第51話 菀核生存

二人に連れられるまま、一の線を描くように歩き続ける。

双方美しい容姿を持つ美少女であるものの、片方は右手に血塗られた一刀と、左手に先ほど刈った肉塊しょうじょの、亡骸らしきものを握りしめていた。

明らかにタガの外れた獣の所業としか、思えない異物であった。

しかしこんな虫すらも寄りつかない場所に獣は当然居ない、この凄惨は全てこの二人の少女が作り出したのである。


追随するかのように後ろを歩くだけで、否応なく血生臭いが香る。

コレを目に捉えると、呼吸と歩くことだけで精一杯になる。


「にしてもマフユ、この子少しおかしいと思わない?」


すると先ほどの凄惨を握った少女の、左に居る白髪が背まで伸びた少女が声を鳴らした。

その声に次ぐかのように、白髪の少女の隣にいた、赤髪を揺らす少女が声を漏らしたのだった。


「弱すぎるから?」


少し自信がないような声色で、白髪の少女に言葉を返した。


「それもあるよ、でもこの子……誰かに扱われてる気がする、いや誰かに操られてる?」


顔を少しだけ左下に傾け、疑問だらけの声を放つ。

当然そんなことを言っても、死んだか生きたかわからない、骨肉の塊が口を開くはずもない。


「と言うと?」


「なんだろう、言葉遣い……は元からだと思うけど、どこか攻撃に"躊躇い"みたいなのが見えたり?

んーなんて言い表せばいいんだろ、でも何か動きが変だった」


白い髪を揺らす少女は、血液に塗れた人であった肉塊に目を向けながら、思考回路を展開する。

顔はよく見えなかったものの、刹那に彼女の顔に備えられた赤い目が垣間見えた。

その動脈血のように赤い瞳は、肉塊を蔑み睨むかのようであった。

優し声色からは想像もできないほど、悍ましく全身の毛穴から、生汗が漏れ出しそうなほどであった。


「それって気のせいではないの、コレが戦闘中に少し疲れてたのを、躊躇いに見えたとかじゃない?」


すると白髪の少女の対となる右に居る赤毛の少女が引き摺る肉塊の胸ぐらを掴み、芥かのように粗く持ち上げた。

肉塊からは湧き水のように、少しばかりのなぞるような血が流れた。


「うへぇ……我ながらだけど、コレはちょっとやりすぎたな。

動かしたら血を噴くし、私の服が汚れちゃうかも」


無慈悲と自己主義の頂点を、冠したような台詞を吐いた。

この言葉を契りに肉塊の扱いは、暫し粗くなったのは言うまでもない。


「血が付いたら異界幻像で着替えぐらい、出してあげるから大丈夫だよ」


白髪の少女は相変わらず肉塊から目を離さず、言葉を兼ねているかのように語った。


「ありがと」


赤毛の少女も肉塊を芥のように扱いながら、自分の欲に応えてくれた事に対し、ポツリと吐くかのように感謝を述べたのだった。


その一寸先の視界に広がる光景は、普段の“正常”からは隔絶していた。

しかしこの灰色の異様な世界の“正常”からは、全く隔絶していなかった。


「さぁて……早いとこ目的を完遂するために、この世界から出ないとね!」


赤毛の少女が声を垂らした。

それは先ほどの残虐にまみれたような声ではなく、活気を取り戻した眩く声であった。


「出るって……ここは、郊外の一部ではないんですか?」


少女に疑問を投げかけると、こちらの顔を琥珀色の目の端で睨み、少し積悪が垣間見える微笑みを見せ言った。


「ここは一部でもないよ、そして地球でもない。

ここはこの子が作り出した心の中というか、この子の結界みたいなヤツかな、規格が違いすぎて結界の範疇ではないけどね。

でも言えるのは、此処は現実じゃないよ」


声の成分は活気に満ちつつも、少しの濁りが混じっていたように聞こえた。


この言葉を持って、誰かが作り出した不自然極まりないこの世界も、元の世界と全く区別がつかなかった。

地面ここに立って息を吸い、風が頬を切り、心臓が鼓動している。

その全てが精巧で現実的であった、これをどう区別しろと言うのか、どこを現実でないと自覚しろと言うのか。

彼女の言葉が、一切れたりとも理解できなかった。


「その顔は現実味がありすぎて、逆に困るって感じ?」


鼓膜に生息を吹きかけるように吐かれる声は、思考の核を貫いていた。

腹の底が、痙攣のように少しだけ揺れた。

彼女の言葉には一つも誤解は、一文一句も含まれていなかった。


「え……あ、顔に出てました……?」


焦りと疑問を均等に混ぜた言葉を、目の前に佇む彼女に放った。



投げかけた質問が時間に少しの空白を開いた。

すると舌先を下唇と上唇で挟み、切り替わるように舌先を瞬く間で収め、こう答えたのであった。


「出てたよ〜、もう顔全体を覆い尽くしてたもん」


純粋に包み隠さず笑いながら、彼女は氷の結晶のように美しい声を出した。

体全体に凍えつつ、溶けるような甘さが充満した、筋肉も骨も舌で舐められるような感触であった。


「そうですか……」


体が老い病んだような、か細く息吹に等しき声を彼女へと開いた。

相変わらず彼女の顔色は、屍人のような声を聞いても、一弦も揺るぐことはなかった。


「まぁまぁこの話はどうでもいいか」


彼女は楽しげに話の端を切り落とした。


「むー……と言っても、脱出方法は……」


ひとりでに新たに話を切り出し、瞬く間に声を閉じ、口を尖らせ何かを考え始めた。

その顔を刃物か何かを突きつけるかのように、睨むかのように覗いた。

深い意味はなくとも、そういう目つきで彼女を覗いた。


「……んん? どうしたぁ?」


赤髪の彼女が心配するような表情で、話しかけてきた。

不安を糞のようにぶちまけたくなるような、心配を溢れ返させる顔色ではなく、パン生地や餅の如く柔らかかった。


「んえ、なんでしょうか?」


咄嗟に肺から息を放り出し、声帯を通し声に加工した。

彼女の声に対し、モデルガンの弾を撃ち放つように返した。


「ああ、いや。なんでもないや」



「ねぇねぇぇ」


その途端、脳幹に響く中枢神経を握るような、形容できない柔らかい声が聞こえた。

指の第一関節をぶち折るように、声の標をたどり視点を移した。


「どうしたぁ?」


己が身の横に立っていた少女が、標の先にいた白髪の少女に声を返した。

声は風に吹かれて世界に届き、世界を介し声が耳に響く。

銃口から吐き出された弾丸のように、真っ直ぐながらも揺れるような声であった。


「この子がこの世界を作ってるのなら、殺さないと世界から出れないんじゃない?

この子自体が、世界を閉じる南京錠のカギになってると思う……し」


逓送された言葉の内容は、なんとも幻想的で殺伐としたものであった。


「なんでそれがわかるんですか? ここの様相は、郊外と大差ありませんよ?」


「ああそう思った理由? そりゃ、これを見ればよくわかるよ」


すると彼女がいつも恨み纏いに振り翳している、真っ黒い剣が呼吸よりも早く現れた。

そしてそれを、地面に深く突き刺した。

あくびほどの短い時間が刻まれた時、剣身の空いた隙間から紫色の粘性かつ液状の液体が漏れ出した。

その液体は、水溜まりほどの大きさまで広がった瞬間に、まるでベリーのような甘く酸っぱい匂いを撒き散らした。


「うっ……」


撒かれた甘酸っぱい匂いは、芳醇なものではなく、大量の砂糖を粗々しく煮詰めたような、肺と食道が疼くような香りであった。

ただ、気持ち悪い。


「多分だけど、これは……よくわからないや。

私でも見たことないし……それに、君に聞かせて君がおかしくなったら、私もおかしくなるからね」


柔らかくない、黒炭のような暗い色を纏わせた声であった。

それから香るのは、先ほどの紫の何かよりも、よっぽど腐ったようなものだった。


「んん……そうかぁ、そうだよね。これは腐っても魔術、こういうタイプの魔術で一番強いのは、ゲームマスターである開いた本人だよ。

でも……こいつらは核という人間の心臓とか、脳中枢に匹敵する部分がある、それを破壊しなけりゃ死なない。

維持ができなくなるまでの魔力切れも期待できない、なんたって大魔力を吐瀉物みたいに吐き捨てるような、力任せの攻撃……人間では尽きるまで待てないよ」


希望をヤスリで擦り減らし、不安を煽る事しか能がない、言葉を子守唄を綴るように長々と放った。

声の調子は進むごとに下へ下へと、階段を下るかのようであった。


「……いや、待って」


何か閃いたのだろう。

漂う空気たちに語りかけるように、台詞を吹き出した。


彼女の顔に視界の照準を合わせた。

まるで氷でも纏ったかのように、未来さきを睨むかのような目つきであった。

もし誰かを睨んだのだとしたら、末端の神経を凍死させるものになるだろう。


「コレで行けるかも」


そう針穴に糸でも通したかのような、声色でつぶやいた。

腰掛けていた石段から体を引き剥がし、灰色の地面に立ち上がった。


「ねぇ神崎くんとカエデ、君たち二人の力を借りたい」


ほとばしるような真っ直ぐな声で言った。

その言葉は全身で飛び込み、聴覚の神経を突き摩るようであった。


「なぁにぃ?」


「なんですか?」


道の先を行くかのように、白髪の少女が声を振り出した。

その背をつけるかのように、赤毛の少女にボールを転がす勢いで言葉を返した。


その声を聞いた少女は、言葉を理解したぞと言わんばかりに、微動程度に小さく頷いた。


「君たち二人が行使できる、魔術についてもう一度聞きたいけど、自分が想像したものとかを実現できるものだったよね?」


「そうだけど?」


その落とされた一筋の言葉を聴した途端、笑いを混ぜた不安定な言葉を漏らした。


「そう、そうれはよかった。ならこの状況を、最も切り抜けられるのは、君たち二人だけだね。

本当に運命的だ……」


どことなく狂気的で美しく、感情の器に注がれた喜びが、表面張力まで達していた。


「じゃあ、私の策ってやつを話す。

少し脳みそを、柔らかくして聞いてほしい」


「私が考えたこの世界からの脱出方法は、この世界の前にいた、郊外の姿を思い出してほしい、だけどそれは簡単な話じゃないのは目に見えてる、この世界は郊外とほぼ瓜二つだ。

だから……」


そのセリフを閉じた途端、懐に収めていた刀を牙でも向いたかのように引き抜き、それを先ほどの彼女と同じように地面に突き刺した。

数秒が経ったのち、しばし笑いながら引き抜いた。

すると事を読んだかのように、寸ほど前に見た紫の粘性の液体が、地面の切れ目から甘いような生臭い香りを放ちながら溢れかえった。


「コイツを口の中にぶち込んでみる?」


語りながら、生物的な香りすら立たせる液体を右手で掬った。

紫の何かは彼女の掌から脱出するように、四方八方に揺れる不規則な流動を作り出していた。

まるで生きてるかのようで、精神の奥側が抉られそうになった。


「あーやめておこう、これはお腹壊す」


掬ったものを、元いた場所に還すかのように、優しく掌から溢した。

その粘性の液体は胸が悪くなるような、気持ち悪い流動を見せながら、硬い地面に降り立った。

その粘性の何かは屍を真似たかのように、一ミリも動かなくなった。


「ま、口に含むのは無しとして。とりあえずね、この香りを嗅ぎながら魔術を発動してみて。

明らかにこの世界にはない、気味の悪い香りだから、元いた世界の情景が頭の中に泡みたいにたくさん湧き出るよ」


「じゃあ、誠心誠意を持ってお願いする。

……頼む」


すると彼女は言葉の種を全て引かせ、喉を押し黙らせた。


「んじゃ、やろっか」


問いただし願う言葉が飛んできた。

切り付けてくるような、粘液みたく甘くて生々しく、どこか優しい声色だった。

 

「七星クン、私を抱きかかえてくれないかな?」


「はい……」


その言葉の道理に従い、彼女の腹部に腕を絡ませ抱き抱えた。


紙製の球のように、肌身で感じられない重さが、腕の中に舐めつけるかのように染み込んだ。

雪よりも白く柔らかい髪が顔全体を拭うかのように、顔縁の一線一線に張り巡らされた。

メープルシロップのように、甘い香りが髪の一本ずつに存分かつ贅沢に漂っていた。


「大丈夫? 無理なら下ろしてもいいんだよ?」


彼女の髪の触感と寸分も違わない、柔らかい声であった。


「いや、大丈夫ですよ」


耳打ちかのように、彼女に言葉を放った。

彼女は少しだけ首を回した、細密には横顔がやっと見えるほど回した。

そして、指関節を折るかのように小さく頷いた。


「ふぅん、ふ」


これまでに一度として聞いたことのない、なかなかに特殊な返答であった。


「……思いだして」


パン生地を撫でるようないつもの声で、彼女が喋った。

それと同じほど柔らかい手で、己手を握ってきた。

手には蝶が羽を叩くほどの力もこもっておらず、まさに無力そのものであった。


「灰色の石造りとか、鉄人形とか。あとは……異様に大きく開いた、かなり前に見た、ビルの中に開けられた訳のわからない、情景と不釣り合いな穴とかさ」


食材を綺麗に、真っ二つに切り落とすような声が神経を握った途端、記憶が侵食されたみたく片付けきれないほど多くの景色が、記憶の中で破裂するように錯乱した。


過去に見た記憶が、カラー映像と化し無作為に頭を侵した、まるで他人に支配されたかのようだった。

胸の奥をひしひしと嬲り掴まれるような、言葉では言い表せないものすらも感じた。


「七星クン……息が少し荒いね、その雰囲気じゃ思い出したみたいだね」


彼女の奥底まで弄るような声は、心のを見透かしているとしか言えなかった。


「さて……前座が長すぎたね、私が魔術を発動する。

君は私を抱えるだけでいいよ」


「でもそれの手順って、俺が魔術を発動ないのでは……」


疑問を浴びせるように投げかけた。

しかしそれを既に分かっていたかのように、変わらない声で文字列を返した。


「大丈夫、大丈夫。私がなんとかするからさ」


「……そんなこと言わないでください。

自分もあなたを助けたいんです」


「……つ」


彼女は軋むような小さな声を漏らした。

だがそれでも彼女の心は乱れておらず、刻も経たないうちに言ったのである。


「そう、そうか……うん、そうだよね。

私が一人で抱え込んでただけだった、なら君の力も貸して……」


「はい」



「……魔術起動」


冷水を撒き散らしたかのような、痺れるような空気が周囲を染めた。

それは己と彼女を囲むように、グルグルと回るように迸った。


「編纂。灰白。岩壁……。

七星クン、君も起動して……そして、見たもの全てを口に出して」


「わかりました。

魔術起動……」


水色の雨粒が割れたような、ここの中のどこかが割れたような、炸裂のような……。

今の領域では理解できないような、何かがあった。


巨大な鉛筆で描いたような丸く黒い大穴、死んだ生物が重なったような灰色のコンクリート、そして郊外を囲む有刺鉄線の金網。


「大穴。灰色。鉄条網……」


「良いね、上出来だよ」


ただの言葉並べであるものの、その重みは何人もの人の感情を抱えるようなものだった。

であるのならば、彼女が称賛の言葉をかけるのも納得であった。


「さぁ来るよ、私と君の意思を無視して動くこの魔術は、気まぐれに息を吹く」


彼女は小難しいような声を放つと同時に、俺の両腕を握る力を強くした。


「さて、肩を少し借りるよ」


後方側から背筋を凍らせるような、牙を少し剥き出しにしたような声が耳の中で灯った。



目の前に配膳された空気を吸った途端、後頭部と踵から体が落ちた。

何もないところに。



第51話 終

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