第6話 花火は恋を狂わせる・延長戦


「……どっちにしよう」


 俺達は車を停めていた高校のグランドにまで戻って来た。

 駐車場は帰ろうとする車だらけで、物凄く混んでいる。


 まぁ別に冬姉の家で暮らす俺達に門限は無いからゆっくり帰ればいい。

 美亜はどうか知らんが……


 そんなことよりも、だ。


 俺の頭を悩ませているのは、どの座席に座るのか、この一点だ。


 冬姉が運転席なのは当然として、美亜が冬姉の後ろの座席に座ったせいで、冬姉か美亜かを選ぶみたいなシチュエーションになっている……


 ……はぁ、いつまでもこうしていてもしょうがないか。


「隣、失礼するぞ」

「! う、うんっ」


 俺は後ろの座席にいる、美亜の隣に座った。


 バックミラー越しに怖いくらいに笑顔の冬姉が見える。

 ……ハハ、目で分かる。帰ったら過激なお願い・・・が待ってるぞこれ……


 さてと……まぁうだうだ言ってもしょうがない。

 俺はとっとと美亜の用件を聞く事にした。


「美亜、お前何しに来たの?」

「……分からない?」

「いやぼっちで浴衣着て花火見に来た寂しい女ってくらいにしか……」

「お兄ちゃんってほんっとあたしを追い詰めるのが好きだね!?いい加減泣くよ!?」


 美亜って冗談に本気で返してくれるから、ついからかっちゃうんだよね。ごめんね。


 見かねたのか、冬姉が代わりに俺を諌めながら答えた。


「夏君、さすがに今のは酷いよー。美亜は夏君に会いに来たのに」


 さっきまでケンカしてたくせに、こういう時は妹想いなのね。


 まぁ純粋に浴衣まで着ておめかししてくれたのは嬉しい。

 俺は美亜の頭を撫でてお礼を言った。


「分かってるよ。ありがとな、美亜」

「ひゃうっ、へへ……どー?似合ってる?」

「似合ってるよ。可愛い」

「良かったぁ。お母さんにもお礼言わないと」


 おぉ……バックミラーに映る冬姉がぷくっと頬を膨らませている。こっちはこっちで可愛い……


 じゃなかった。


「美亜……よく俺達を見付けられたな。大体ここに来る事すら言って無かったのに」


 俺の疑問に、美亜は冬姉の方を見ながら答えた。


「見付けられたのは愛の力だよ?でもここにお姉ちゃんが来るのは分かってたの……父さんとの約束があるから」


 冬姉はぴくっ、と肩を震わせた。


「美亜、覚えてたんだ。もう何年も前の事なのに」

「うん……だから今日お兄ちゃんに会いに来れた。あたし達さ、似てるんだよ。根っこの部分がさ」

「……好きな人も同じだもんね」


 冬姉と美亜は、同じタイミングで俺の方を見た。

 思わず顔を逸らしてしまう。

 

 車の窓に映る俺の顔は驚く程に赤くなっていた。


「お姉ちゃんとうとう言っちゃったんだ……」

「……うん。返事はまだ貰ってないけどね」

「……お姉ちゃん、お兄ちゃんが何て答えるか分からないの……?」

「お、おい美亜……!」

「え……?分かんないよ。でも一つだけ分かってる事がある──」


 冬姉は未だ進む気配の無い大渋滞を見つめ、俺達から視線を外した。


「──このままじゃ夏君は私達のどちらも選んでくれないって事」

「……確かにね」


 二人はミラー越しに頷き合い、再びユニゾンをかました。


『デートだね!!!』

「えぇ!?」


 やばい!勝手に話がややこしい方向に進んでる!!


 まずさ、デート一回くらいでどっちかなんて決められる訳ないだろう!?


「あー夏君。色々考えてるんだろうけどさ、どっちを選ぶかまでは決めなくても良いよ。ただそのきっかけにして欲しい」

「え……どういう事……」


 俺の質問には美亜が答えてくれた。


「……あたし達の想いに決着をつける為のデートだよ。特にあたしは伝えたい事がいっぱいあるから……」

「美亜……」


 そうだな……あの時の事、俺と美亜に話さなくちゃならない事が沢山ある。


「ちょっとぉ、私だっていっぱい話したい事あるんだからね~」

「全く。お姉ちゃんは毎日話してるのに、ワガママだよ!」

「え~一緒に暮らしてても私バイトとかであんまり家に居ないんだもん~」

「え、そうなの?」


 俺は首を縦に振った。


 冬姉はかなりバイトを詰めて入れており、家に居るのは朝と夜の22時以降くらいなものだ。

 本当毎日フラフラで帰ってくるから結構心配なんだよな。


 俺の生活費は親父が出しているし、他に仕送りだってある。

 

 あまりバイトせずにでも暮らせるはずなのだが……


「お金なんていくらあっても困らないでしょ。それよりそろそろ動けそうだから、シートベルトしてね」

『はーい』


 少しずつ動き出した車の中に、冬姉も入り込む。

 徐々に会場から離れて行くと、妙な寂しさが胸に残った。


 こうして花火が起こした恋の騒乱は終わりを迎える。

 しかしまだ火種は燻っている。


 ──二人とのデート。


 好きだと言ってくれた二人とのな。


 絶対ドキドキさせられるし、いい加減二人に俺の想いを伝えなければならない。


 面倒だよな……このままでいいのに……


 そう思う自分も嘘じゃない。

 だけどそれ以上に──


「──楽しみだな」

『え?なに?』

「いや、何でも!冬姉お腹空いたし、どっかでドライブスルーしようぜ!」

「あ、あたしも賛成!」

「なら夏君、助手席に来なさい。あーんして」

「ダ、ダメ!あたしの隣に居てよお兄ちゃん!」

「俺、電車で帰ろっかな……」


 ……やっぱりちょっと面倒かも知れない。





「……すぅ……」


 お兄ちゃん、車の中で眠っちゃった。

 お姉ちゃんが運転してくれてるのに、それでいいのー?


 ……あたし、イタズラしちゃうよ?


 まずはそっと手を繋いでみる。


「……くぅ……ふぅ……」


 おぉ、寝てる寝てる。

 よしよし、なら恋人繋ぎに変えて、と。


 あー……ヤバイ。今あたしちょー幸せ……


 こりゃあれだね、車の窓に映った自分の顔なんか見れたもんじゃない。


 お兄ちゃんの寝顔なんてもう何度も見てきたのに。

 家のソファで寝てたり、こっそり部屋に忍び込んで眺めに行ったりね。


 だけど何回見ても飽きない。

 本当に大好きな寝顔。


 初めて出会った時と同じ、繋がれた左手があたしの心臓の鼓動を早くする。


 そして気付く。


 ──今、キスができる。


 お兄ちゃんが起きても良い。

 あたしのキス顔を見て、ドキドキして欲しい。


 視界には、もうお兄ちゃんしか映っていなかった。


「……お兄ちゃん──」

「美亜~?真っ直ぐ座ろうね?」

「!?」


 バックミラー越しにお姉ちゃんのこわーい笑顔が見える……


 もう少しだったのに!運転に集中しててよーー!!


「……全く、油断も隙も無いんだから」

「それを言うならお姉ちゃんでしょ。お兄ちゃんと二人暮らしとかやり過ぎだよ」

「美亜が先に手を出したからですーー」


 む、それを言われると弱い。

 

 ……でもね、あの時お兄ちゃんに迫らなかったら、あたしはお兄ちゃんの眼中にも入って無かった。


 結果として離れ離れになっちゃったけど、少なくともあたしを女として見て貰う事が出来たから良かった面もある。


 まさかお姉ちゃんちに行かれるとは思って無かったけど……


 おかげで正直な所、あたしにはほぼ勝算が無くなっちゃった。

 もう体っていう切り札は使っちゃったし……

 大体その体もお姉ちゃんには及ばない……

 

 ──だけどそれでも諦められない。


 せっかくお義父さん達が認めてくれたんだ。

 絶対お兄ちゃんに振り向いて貰わなくちゃ!


 あたしは空いている右手で、寝ているお兄ちゃんの頬をつく。


「お兄ちゃん、デート楽しみだね」

「あ、美亜それなんだけどどっちが先にする?」

「んーーー……」


 お姉ちゃんがどんなデートをするのか、先にして貰って対策を練る方が勝算はある。

 だけど、あたしは攻めてなんぼの女だ!


「あたしが先にする!!」

「ふーん、いいの?私のデートを見てから作戦を練らなくて」


 ほらやっぱり。

 あたしが考えそうな事は読まれてる。


 これはもう攻勢あるのみだよ!


 それにね、最悪この恋が成就しなくても、あたしは何よりも優先しなきゃいけないことがある。


「いいの。何よりもね、あたしは謝りたいの。いっぱい迷惑かけちゃったから……」


 お姉ちゃんはハンドルを握りながら、感情の読めない声色で答えた。


「きっと夏君は謝罪なんて求めてないよ。女の子とえっちな事して嫌な男子なんて居ないでしょ」

「……お兄ちゃんは違うもん」


 そう。お兄ちゃんはそんな有象無象とは違う。


「どーかなぁ~夏君ってスケベだから」

「……それは否定しないけど。お姉ちゃんだって分かってるんでしょ」

「……なにが?」

「……あたしが謝りたい本当の理由」

「……」

「お兄ちゃんが……!」


 お兄ちゃんは本当に最後の最後まで、あたしを拒もうとしてた。

 ただあの一言を言った瞬間、ようやくあたしに手を出してくれた。


 だから──


「……お兄ちゃんがあたしとしてくれたのは、あたしが好きだからじゃない……!!」

「……美亜……」

「……あ……ごめん……大きな声出して……」


 気付くと、涙を溢していた。

 

 あたしの声に反応してお兄ちゃんがぴくっ、と動いちゃった。


「……んん……くかぁ……」


 でもお兄ちゃんはそのまま、また寝てくれた。

 ……良かった。今のを聞かれてたらお兄ちゃんにまた責任感を負わせる所だった。


 涙を止めて、この話は早く終わりにしないと。


「お姉ちゃん。あたしはもう使える武器は全部使ったよ。隠し玉なんかがあるなら、さっさと使わないとお兄ちゃんを奪っちゃうからね!」

「ふふっ、言ってくれるね~。でも逆だよ美亜」

「ふぇ?」


 お姉ちゃんは信号で止まった後、ちらっとだけあたしを見た。

 その瞳は恐ろしく冷たく、仮にも妹に向けるような視線じゃなかった。

 

「……最初に私から奪ったのは美亜なんだよ。もう一回聞いてあげる。覚悟は出来てる?」


 これまでの人生、あれ程温度の無い笑みを見たことがない。

 だけど、怯まないよ。あたしは!!


「それを言うならお姉ちゃんが先に奪ってるんだから!このワガママ!!」

「はい~?ここで降ろすよ??」

「あ、ごめんなさい。それだけは勘弁して下さい~!」


 お姉ちゃんはつーんと唇を尖らせて運転を再開した。

 本当、大学生にもなって子供なんだから……


 はぁ……


 やっぱり今日はお姉ちゃんが居たから、きちんとお兄ちゃんに謝る事が出来なかった。

 まぁでも、お兄ちゃんとのデートを取り付ける事に成功……!


 ──お姉ちゃん、あたし負けないから。


 このデートで絶対にお兄ちゃんの心を手に入れるんだから!!

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