第8話 あたし、このままじゃ
「うぅ~……鬼ぃちゃんのばかぁ……あの服高かったのにぃ……」
「やかましい!あんな服装で街を歩けるか!」
「頑張ってオシャレしたのにぃ~……」
俺達は今、新京極通りを巡り美亜の全身のコーディネートを整えた所だった。
高校生が買うにはこの辺がお手頃価格な店が多いからな。
美亜には丈の長いフレアスカートと、胸元をしっかり隠したタイトめなトップスを着合わせた。
腹部には黒いベルトを巻かせ、スタイルの良い美亜の美しさを引き出す事に成功。
「お兄ちゃん、意外とセンス良いんだね」
「お前、このセンスが分かるならこれは何とかならなかったのん?」
俺は美亜が着ていたドレスを、服を購入する際に受け取った紙袋に押し込んだ。
そして
デカイ剣はベルトが着いており、恥ずかしいが俺が肩から下げている。
とてもじゃないが、持ち歩けるデカさじゃないからな。
……死にたいくらい恥ずかしい。
しかしこの格好を見て美亜は上機嫌だ。
「お兄ちゃん!超カッコいいよ!写真撮っていい?」
「そのシャッターを切ったら、お前との縁も切ってやるからな」
「出来ないくせに~」
「……本当にやってやろうか」
正直、「やだよー!この鬼!」って感じの返事が来ると思っていた。
ん?最初のお兄ちゃんって……いや、いいや。
美亜は観光客で賑わう街の中、一歩ぴょんと跳んで俺の方を振り返った。
「お兄ちゃん、あたしに対して払う"責任"があると思ってるんでしょ?なのに縁なんか切れるの?」
俺を見る美亜は変わらず笑顔だった。
本当にいつも通りの調子で俺の心の核心を突いてきた。
「……冗談で言っただけだよ」
「うん。知ってる!でもあたしは全部本気で返すからね!全部、利用するの」
「お前、やっぱり冬姉の妹だよ……」
「それ褒めてる……?」
「褒めてるだろ。あんな美人の妹──」
前を歩く美亜がパタッ、と歩みを止めた。
人混みの中で急に止まるのは危ないって。
注意しようとしたら、急に俺の右手を握ってきた。
「……お姉ちゃんの話はそこまで。まだ好きなのは十分伝わったから」
「好きじゃ──」
「……分かったってば。それよりさ、あたし行きたい所あるんだ!」
「あ、あぁ」
美亜は俺に顔を向けず再び歩き出した。
繋がれた俺の右手は、痛い程に強く握られている。
※
「ダーツ勝負ぅ?」
「うん!あたし、結構上手なんだー!勝ったらお昼奢ってね!」
美亜に連れられてやって来たのは、ゲームセンターやボウリング場やらが一体となった、アミューズメントパークだった。
受付の機械を操作しながら美亜は自信満々な笑みを浮かべている。
「得意なもので勝負仕掛けてくんなよ」
「お兄ちゃん、地味に何でも出来るタイプじゃん。苦手なもので勝負したら勝ち目ないもん」
「俺は苦手なものは無いけど得意なものも無いんだよ」
典型的なバランスタイプ、それが俺なのだ。
だがダーツは神経を使うスポーツだからな、そんな俺でも苦手な部類に入る。
意志の弱い俺には向いていない。
しかしだ。
昼飯が掛かっているなら話は別だ。
賭け事で負ける訳にはいかない。
ギャンブルのような人生を送る俺が、こんなちっぽけな勝負を逃げているようでは、先が思いやられるというものだ。
それにまぁ?せっかくの美亜がやりたい事を無下にするのもかわいそうだ。
出来るだけ美亜のしたい事には付き合ってやりたいしな。
「受付終わったか?さっさと片付けてやるよ着いて来い」
「あれ、意外と乗り気!?」
当たり前だろ。
こんな可愛い
「お兄ちゃん、ダーツってやった事ある?」
「んー友達と数回なら」
「お、ならどのゲームでも出来る?」
「まぁ王道の奴ならな。始めはカウントアップで良いんじゃないか?」
「おっけい!」
ダーツ場に移動した後、美亜は手際良く機械を操作し、ゲームをスタートさせた。
ダーツには代表的なゲームがいくつかある。
誰もが触れた事があると思われるのは、今俺が言ったカウントアップや、クリケットと呼ばれる陣取りゲーム、ゼロワンと呼ばれる事の多い持ち点を0にするゲームだろうか。
俺が提案した最もルールの簡単なカウントアップは、名前の通り8ラウンド投げ合った後の合計点数の高い方が勝利となるゲームだ。
俺達は先行後攻を決める為に、お互いに一本ずつ矢を持った。
「先にあたしが投げるよ!」
「どーぞ」
より真ん中に近い方が先攻となるのだが、美亜が放った矢はインナーブル──ど真ん中に突き刺さった。
「いぃ!?お前、偶然か!?」
「どうでしょ~。でもお昼は覚悟した方がいいよ~お兄ちゃん!」
にんまりと笑う美亜の顔に腹が立つ。
だけど可愛いから何も言い返せない。
本当、可愛いは正義だよ……
俺が放った矢は真ん中を少し外れ、美亜が先攻となった。
「よしっ!ならあたしから行くよ!!」
「ふむ。お前の実力を見せてみな」
「何でさっきから強者ポジションなの!?」
俺は腕を組んで美亜の矢の行方を追った。
基本的にダーツは3本ずつ投げ合って1ラウンドだ。
そして1ラウンド目、俺は驚愕する事となる。
『ハットトリック~~~!!!』
「嘘だろ!?」
ハットトリック──投げた3本の矢が全て真ん中を捉える事だ。
こいつ上手すぎるだろう!?
「み、美亜……何でも不器用なお前がどうして……!?」
「へへ~あたし引きこもってる間、ストレス発散でクラスメイトの写真に向かってダーツしてたんだぁ。目玉を貫く瞬間が最高に気持ち良かったよ……!!」
「ひぃ……!?」
怖い!怖いよ美亜!!
その暗い笑顔を今すぐ止めてくれ!!
美亜は俺が矢を放っている間も、その暗いオーラを溢れさせていた。
俺も1本は真ん中を捉えたのだが、奇しくも残りはシングルに刺さってしまった。
「……あたしの番だね……!」
「は、はい……!」
俺は美亜とポジションを代わり、後ろから美亜を恐る恐る見つめた。
美亜は矢を目線の高さに合わせ、最速で最短でまっすぐに一直線に、ブル目掛けて矢を放った。
「死ねぇぇぇえ!!!」
「美亜さん!?」
そうして8ラウンド投げ合った結果──
「1200点……だと……?」
「あたしの勝ちだねお兄ちゃん!」
美亜が叩き出したのは、ハットトリックを8ラウンド全てで達成した場合に出る、パーフェクトな点数だった。
ちなみに、理論上の最高得点は1440点なのだが、これはまず狙わない。
愕然としている俺に、美亜がピースサインを突き出した。
「お昼、ゴチになります!」
おいおい、義妹にこんな負け方していいのか俺。
この際昼飯は諦めよう。
だがせめて引き分けには持っていこうじゃないか。
「……待て、もう一勝負だ美亜」
「ふっ、さすがお兄ちゃんだね。圧倒的実力差を見せ付けたのに」
「次のゲームはクリケットだ。賭けるものはお前に決めさせてやる」
俺は3本の矢を美亜に向けた。
返す美亜は、矢で自分の片目を隠した。
「ならあたしが勝ったら、お兄ちゃんにはあたしの
……
つくづく姉妹だな。発想が似てるよ。
「いいだろう………おれの魂を賭けるぜ」
「グッド! ──じゃないよ!魂なんか賭けてないから!」
※
「……負けた……」
「フフ~あたしもたまにはやるもんでしょ~」
俺は負けた。
何をやっても全て負けた。
クリケットも先攻を取られ、全ての陣地をあっという間に埋められた。
肩を落として店を出た俺は、美亜に昼飯を奢る為に喫茶店を訪れていた。
「美亜……お前強すぎるよ……」
「えへへ、ごめんね。どうしてもお兄ちゃんに聞いて欲しい
「……俺がしつこく勝負を仕掛けると分かってたなこの策士め……」
「お姉ちゃんには負けるけどね~」
やれやれだぜ……
さて、現在時刻は13時過ぎで、店内は大変混み合っている。
俺達はタイミング良く入れたものの、長居出来そうにはない。
さっさとメニューを決めるか。
「美亜何にする?勝負は勝負だ。何でも良いぞ」
「さっすがお兄ちゃん!どれにしよっかなぁ~」
俺も料理を決めようと、一つしかないメニュー表を美亜と顔を近付けて眺めた。
すると、店の奥の方から店員さんが俺達に声を掛けて来た。
「お客様大変申し訳ございません。店内が大変混み合っており、現在テーブル席のお客様にご相席をお願いしておりまして……」
普段の俺なら二つ返事で了承するのだが、今日は美亜とのデートだ。
ちゃんと美亜の意見も聞かないとな。
「美亜、どうする?」
「あたしは構わないよ。あ、でも女の人が来たら仲良くしちゃダメだからね」
「店員さんの前でそんなこと言うなよ……すみません、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。すぐにパーテーションをお持ちします!」
店員さんは少し美亜の方を見て笑った後、すぐに仕切りと相席になる男女のお客さんを連れて来た。
「良かった、カップルみたいだね」
「あ、さっきの本気で心配してたんだな……」
「当たり前でしょ」
相席となる二人が席に着こうと椅子を引くと、ペコリと俺達へ挨拶をした。
そして俺は気付く。
なにやら見た事がある顔だと──
「あれ、夏焼やん!」
「またお前か緒方!!」
覚えてない奴の為に説明しておくと、こいつは
バスケ部のイケメンで、クラスの人気者だ。
そしてカップルだと思っていたが、こいつが連れている女という事なら──
「……兄さん、誰……?」
「あ~こいつの事は覚えんでええよ。ってか俺以外の男の事は覚えんでいい!」
やっぱり妹か……
そう、こいつは超が付く程のシスコンだ。
この前、去り際に実妹エンドやってやるぜ、とか言ってた。
正直引くよ……
「っておい、緒方……きちんと紹介しろよ」
「はぁ?嫌やし。お前、俺の妹に手を出すつもりやろ!?」
「出さねーよ!妹に手を出す奴なんか──」
「お兄ちゃん、その先言葉に出来るの?」
「夏焼!?お前もしかしてこんな可愛い妹と……これからお前の事は師匠と呼ぶわ!!」
「ま、待て!?その尊敬の眼差し、みたいなの止めろ!!」
「師匠!どうすれば兄妹の垣根を越えられるんですか!?」
「……兄さん、店員さん来たよ……」
『!!』
店員さんが引きつった笑顔で緒方兄妹の水を持ってきた。
「……お客様……もう少しだけ声のトーンを落として頂けると助かります……」
店内は混み合っているというのに、俺達のせいでしーん、と静まり返っていた。
『す、すみません……』
俺と緒方(兄)が同時に頭を下げた。
すると意外にも妹同士が仲良く話し始めていた。
「
「……気にせんでええよ美亜、兄さんが悪いし……」
あれ、この二人もしかして知り合いなのか?
「美亜、知ってる奴なのか?」
「うん。あたしが高校に入って仲良くなった子ってこの麗ちゃんなの」
「……よろしくお願いします。先輩……」
「!!」
先輩……なんていい響きなんだ……!
この麗ちゃんという子は、高校生に見えないくらい控え目な体で、恐る恐る話すその口調は庇護欲をそそる。
ちなみに、今の俺達は美亜の隣に緒方(兄)が、そして俺の隣には麗ちゃんが座っている。
俺の隣でペコリと頭を下げる麗ちゃんを見ていると、美亜が低い声で話し掛けてきた。
「お兄ちゃん……麗ちゃんに手を出したら許さないからね」
「師匠!!やっぱり麗を!?」
「……先輩、ケダモノ……」
「お前ら静かにって言われたばかりだろ……」
こいつらに付き合ってたら体が持たんわ。
俺がぐったりとしていると、メニューを決めたのか、美亜が店員を呼ぼうとしていた。
「お兄ちゃん、もーあたしと同じオムライスでいい?」
「……それでいいよ」
「あ、ほな俺らもそれで!」
「……美亜、お願い……」
美亜は「りょーかい!」と言って店員に注文を済ませてくれた。
注文を待っている間、緒方が俺にジト目を向けている事に気付いた。
「それにしても師匠、俺は正直どうかと思うで」
「師匠て呼ぶな。んで、何が?」
緒方はピシッと俺に人差し指を向けた。
「お前、あんなに可愛い彼女がおんのに、神聖なる妹にまで手出すとは!」
その言葉を聞いた瞬間、美亜が机を叩いて立ち上がった。
「お兄ちゃん!彼女って何!?」
「ち、違う!あれは冬姉の悪ふざけで……!」
「あー……お姉ちゃんの……」
すると、次に麗ちゃんがわなわなと震え出した。
「……先輩……美亜だけじゃなく姉とまで……!?」
「師匠!お姉ちゃんと付き合ってんのか!?」
「ち、違う!!あれは遊びで……!!」
「お兄ちゃん……やっぱりあたしとの事は遊びだったんだね……」
「……先輩、サイテー……」
「誤解だぁーーーー!!!」
……言うまでも無く、料理を持って来た店員さんにもう一度注意を受けましたよ。
※
「いやぁーお互い妹に惹かれる者同士、仲良く出来そうやな!」
「……やかましい」
結局、緒方兄妹には誤解を解く為に、俺達の関係を説明する事となった……
そしてその後、色々雑談を交わしてそこそこ仲良くなった所で店員から「そろそろ……」と声が掛かった。
俺達4人は店を出て、そこからは別行動となる運びだ。
今は別れの挨拶と言った所か。
俺は緒方と肩を組んで美亜達に聞こえないように会話をした。
「緒方……面倒だから俺と美亜の事は秘密にしろよ」
「分かってるって。お前が姉妹丼──」
「ぶち殺しちゃうよ?」
「失敬失敬。ま、とにかく俺口堅いし信用しろって」
「……頼むよ」
そして、俺達のそんな後ろ姿を見て、美亜と麗ちゃんが何やら盛り上がっている。
「……兄さん、先輩狙い……?」
「だ、ダメだって麗ちゃん!お兄ちゃんはノーマルだから!」
「……分かってる。可愛いね美亜……」
「も、もう……」
……おぉ、何だか神秘的な空気。
緒方も同じ事を思ったらしく、なにやらぽわぽわしている。
俺達がのんびりとしていると、鼻先に急にぽつ、とした感触が落ちてきた。
「げ、雨か!?」
「あちゃ、急だな」
今日は晴れとの事だったので傘を持っていない。
河原町は屋根のある通りが多いので、あまり濡れずに帰れるとは思うが……
「夏焼、悪い俺ら先に行くわ!」
「お、おいお前、前見ろ人が!」
俺が人とぶつかりそうな緒方を支え、不意に顔が近付いた。
「……気を付けろ」
「あ、あぁ……ありがとう」
「……ぶぅぅぅう!!!」
「麗ちゃん!?」
突然、麗ちゃんの鼻から大量の血が溢れ出した。
……もう詳しく説明したくないからスルーでいいよな。
「……先輩……やるやん……」
「黙れよ後輩」
俺は初対面の相手にこれ程殺意が沸くのは初めてだった。
グッ、じゃねぇよ。
はぁ……この兄妹は俺の天敵かも知れない……
「てかまぁまぁ降って来たな。ほんまに帰るわ!」
「……美亜、先輩、また……」
「おー。気ぃ付けて」
緒方兄妹は本格的に振り出した雨を見て、駅へ走って行った。
さて、ちょい早いけど俺達も帰るか。
「美亜、俺らも──」
俺が美亜に帰りを促そうとした時だった。
美亜は屋根から外れ、本降りとなった雨に打たれたのだ。
「ちょ、お前何やって……!」
「お兄ちゃん。
「……!?」
ずぶ濡れの美亜は、俺に近付いて上目遣いで見つめてきた。
「ホテルに連れてって。あたし、このままじゃ風邪引いちゃう」
俺は──
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