第48話 黒紫

黒々空くもは相変わらず、ずっと太陽を隠していた。

まるで世界の目を抉りつぶしたかのように、完全に地上と切り離していたのだった。

その光景は、これから先に歩むだろう旅路を、まるで模していたかのようだった。

どうしようもならないという未来を、どう足掻いても変えられないという運命を。



だから、おとなしく……雲隠れに隠居しておけばよかったのだ、鎖に縛られたかのようにその停滞を謳歌しておけばよかったのだ。


────それでも、自分の蒔いた種は最後まで自分でカタをつけなければならない、それがいくら困難なものでも。




「…………くっら」


「何があったのかわからないが、前触れもなく空の顔色が入れ変わったんだ」


「…………」


そこには三人の男性が立っていた。

黒髪の中肉中背、中肉中背の白髪、そして金髪の傷を肌に作った巨漢であった。

そしてこの紹介の順は、台詞をこぼした順である。


「にしてもあの二人……いや三人か、逸れちゃったけど大丈夫かなぁ、ここは危ないって言葉の具現みたいなとこだし」


「大丈夫だと思うぞ、あの中にいる赤髪のヤツは戦力的になかなかに高い、下手を踏まない限りは生き残れる筈だ。

ま、下手なことを避けるのは……ムリかもしれんが」



「その根拠は……?」


先程まで無口であった金髪の巨漢が目、でも醒したかのように、口を開いたのであった。


「はっきりとした根拠は言えん、そこは許せ。

だが、あの中にいる黒髪のパッとした特徴がないアイツ……アレは、"その場にいるだけで問題を引き起こす、芸物品アーティファクトみたいなもんだ"。

直感でアレは、危険問題エマージェンシートリガーだと俺は思った」


「……なるほど」


長々と語られるセリフを頷きながら、語られた文を脳内で処理をする。


「ねぇそんなことよりさ、何でこんなに空が暗くなってか、原因を探さなくていいの?」


三人の中で大した特徴がなく、最も背の低い人物が声を上げた。

嘆くかのような声調で、まるで駄々を捏ねる子供のようであった。


「ああそうだったな……だがそれも視野に入れるべき重要な事案だが、まずは自分たちの水回りの確保が重要だろう。

とりあえず、はぐれたあの三人を見つけ出すぞ」


「同感」


白髪の無愛想な男が語り、金髪の男が頷くかのように返答をした。

それもまた、液体窒素の方が暖かく思える程、無愛想かつ冷淡な響きだった。


「というか───話の根底を切り壊すかもしれないけどさ……。

あの爆発に巻き込まれて、三人が生きてるかどうかもわからないし……そもそもこんな流暢に話してるけど、僕ら満身創痍ギリギリの大怪我人だよ。

このボロボロの状態で、どうしろって言うのさ」


そう。

何もないかのように会話をしているものの、各々の身体には、コンクリートから剥き出た鉄筋が刺さったり、まるで斬撃を喰らったかのような切り傷が腕や足やらに切り刻まれている。


「確かに……ガラス片の痛みはほどほど感じないが、血が噴き出るのは死活問題だな」


その肉付けではあるものの。

身体からは……普通の人間ならば、目が飛び出るほどの血を流しているのである。

それこそ表現するならば、湧き水のように止まることを知らないほど……と言うのが適切だろう。

つまり、放置したら死ぬのである。


「だが……無理に引っ張り出したら、次は鉄砲水になるかもしれん」


カートゥーン風な可愛らしい表現をしたつもりだが、想像出来る情景はただの地獄絵図甚だしいものである。


「治癒魔術は使えるけど……魔術を濫用したら、洒落とか抜きで大変なことになるからね、自身に使うのならばまだ良い、だけど他人にしかも二人に使うのは骨が折れる、たましい幾つあっても足らないよ」


生死だけを語ったようなセリフを口ずさんだ。

とりあえず重要箇所をつまむと、治癒はできないという、短い結論だけが残った。


「魔術の対複数人使用か……確かに魔術は元来、一対一を想定しているからな。

複数人に対して使用する場合は、複数人を一つの個体として捉えて使うが……並の魔術師には、到底できない所業だしな」


諦め混じりに言葉を放ち、しまいには肩を落とすような文尾となった。

まさに"どうしようもない"という、崖淵に立っている状態であった。


「詰まるところ、遠廻りの苦労をかけなければ、この傷を治すことは不可能……ということか」


「そうなるね! はぁ……」


この事実を突きつけられた三人の内と周りの空気は、冷たくかき混ぜたかのように澱んでしまった。


「こりゃ困ったね、小説の文章みたいに"頭を抱える"って軽々しく綴れないよ」


「そう言う割には、ずいぶんと軽口に言うじゃないか」


「口に出す分には痩せ我慢、本質は困難極めてる」


困り果てた声色でモノを語った。

それを表すかのように、黒髪の魔術師は怪訝な表情で腰を下ろした。


「これからどうしようかな、状況は八方塞がりで、手も足もろくに動かせない状況だし」


「だが……ここから不動を喫するわけにもいかない、できることは手を打たなければただの無力と変わらんからな。

いくら強かろうが自分で何もできない奴は、無力。

自分でできるやつこそが、本当の意味で力を持つものだからな」


「そういうこと、だから私たちも行動を起こそう」


おろした腰に力を込め、気だるそうに立ち上がった。

おおよそ気だるそうに見えるのではなく、本当に気だるいのであるが……。

こんな揺れて流動する空気にも、嫌な気配を人に身に施すような呪いが、込められているのではと思ってしまうほど。


この風の中を貫くように歩くとなると、息が詰まりそうになりそうだ。


「さてさて失せ物探ししましょうかね、あっちから来ってくれても良いだろうに」


「それはあっちも思ってるだろう、無駄口叩かずに行くぞ……お前が蒔いた種だろう?」



「…………ははは、そうだね」


そうだ、この種は俺が蒔いたんだ。

”反逆しよう“だなんて自分から誘っておいて、ここで足を折るわけにはかない。

こんなふざけたように折るなんて、絶対に許されるわけがない。

……行こう。




灰色都市・廃ビル内



「よしよし、大方は片付いたか。死んだか生きてるかはどうか知らんが、まぁ動けないのは確かだな」


気色悪い音が耳を突いた。

何かを貫くグロテスクな音を、嫌々と聴かせられ続けた。

人殺しのオペラと言えば、綺麗に聞こえるかもしれない、全く芸術的な音ではなかったけど。


「この白髪のガキは……」


その声が途切れた時、腕の内から何かが抜け落ちる感覚が理解できた。

空気が貫くように、水が流れ落ちるように、何か形を持ったものが無くなった。

そして極め付けに……どうしようもなく、不快になった。


「一応生きてはいる……か、なら良かった。怪我を負ってるみたいだが、生きてるのなら立ちはだかる山にもならん」


その独り言が終わりの根を張った途端。

舞い戻るかのように、手の内に何かが添えられた。

その何かは間違いなく、先ほどまで抱えていたものであった。

決して離すことができない、大切としか語れないものだった。



其れを侵した声の主は、どこかへと消え去っていった。

まるで深霧のように、その気配を雲散霧消にしたのだった。

身体に染み付くような異質な気配は、完全に過去の出来事として、身体からは洗い流されたかのように消えていったのだった。


“身体、相変わらず動かない”


心中で言葉を語った。

しかし、痛くもなんともない。

この言葉を口に出したのならば、それは無感情極まりない調べだっただろう。


風が流れ続ける、身体を切り付けるように冷たい風。

身体は海底に浸らされたかのように、体の感覚が死んでいくのがわかる。

血の母親のように優しい温かさも感じない。


「────、───」


朧げにどこからか囁くような声が聞こえた。

寒空の元で吐いた白い息、そのものとも言えるほどであった。


「い──ったぁぁい!!」


その声は瞬く間に、鉄鋼同士を擦り合わせたような、非常に高い音が響いたのだ。


「あぁぁぁぁぁ!」


それは次第に肥大化し、大気を全て支配したかのように、甲高く響く声で空間の全てを奪ったのだ。


「あああああああ!」


甲高い声が続け様に響いたものの、まるで氷柱が落ちるように、一瞬にして言葉が途切れた。


「逃しちゃった……足一本は奪えそうだと思ったのに、こっちが足掬われちゃった」


その声は呆れと悲観混じりの言葉を、呼吸のように吐いた。


「……と、そんなことばっか言ってちゃ厄か。

ああ、やられちゃったのか。これは私が悪いね」


その言葉が脳内を横に貫いた途端、身体が持ち上げられた。

軽々と身体全体が空気になったかのように、フワフワと浮いたような感覚になった。


「いけるかな……メメントモリ」


その言葉が唱えられた途端、置物のように動かなくなった身体に、動きが与えられたのだった。

いつもみたいに腕も手も、生き生きとして動いてくれる。


「どう? 答えられる言葉を出せるかは、分からないけど」


そう後ろから言葉が投げかけられた。

答えようと喉仏を動かした途端、それを先越す言葉が耳の中に流れた。


「う……がっ、う」


苦しみもがく声が聞こえた。

まるで死にかけの鳥獣のように、のたうつような声であった。


その声に誘われ体全体を用い、後ろに振り向いた。


「……起きたの、早過ぎない? いやこれは、どっちかといえば再起動とかに近い?」


淡々と冷たく語る彼女を横目に、その声の主は地面に倒れている。

その時。


「死ね」


誰かに向けて言葉の矛先が向けられた。

まるで銃口を突きつけるかの如く。


時が一刻動いた。

その時、まるで神話の獣がうめいたかのような音が響いた、空間に音壊れるが炸裂した。

それに気づいた時には、足が空中そらに浮いていたのだった。


第48話 終

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