第9話 7月28日


 はい、と言う訳でやって来ましたラブホテル!

 

 18歳未満が入れる訳無いだろう!と思ったそこのあなた、行けるとこは行けるんだよ。


 にしても案外ぼろっちぃ所に来ちまったもんだ!

 廊下のカーペットとかハゲハゲだったぜい!


 そうそう、あのデカイ剣はダーツ勝負が終わった後に駅のロッカーに預けといたんだぜーい!!


 ……そろそろテンション下げていいですか。


 無理矢理現実逃避しようとしたけどやっぱ駄目だ……

 どういう状況だよこれぇ……


「♪~~」


 風呂場から美亜の鼻歌が聞こえて来る。

 

 ──ふふふふふふーふふふんふーん♪


 おい、誰だ美亜に甲賀○法帖教えたのは!

 親父か!?ストック一個確定しちゃうだろ!


 あー……なんか気抜けたわ……


 ちょっと冷静になってきた。

 そうだ、ラブホに来たからって美亜とする訳じゃない。

 

 これは雨に濡れてしまった美亜が、風邪を引かないように緊急避難で来ただけだ。


 そうだぞ息子よ。


「お兄ちゃん、俯いて何を見つめてるの……?」

「美亜!?」


 しまった。恥ずかしい所を見られた。

 

 美亜はバスタオル一枚を体に巻いて、哀れな視線を向けてくれている。


 ……なんかすっげぇ萎えた。


「……気にするな。男にはなもう一人の自分と語り合う時間が必要なんだ」

「……お兄ちゃん、したいの……?」

「!?」

 

 いつものポニーテールと違い、濡れた髪を下ろした美亜は、綺麗な四肢を惜し気もなく晒している。

 そんな姿の美亜に、潤んだ瞳で誘われたら……!


 いやしかし……!耐えろ俺っ!!


「ばばば、バカお前!滅多な事言うもんじゃありません!」

「うん、その方が助かる。今日……まだ終わり掛けだから……出来ない事はないんだけどさ……」

「……ハハハ!当たり前じゃないかしないしない!ほら美亜、体冷やすなよ?布団に入れ!!」

「……」


 ……残念なんて思ってないからね。


 万が一、いや億が一、もしかしたらと思う自分が居なかったのかと言われれば怪しいけどさ。

 もしも……もしももう一度美亜と体を重ねる事があるなら、その時はきちんと恋人としてしたい。


 だが、こう言ってはあれだけど……しないなら何故ラブホに……?


 いや分かってる。この場所がそういう事をする為だけに使われている訳じゃないことは。

 加えて言うなら生理中にすれば、美亜の体に負担が掛かるし、衛生面でも絶対しない方がいい。


 だからこそ思う、何故……と。


 俺はこの好奇心に勝てなかった。


「……な、なぁ美亜なんで──」


 ベッドに座る俺に美亜が近付いた。

 そして押し倒すかのように、強く唇を押し当てた。


「……っ……!」


 俺は背中からベッドに倒れ、覆い被さるように美亜が頭に手を回してきた。

 思わず美亜の肩を掴んで引き離す。


「み、美亜!いきなりすぎっ──」

「うるさいっ」

「!?」

 

 美亜は何度も唇を離しては触れ合わせ、舌こそ入れて来ないがしつこくキスをしてきた。


「……美亜……!」

「……まだっ……!!」


 ゆうにその回数が20を越えた頃、ようやく美亜が俺の唇を解放してくれた。


「……ハァッ……ハァッ……お前……息くらいさせてくれよ……」


 俺と同じように息を切らせた美亜が、俺の頭の横に手をついて見つめている。


「……ハァ、ハァ……お姉ちゃんに負けたくないもんっ……」

「それって……」


 冬姉とのキスの回数を越える為……?


「お前……可愛い過ぎるだろ……」

「う、うるさいっ!正直あたしはお姉ちゃんにいっぱいキスしてるお兄ちゃんに怒ってるんだから!」

「な、なして……」


 美亜は顔を真っ赤にさせて涙目になっている。


「お兄ちゃんからはしてくれた事ないのに、お姉ちゃんには自分からしてるんでしょ!!」

「そ、そんな事で……?」

「そんな事!?ふーんそういう事言っちゃうんだぁ……へぇ……」


 俺を見下ろす美亜は、唯一纏っていたバスタオルを取り、薄暗い部屋の中で彼女の全てを差し出した。


「お兄ちゃん……やっぱりしよっか」

「!? しないって言ったろ!?」

「あたしがお兄ちゃんをどれだけ好きか、分からせてあげる……!」


 美亜は両腕で自分の体を支えるのを止めた。

 そしてその体重は全て俺の体へと預けられる。


「……お兄ちゃんも脱いでよ」

「だ、駄目だって……!」

「いいじゃん。あたし達、初めてを捧げあった者同士じゃん。彼女になれないなら……そういう関係でも、あたしはいいから……」


 尻すぼみに小さくなる美亜の声。


 分かってる。本心で今の言葉を言った訳じゃないって事は。


 本当は俺の恋人になりたい、そう思ってくれてるんだよな。


 美亜がどれだけ俺の事を好いてくれてるかなんて、言われなくても十分分かってる。


 ──だから俺は優しく美亜の体を抱き締めた。


「美亜。俺はお前と体だけの関係になんてなりたくない。俺が言う資格は無いけど、もっと自分を大事にしてくれ」

「……あたしには……!!」


 声を震わせた美亜は強く俺を抱き締めた返した。


「……あたしには、もうこうやってお兄ちゃんに振り向いて貰うしかないのっ……!!」


 痛い程に俺の胸に顔を埋めた美亜の頭を、右手で撫でてやる。


「こんな事しなくてもちゃんとお前の気持ちは分かってるって」

「分かってない!!お兄ちゃんにはお姉ちゃんの事しか見えてないもん!!」

「そんな事ねぇって。お前と初めてしたあの時から、俺の頭は美亜の事でいっぱいだよ」

「そんなの嘘だよっ!あたし見てたもん!花火大会の時のお兄ちゃん、お姉ちゃんに凄く見惚れてた!!」


 ずっと俺の言葉を否定して涙を流す美亜。

 

 仕方ない。こうでもしないと納得してくれそうにない──


「美亜。顔上げろ」

「……え……?」

「もう少し前に来い」

「……きゃっ……!」


 美亜の体を俺の顔の前にずらして、驚いている彼女の唇を奪う。

 初めての、俺から美亜へのキス──


「……嘘……」

「"責任"があるから、"罪悪感"があるからした訳じゃ無いぞ。俺は美亜の事を──」


 美亜はその先を言う前に、俺の唇を塞いできた。

 少ししょっぱい、涙の味がした。


 思い出してしまう。

 初めて美亜とキスをして、義理の妹で童貞を卒業したあの日を──





 7月28日


 その日は親父と琴美さんが半日程出掛けるとの事で、家には俺と美亜しか居なかった。


 別に珍しい訳でもない。

 一緒に暮らすようになって約2年。

 冬姉が実家を出てから3ヵ月が経とうとしてるんだ、これまでだって何度も二人きりにはなっていた。


 ただこの日はいつもと少し違ったんだ。

 

「お兄ちゃん、今日のお昼何がいい?」


 美亜は普段ポンコツだけど、冬姉と同じように料理は得意としていた。

 なので両親が居ない時は美亜が作ってくれていたのだが──


「え?今日は冬姉が一緒にランチしよってさ。お前も呼ばれてるだろ?」

「……なにそれ。あたし知らない」

「そうなん?あれ、おかしいな。じゃあ俺と二人でのつもりだったのか……?」


 ……この時の俺は美亜が俺の事を好きだなんて、ちっとも気付いちゃいなかった。


 そして冬姉の想いにも。


 ──だから、つい顔に出てしまったんだ。

 

「……お兄ちゃん、嬉しそうだね」

「へ!?いや、そんな事……!」


 きっと美亜から見た俺の顔は、相当にニヤついていたんだろうな。

 なんせ好きな人からの、二人きりでのランチのお誘いだからな。

 

 こんな事滅多に無かった。

 

 これまでの冬姉は、俺と絶妙な"姉弟"としての距離感を崩さなかったから。

 

 だから俺は自分の想いが片想いだと思ってたし、それにこの気持ちは冬姉と家族になった時に捨てた。


 だけどこの時の俺は捨てた想いだとしても、嬉しくて舞い上がっていた。

 おかげで美亜の言葉は耳に入っていなかった。


「……もうあんまり時間無いかな……」

「美亜……?」

「お兄ちゃん。お姉ちゃんとのランチ、断って」

「え、何でだよ。お前も来りゃいいじゃん」


 美亜が居たとしても、久々に冬姉に会いたかったんだよな。


 それくらい好きだった。

 

 だけど何かを決心したように見える美亜は、俺に有無を言わせなかった。


お願い・・・

「……わ、わかったよ」


 美亜は俯いており、その表情を窺う事が出来ない。


 ……思えば、この時から俺はこの姉妹のお願い・・・を断れない体だったんだな。


 冬姉には急用が出来たと連絡を入れ、俺は美亜が作る昼飯を待つ為に、2階にある自分の部屋へと戻った。


 そうして15分程が経った頃、部屋のドアからノックの音が響いた。


「お、昼飯出来たか?今行くよ」


 俺は電気を消して、呑気に部屋のドアを開けた。

 そして、目の前に立っていたのは──


「み、美亜!?お前、服は!?」

「ごめんね、お兄ちゃん──」


 美亜は下着姿で、俺に柔らかい唇を押し当ててきた。

 俺達はそのまま床に倒れ込む。


「美亜!?なんで……!?」

「……お兄ちゃん、お姉ちゃんの事好きなんでしょ」

「……!」


 ……気付かれてるとは思わなかった。

 美亜からすればバレバレだったんだろうけどな。


 そして美亜は俺に迫る──


「その気持ち、お姉ちゃんにバレたら困るよね?」

「……何が言いたいんだ」


 俺に覆い被さろうとする美亜。

 美亜の影が俺を包む。


「お兄ちゃん。あたしさ、お兄ちゃんの事大好きなんだ。家族としてじゃない、一人の男の人として好きなの。お姉ちゃんに、とられたく、ないの……」

「え……?」

「……やっぱり気付いて無かったんだ。あれだけアピールしたのに……でも良いよ、今日お兄ちゃんの女になるから──」

「!」


 そうして美亜はもう一度唇を重ねてきた。


 その姿に、思わず冬姉の面影を見てしまう。


 しかし、今度のキスはすぐに美亜の肩を押して顔を離した。


「……あたしの事、嫌い……?」

「嫌いな訳ない!だ、だけど俺達は義理とは言え兄妹だろ!?」

「……それがお兄ちゃんがお姉ちゃんを諦めた理由?」

「……そうだよ。俺はもう親父を困らせたくないんだよ、普通で居なきゃいけないんだよ!!」

「普通……?普通って何……あたしは……!!」


 美亜は涙を滲ませた瞳で俺の胸を叩く。


「お兄ちゃんを好きなこの気持ちは異常なの!?あたし達、結婚だって出来るんだよ!?」

「……美亜……俺は……」

「あたしは外の世界に連れ出してくれたお兄ちゃんが大好き!もう義妹いもうとじゃ居られないの!!間に合わなくなっちゃう……!!」

「……ま、間に合わないって何が……?」


 俺の質問に美亜は答えなかった。

 代わりに、俺を強く抱き締めて耳元で囁いた。


「お兄ちゃん、えっちしよ……?」


 俺は慌てて美亜から体を離し、立ち上がった。


「……は、はぁ!?駄目に決まってんだろ!?」

「駄目じゃないよ!あたしはお兄ちゃんとしたい。どうしても拒むって言うなら──」


 美亜はきっ、と俺に鋭い視線を向ける。


「今あたしを抱いてくれないなら、お兄ちゃんの秘密をバラすからっ!!」

「……冬姉や親父達に俺の気持ちを伝える気か……?」

「そう……!こうでもしないとお兄ちゃんはあたしを女として見てくれない……!!」


 美亜は立ち上がった俺を再び押し倒すように、ベッドへ引っ張った。


「美亜……止めよう……?お前だってこんな形でするのは……」

「お兄ちゃん、さっきあたしにお姉ちゃんを重ねてたでしょ。良いよ──」

「……!」


 続く美亜の言葉に、捨て去った筈の想いが溢れてしまう。


「──あたしをお姉ちゃんだと思ってして良いよ」


 ドクン、と心臓が跳ねた。


 キス、美亜の体、それに今の言葉。

 俺の理性は限界を迎えていた。


 美亜はポニーテールを解き、髪を下ろした。

 薄暗くなった部屋では、その姿に冬姉を重ねてしまう。


「……冬、姉……」

「……うん、そうだよ。いっぱい気持ち良くなろう……?」

「……先輩──」

「来て──」


 そっと美亜の体を抱くと、三度みたび唇を近付けてきた。そして深くキスを交わす。

 美亜の涙が頬を伝い、俺の唇に触れた。

 

 この味を俺は忘れる事は無いだろう。


 忘れてはいけない、初めての味を──

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