第47話 天使無双

部屋は一片たりとも残らず、全てが光に包まれた。

当然、部屋の中の殺風景な景色すらも、部屋を支配する光に全て奪われた。


「何だこれ……綺麗だ、綺麗すぎる。何も見えないけど綺麗だ……」


本能のまま言葉を放った。

すごく綺麗だったから、すごくすごく綺麗だったから、そのまま言葉が出た。

万華鏡やオーロラすらも足元に寄せ付けない、美しさが広がっていた。


が、気づけば目の前には、白灰色のひび割れたコンクリートが造られた、冷風流れる部屋に座っていた。

手元にはマフユが傷つけた、巫女少女が眠っていた。


「ホイッと、複雑で完全には修復できなかったけど……まぁ、大方は治ったからいいか」


不吉な言葉が耳朶を駆け抜け、鼓膜を撫でるように触れた。

一瞬、背筋を巡るように嫌な予感が走ったが、頭の中で言葉を読み直し、大丈夫だと理解した。

“大方は治った”と言っていたから。


「あぁ……でも逝った意識は戻らんか、ここで戦力が削られるのは若干痛手だね」


カエデの身体を修復したマフユは、躊躇いなく嫌な言葉をこぼす、周りが見えているのかいないのか、はたまた聞こえるような声でわざと話しているのか。

彼女の言葉のピースを思いだすだけで、全管に嫌な予感が走る。

聞くだけでも辛いが、現実を忘れぬよう見つめられると考えれば、苦薬も受け入れて飲みこめる。


「むぅ……」


呻き声を口から漏らす。

言葉に促され心配を昂らせる心を、抑えるために放ったモノ。

それ以外のコトは一切ない。


そしてその場に漂り帰ったのは、無性の静けさであった。

本当に何かが起こるかという予感を、感じさせないほどの何もない静けさだけであった。


「よぉーし神崎くん、カエデの傷はぁ治った私が背負うから、大事が起こる前に


そろそろこっから出よう、ソレが万が一目覚めて奇襲でも食らったら、肉体丸ごと消え失せるよぉ」


末恐ろしい言霊を平然と吐息をするように、自然と語ってくる。


その言葉を理解しつつも、唖然と立ちすくみそうに足並みが狂った。

だが、そんなことは普通と自らに叩き打ち、もう一度足をそろえた。


全てを整えて身構えの息も吸わずに、いつもみたいに歩み始めた。

初めて歩いた日と、同じ歩き方、同じ体勢、同じ均等な力で。



寂しげに足音が響くビルの中を、何時か歩き続けた。

肌には既に冷気が染みきっており、気が付けば些細程度の寒さすら感じなくなってしまった。


「お、神崎くんあともう少し歩いたら、数分ぶりの外との再会だよ」


何も考えまいと思った矢先、マフユが声を上げたのだった。


「あ……はい」


その言葉に何と返すか言葉のピースが見つからず、定型文そのもののような文言を空気に包み送り返した。

本当に機械のように無機質だな、と自らを身の内で嗤った。


コンクリートに小綺麗に切り分けられたガラス枠から、これまた超新星爆発ほしのおわりのように明るい陽光が差し込んでくる。

網膜に一寸ばかりの暖が走った、併せて鉛の針が刺さるような痛覚を理解した。


しかしそれだけでは完結することはなかった。

続け様に日光が照射された自身の肌に、焼印でも押されたかのように、熱針を刺されたかのように……ただただ痛いとしか言えないものが、肌の上を駆け巡ったのだ。

それは人肌では耐え難いもの、魚を人の素手で掴むのと同じだ。


「マフユさん……少しいいですか?」


囁くように彼女に言葉を掛ける。

声帯が潰れたと思われるほど、掠れた声を発したのだった。


「…………」


「マフユさん……? ここ────」


その時だった。

彼女は懐に帯びた刀を引き抜き、床に叩きつけたのだった。

俺はその行動に毛頭たりとも、理解ができなかった。

鉄と床がはじきあう途端、鋭い音が響いた。

音はその場に俺の体を縛りつけ、動きの一編すらも封じたのだった。


「これ厄介のが来た…………ねぇ神崎くん、カエデのこと頼むよ」


その途端、刃先から氷が広がった。

ガラスが割れたように、灰色の床が冷たい氷に変わった。

冷気に慣れきった身体に、またもや冷たいという感覚が舞い戻った。


「さて、死ぬ準備っと。でかい花咲かせて、一発で此方首を飛ばそう!」


彼女は上空うわぞらを仰ぐように、腹の底から声を上げたのだった。

両腕を広げながら、笑うかのように語った。

それは狂気とか、そんな言葉で表せれるようなものではない。

ただ、彼女は笑っているように見えた……そうにしか見えなかった。


「こいよ。化け物」


熱膨張するように、太陽が一段と熱くなった気がした。


「……」


それを身体に感じ取り、意思に反して体が動いた。

”体“は足を意のままに動かし、太陽が当たらない位置に移動した。

まるで死期が近い老人のように、足を引きずりながら動いた。


「掛かった」


白い霞に消えるような意識の中、そんな声が耳うったのだ。

その声に嫌々しい何かを感じたものの、それに対抗しろという、判断を身体に下すことはできなかった。

その声は、"敵の開いた窪みにいる"ということだった。


「……神崎!」


フラっと虚無の淵に落ちるほどまで、意識が霞んでいた時。

名前を激しく呼び捨てる声が聞こえ、煙が消え去るかのように、一瞬にして朦朧とした意識は覚めたのだった。


目覚めて早々、嫌な予感が背をなぞるように走った。

刹那すら置かずに、体を少し左に回し、首を限界まで後ろに向けた。

一瞬、視界が霞に覆われたものの、それはすぐに晴れた。

視界が認識したのは背中に迫る、黒々とした何かだった。


「…………つ」


避けようと体を動かしたものの、先手を打ったソレを越すことは、一切敵わなかった。

黒い何かは体の鳩尾あたりに突き刺さった。

肉が綺麗に裂かれ、深く複雑に何かがめり込んだ。

まるで絹ごし豆腐のように、簡単に切り裂かれていった。


「はは……心臓には突き刺さらんかったか、案外やるじゃんか」


笑うような声が耳の中に流れ込んできた。

そしていつものように激痛が走ると思ったものの、大きな痛みが体を襲うことがなかった。

すぐさま“好機だ”と判断した。


足を動かし体に刺さった何かを、無理やりに引き抜いた。


「動きはいい、浜辺にあげられた魚くらいいい。

だが……"穴"を隠しきれなかったら、アホの二の舞だ」


ソレは耳鳴ほど鬱陶しく、身体に寒気を覚えるものだった。


「あれ」


ぽっと息を吹くかのように、自然と口から二文字が漏れた。

身体の動きが一切効かない、壊れた電子機器のように、微弱な音沙汰すらも全身を巡らない。


馬酔木アセビの毒を魔術変換して、お前にぶち込んだ。

四肢麻痺と眩暈が酷いはずだ……あぁ、あと記憶が消えるかもな」


通う言葉が思うように聞こえない。

手足の動きが全く効かない、今まで経験したことのないめまい。


「あ……でぃあ」


身体が廃れた柱のように、揺らぎながら地面に倒れた。

意識はしっかりとあるのに声は掠れて聞こえる。

ここで動けたのなら……どうにかできるはずだ、という思考が脳内を巡り続ける。


「████……!!」


壊死をしたかのように、機能をほぼ損失した耳の中に、一寸の声が流れてくる。

女性のような声、聞いたことがある声。

誰かはわかる、だけど思い出せない。

掘り出した記憶も顔の輪郭とパーツが霞んで、まるでシルエットのようにおぼつかない。


だけど……。

視界の外側で何が起きているかは、どう抗っても理解できてしまう、顔などは思い浮かばなくともどんな所業が行われているかは、容易に想像できた。


耳も封じられようとも、コイツらが犯す所業は、人の価値観とは完全に擦り切っている。

擦り切っているからこそ、何をするかは簡単に想像できる。


「抵抗しても無駄だ、勝てない相手の急須を噛めるわけないだろ」


胸から這い出るように、”気持ち悪い“という感情が、体の隅々にまで回った。

耳の機能は毒に侵されて衰弱しているはずだ。

だがはっきりと鮮明に、言葉が脳に響きわたった。

胃の中に溜まった物が、醜悪な吐瀉物として口から出てきそうになった。


「ほらほら、そんなに抵抗しても意味なんてないぞ。

時期に負けるのなら、その刀を捨てて大人しく黄泉送りされたほうがいいんじゃないか?」


「████████……!!」


生々しさがのこえが空気に響いた。

霧のように霞んだ声が弱々しく、耳の内に捩じ込まれる。



その途端、頬に生温かい物が飛び込んできた。

カタチは液状、水のようにサラサラと澄んでおらず、まるでシチューのようにドロっとしていた。

鉄の香りが鼻の奥を、銃弾のように刺した。

それは、銃創のように渦巻くように残り続けた。

ただただ不快と恐怖が、体全身を支配していた、頭頂部から爪先まで。


「逝ってろ、案外……寝て倒れた方が、幸せなこともあるかもしれないぞ」


グロテスクに靡く音が、背より後ろの方で鳴り響いた。

何かにめり込むように突き刺す音が、耳が麻痺していてもはっきりと聞こえた。

その度に頭の中で、何かが壊れるような感覚に落ちた。



ああ、本当に最低だ。

助けてもらえるなら……誰か。




第47話 終

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