500kmの距離を乗り越えて海水浴に行くも幻に

栗原慎一

第1話 500kmの距離を乗り越えて海水浴に行くも幻に



金曜日の夕方18時半 

会社を涼子さん定時で無理くり退社して

チームでお世話になってる整備工場に到着する


涼子さん定時とは、お局様の涼子さんのスーパー定時

5時28分には、タイムカードのマシンの前に立ち

29分にはタイムカードを手に持って、定時の5時半を待つ

5時半ジャストにタイムカードを打刻する という定時だ


俺一人でやるとド叱られるが、今日は涼子さんが前に居る 無敵だ

涼子さんの後ろに並んでタイムカードを打刻して定時で退社してきた


整備場の片隅のバイク整備スタンドに乗っているマシン


「藤田 どんなんだ」と訊く俺 大円


「もうちょっと掛かります」と整備中の藤田


見に行くと、シリンダーが外れてる

「え シリンダーが外れてるんだが?」と訊くと言うか見れば解る


「大丈夫ですって 12時までには組み上がりますから」


「おい 明日は間瀬だぞ 鈴鹿みたいに朝出ればいいわけじゃない

 500kmもあるから12時に出発して車検がギリだぞ」


「大円さんと浩二が運転で 俺は寝て行きますから」とクソふざけた藤田


そもそも今回の間瀬

余裕で整備して、20時には速攻で出発

サーキットの前の海水浴場で泳ぐ というミッションがメインのはず

そのために頑張ってきた


歯車が狂い始めてる

寺泊で、魚の串焼きを食う時間もない


「はぁ〜」と溜息を付きながら

家に帰り飯を食い風呂に入り22時に整備工場へ

浩二も来てる

エンジンは組み上がり、補機類を組んでる最中

23時半には、組み上がり トランポに乗せる


「大円さんの方針だけとキツイよね」と浩二


そう、チーム監督兼キャブセッターの俺の方針で

マシンは命を乗せて走るライダーが組む

を徹底している


キャブセットだって、気温気圧とライダーの感触から上下を言うだけ

実際にスクリューを廻すのはライダー本人

後方排気のTZ250でストレートで焼き付いて、とかの責任は取れない


そこまでの、金も貰っていないというか、持ち出しだ

飯も奢れば、高速代も出してるしな

やるならキチンとプロを雇うか、本人の責任の範囲内で頑張る


出発して中央道で行けるトコまで行って、後は下道をひたすら北上していく

8号に入る手前で、浩二と運転交代 居眠りしてたら

浩二がネズミ捕りに引っかかって青キップを切られている


新潟県警 こんな夜中に・・・・・


翌朝の10時少し前に日本海間瀬サーキットに到着

藤田を叩き越して、ギリのタイミングで車検に向かう

二人して、MFJのライセンスカードを提示して

藤田は国内B級 俺はピットクルーライセンス


藤田は全責任は自分ですの誓約書にサイン

俺はやらかした時にちゃんと引き取りますの誓約書にサイン


まいどの事だが、藤田がやらかしたら俺が藤田の親に

「藤田くんが亡くなりました」と言うんだよな と思う

あれ、浩二が来ないけど と不思議がりながら

そんなシビアなことを考えていた


車検を終えてピットに向かう途中で

トントンと肩をトントンされ振り向くと美人さん二人組

一人は佐渡でコナ掛けた新潟市内在住の由実さん

もう一人は知らない


去年の秋 佐渡のレースでの運営で一緒になって

写真とか撮ってくれて、焼き増しした写真を送ってくれたり

俺も撮った写真を焼き増しして送って

由実さんと文通をしていた


手紙で、今日 間瀬に行くから良かったら来てね と送ってあった

一昨日、行けそうなので、お弁当作っていく と返事が来てた


皆でピットに行き、缶ジュースを飲んでおしゃべり

由実さんから景子さんと紹介される


車検後にライダースミーティング

午後の予定が、11時からに変更と 車検時も言われ

公式通知板にも張り出されてる


てっきり浩二もピットクルーライセンスを持ってると思い込んでて

任せて由実さんとデートに行こうと


「浩二 任せた 俺は由実さん達と海水浴に行く」と我儘を炸裂させるが


「大円先輩 俺 ライセンス持ってないんで」と浩二 続けて

「俺が由美さん達と海水浴に行ってきます」とほざく


完全に歯車がズレてしまっている


浩二に左ボディを入れてから

しかたなくライダーズミーティングへ藤田と向かう


意外とマーシャルが柔軟で、チーム員全員入っていいですよと言ってくれて

ダッシュで由美さん達を呼びに行く


「へぇ、レースってこうやって始まるんだ」と興味を示してくれる

でも、一回体験すれば の感覚に見えた


お昼になり、由実さんと景子さんの手作りのお弁当を美味しく頂く

タイムスケジュール的にガチのレースモードに切り替えないと

予選の通過も危うい


海水浴は無理 キャブセットで忙しい


景子さんの「せっかくビキニを新調したのに」の言葉に


藤田を見捨てて海水浴に行き掛ける俺と浩二

しかし、コースを走るとなるとピットクルーライセンス保持者が

ピットに居ないといけない


「由実さん ピットに行きましょう

 美人さん二人のピットボード 自慢できます」


「あら美人さんとか」と景子さんもにこやかになり


ピットウオールに美人二人 しかもTシャツの袖まくりにショートパンツ

強豪チームかと他のチームに勘違いされて、タイムも計測される


しかし、藤田がしょぼい キャブセットを繰り返してなんとか

予選は7番手で通過レベル

まぁ、昨日の19時でシリンダが外れてるようじゃ上出来だ


予選も終わり、お茶をしながら集まっておしゃべり


「ねえ 佐渡って運営が代わったんだよね」と由実さん


「そう、地元に全面移行した 俺達お払い箱」


「大円くんとはもう会えないのか 寂しいね」と言われ


「間瀬までは来るから 美味しいお弁当をよろしく」と頑張るが


返事はなかった


夕方に新潟市内に向けて出発する美人さん二人


「きれいなお姉さんでしたね」と18の浩二


三人で見送る

翌日の決勝を6位入賞で終える藤田

ヨシ シリーズのポイントが取れた と三人で祝う


もう、それしか祝うことがない

とにかく6位入賞を祝う それ以外は考えない

昼過ぎに表彰式も終わり、また500kmの道のりを移動し始める俺達


結局、海水浴は幻に終わった

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500kmの距離を乗り越えて海水浴に行くも幻に 栗原慎一 @kurihara_shinichi

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