どちらかを傷付ける覚悟をしないといけないんだぞ。
セーブポイントに戻って選択肢をやり直したとしても、変わらず同じ選択肢を選ぶ覚悟を持たないといけない。
俺に用意されている選択肢は4つだ。
1つ、冬姉を選ぶ。
2つ、美亜を選ぶ。
3つ、両方を死ぬ気で幸せにする。
そして4つ。
──両方選ばない。
選べるなら3つ目を選びたい所だけどな。
でも冬姉と美亜はそんな事望まないだろう。
だからヘタレな未来の俺は4つ目を選びそうで怖い。
頑張れよ未来の俺。
4つ目は冬姉と美亜の気持ちを無下にする選択肢だと気付けよ。
必要なのは覚悟だ。それも親父にぶっ飛ばされる覚悟。
先に謝っとくよ親父。迷惑掛けてばっかで悪いな。
でもさ、ここまで真剣に誰かの事を想える俺は幸せ者だとも思うんだ。
どんな未来を選んでも、この幸せな気持ちだけは忘れずにいたい。
──冬姉、美亜。俺も二人を愛してるし、大好きだ。
「……お兄ちゃん、ニヤニヤしてどうしたの……?」
美亜をゲームで吹っ飛ばした後、リザルト画面を見ながらニヤついていた俺を、怪訝な表情で見ている。
「いや、何でもないよ。さてと、そろそろ帰ろうか」
「……そっか、もうそんな時間なんだ」
「そう落ち込むなよ。またすぐ会えるって」
「本当!約束だよ!」
「夏休みはまだ残ってるからな」
「うん!楽しみ!!」
そうして俺達はホテルを出た。
電車に揺られ少しうとうとするも、繋いだ手は離さないまま。
美亜がどうしても俺を見送って帰りたいと言うので、俺達は手を繋いだままアパートへ向かっている。
ゆっくり帰ったから、時刻は22時を迎えようかという頃。
そろそろ冬姉も帰って来る時間だな。
……今の俺達を見られたら、たぶんあの怖ーい笑顔が俺を出迎えるだろうな。
鉢合わせた時に備えて、冬姉の機嫌を直す方法を考えておこう……
美亜もどうやら俺と同じ考えに至ったようだった。
「お兄ちゃん~お姉ちゃんにこんなとこ見られたら、すっごい嫉妬されそうだね」
「……分かってるならそろそろ離してもいいか……?」
「ふふ~ヤーだ!」
でしょうね。
満面の笑みで言いやがって。
しかし、俺の心配は杞憂に終わりそうだ。
もうアパートが見えてきた。
「よし、冬姉に見付からず帰って来れたな。美亜、本当に送らなくていいのか?」
「うん!送って貰ったら家に入るまでにニヤニヤを消せないでしょ?」
「まぁ……親父達にバレる恐れもあるしな……」
「え?それは別に心配要らないけど、ニヤニヤしてたらシンプルにキモいでしょ──あ、お姉ちゃんだ」
「なにぃっ!?」
美亜が気になる事を言ったが、今はそんな事どうでもいい!!
俺は慌てて電柱の隅に隠れ、同時に美亜を引っ張った。
「美亜、隠れろ!出来れば二人で居る所を見られたくない!」
「うわー……二股してる男ってこんな感じなんだ……」
「後で冬姉の対処が面倒なだけだ!絶対嫉妬するってお前も分かってんだろ!」
「まぁデートしてるって知ってるんだから、手繋ぎくらいは許容範囲だとも思うけど──って、お姉ちゃんなんかフラフラしてない?」
あれ、本当だ。
ったく、あれだけ無理するなって言ったのに……!!
「ね、ねぇお兄ちゃん……後ろから凄いスピードの車来てるけど……」
「なっ!?」
冬姉、気付いてないのか!?
しかも車もスピードを落とす気配が無いぞ!
人がいるのが見えてないのか!?
大きさは乗用車程だが、あんなスピードでぶつかったら……!
──どうすればいいか、考えるよりも先に体が動いていた。
「くそっ……!!」
「あっ!お兄ちゃん危ないよ!!」
一方通行のそれほど広くない道路だ。
このままじゃ確実に冬姉にぶつかる!!
「冬姉ぇーーーー!!!」
「……あれ、夏君……?」
俺に気付いた冬姉は、ぼんやりとこちらを見ている。
冬姉まで残り5メートル程。
間に合ってくれ!!
「お兄ちゃん、お姉ちゃん!!!」
悲痛な美亜の叫びが聞こえる。
だがそれを気にしてる暇はない。
「冬姉あぶねぇーーー!!!」
「えっ……!?」
もう車は目の前に迫って来ていた。
依然としてスピードを落とさなかったが、何とか間に合いそうだ。
ドンッ、と冬姉を突き飛ばした。
「きゃっ!!」
レンガの壁にぶつかって、ケガをさせたかも知れない。
「ごめんな……冬姉──」
それを言葉に出せたかも分からない。
理解出来たのは、車と接触する直前のスローな世界の中で見た冬姉の驚いた顔と、喉が裂けそうな美亜の声だけだった。
鈍く大きな音と、軋むブレーキ音が辺りに響く──
「……え……夏君……?夏君……!!」
「お兄ちゃん!!!」
誰かが俺を呼ぶ声がする。
可愛くていつもドキドキさせられる、大好きな人達の声。
だが返事をする事が出来ない。
頭から何か大事な、温かい何かが流れ出ている。
それを理解しようとしたその瞬間だった。
俺の意識は遠く離れていった──
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