第46話 休戦

体の内から血が立ち上ってくる、細胞一つ一つの動きが、私の体を冒しているようにしか思えない。

皮膚を摩る空気、血中を巡るヘモグロビン、脳と脊髄を満たすリンパ液……その全てが、私を否定してるようにしか思えない。


そして……魂すらも、私が死ぬことを望んでいるようにも思えた。


私は。

私は、私は生きていい存在なのか? 私はこのまま、何人もの人々を殺すのか?

無差別に、自身が"嫌う"悪鬼羅刹のように、ただ人々を鏖殺するのか?


それは本当にやっていいのか? 私はどこかで

足を誰かに掬われたんじゃないか?

私はどこかで……どこかで、“█”としての道を外れてしまった?


私は……私は、私は。

ここで死ぬべきではないのか? たくさんの人を殺して、█なのに、人を殺しまくった。



私は……許されない存在ではないのか?




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…………っ!?」


日を反射する眩くモノが見える。

私の心臓に向かって、得体の知れない金属の武器が、一直線に突き進んでくる。

其れを食らったら、タダでは済まないと……体が私に訴えかけてくる。


心臓を貫かれたとて、擦り傷程度の私が、ここまで畏怖し恐怖するほどのもの。


「遅いよ、必中範囲に入った刀からは……どう転んでも、絶対に逃げられないんだよ?」


刀は銃弾のように、止まることなく私の心臓を捉え、一瞬すらもお置き去りにするほど早かった。

即ち……逃げることは決してできなかった。

体に何をどう指示しても、神経が全力に脳みそへ耳を傾け四肢を動かしても、この銀塊の前では鶏よりも遅い。


「っう、このっ……!」


剣先らしき部位が左胸を貫く。

めり込むように、殴り込むかのように……心臓含む重要器官が抉られる。

雷が落ちたかのように、全身を貫く激痛が走る。


「決まった」


だがその激痛は二の次よりも後、何度も経験し尽くした。

だから痛みによる弊害は一切ない、それよりも重要なのは、自身の内側から張り出る氷山のような氷柱だった。


“これに対処しなければ、今後の戦闘の足枷になる。早く抜かないと……本当に傷跡を残す重傷を負うぞ……マジで“


「あなたにとっては痛くないでしょ? これくらい、人間で言えばかすり傷にも及ばないよね?」


グイッと縄を引くかのように、胸ぐらを掴まれ前方に引き寄せられる。

すると目の前には、これでもかと思うほど氷結のように冷たい目が、私の顔を覗くように見入った。


「同じ女の子として、少しかわいそうだけど……ごめんね。。

顔にできる切り傷よりも、酷い物になる」


瞬間。

両目の眼前に、白粉でも塗したかのような真っ白な手が、眼球に突っ込んできた。


“あ……”


ハッと目覚めたように気づいた時には、完全に遅かった。

眼球だった部分に、めり込んだような感覚が走る。

視界は真夜中の空を被せたかのように、一筋の光すらない真っ暗闇になった。

そして何より……額をぶち抜かれたような、激痛が走る。


眼壊めつぶし、敵にやった時は先生に怒られたなぁ。

興に乗ったら、本当に懐かしい。

さて……じゃあ貴女も、私の経験値せんとうきろくになってね」


喉元に何か理解できないものが刺さった。

鋼鉄でもなくば氷でもない、何かこの世のものではないものが。

乗し掛かるように、突き刺さったのだ。


「…………ハッかっ……」


喉がやられたのか、全くと言っていいほど声がロクに出ない。

まるで銃弾の入っていない拳銃の引き金を、引いているような感覚だ。


“ダメだ……これでは、ここで私の役目が終わってしまう。

早く手を打たなければ、ここで……心臓を貫かれて、動けない間に“██”が破壊されたりでもしたら……!!“


渾身を込め、手に力を入れようと試みる。

だが全く動かない。

まるで凍らさられたかのように、小指すらも全く動かなかった。


“圧倒されてる。これは……負ける”“


まるで重戦車が歩兵を追い回すかのよな、一方的な状況に成り果てた。

どう手段を踏んでも、魔術を発動することはできない。

指を全く動かすことができないのだから、ここで撃っても明後日の方向に行って、擦りもしない。

そもそも視界が塞がれてるから、照準を合わせることができない。


「よしよし、これくらい肉体を締めたら。

動きの一つすらもできなくなって、完全に動けなくなる……はず」


まるで狩を終えた、獣のような声が耳の中に入ってくる。

今まで余裕を保った私でさえ、雫程度の恐怖が何処からか湧き上がった。

まるで魂が掴まれているような、体の奥底に響く恐怖だった。


息が詰まってしまうほど、ただただ見えない恐怖に怯えている。

体が千切れて、バラバラにされてしまうかとおもうほど、恐怖がずっと体の中にある管の中を循環する。


「うーっし、一通り終わらせたから。あとは色々して目覚めないように、しっかりと手回ししとかないとね」


言葉の幕が閉じられた途端、身体を弄るように触られた。

舐めるように、はたまた爪で引っ掻くかのように、頭からつま先にかけて触られた。

肌をなぞられる度に、凍らすような感覚が編まれ、そしてその度に私の感情は深い水底に落ちるようだった。

ただただ、何も抵抗できずに"一方的"に、リンチされるように何かを施された。


施される毎に、何かが壊れていくような感覚も、何処からか感じた。

痛みなんかとは比べることのできない、尊厳とかの心理概念に関するものが、汚されているような気がする。

まるで汚泥を、傷口塗り薬を塗るかのように、染み込むように塗られているような。


もう……身体がぐちゃぐちゃになって、どう表現するかも思いつかない。

思考がおぼつかないんだから。


───私は、ここで果てるのか?



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



勝負は一瞬だった。

まるで猛吹雪のように苛烈で、嵐のように瞬く間に過ぎ去った。

目の前で起こった出来事は、戦などではなくただの蹂躙だった。

悍ましくなるぐらい、毛穴がぱっくりと開くほどだ。


「神崎くーん。少しいいかい?」


空浮く少女を堕とし征伐した、藍水色髪の少女が声をかけてきた。

戦を終わらせた彼女の服には、少女を斬り潰した時に付着した、真っ黒な血液のようなものが染み込んでいた。


「はい」


目視した事象をそこらの事象が如く、当然のように受け止め、自身を呼ぶ少女に言葉を返した。

返された少女も表情を歪ませず、普通のように言葉を返してきた。


「えーっと、この仇敵を失神させたから

、次はカエデを起こそうと思ってるんだけど……どうする?」


「起こしてください」


一瞬だ。

コンマとかない、ほんのわずかな隙間すら作らない、完璧な一瞬だった。


目の前の少女は、ワッと旋風に吹かれたかのように、一寸驚いた表情を見せた。


「おう…………反応速度早いね、前に見た南極の猛吹雪みたい。

まぁ、取り敢えずこんな大海原みたいな、大空じゃ落ち着いて治療もできないねぇ……ちょっと場所を変えよう」


彼女は手を水滴を払うように振った。

腕を前方にゆっくりと伸ばし、小さく声を息を吹くように吐露した。


「転送魔術軌道……座標設定。空間移動軌道時間……決定……」


次の刻が経った途端、空間にぱっくりと、白い人一人分程の大きさの穴が開いた。

それはまるで、最初からそこにあったかのように、自然に現れた。


「よし、行こう。

ほい」


すると彼女は手をそっと、俺に優しく差し伸べてきた。

その差し伸べられた綺麗な手を、ドアノブを掴むかのように掴んだ。


「カエデが起きてたら、眉を顰めてたかもね」


まるで小悪魔のような発言を……。

そっと、小さな声で捨て言のように、彼女は呟いた。


彼女が俺の手を引いた瞬間、まるで吸いこまれるような感覚に襲われた。

身体全身の細胞が蕩けたように思えた。


「刹那にも満たない休みを」


その時、目が眩み、空間がベリッと剥がれるような悪寒に襲われた。

どうとも表現できぬ感覚であった。

この象事を言葉で表すには、全く限度が足りなかったのだ……。



そんな過情報量の現象が過ぎ去った。

その現象の尾を引くかのように、肌を摩るような冷たさが走った。

救い言があるならば、寒空の元よりかはまだマシと言える。

夏季という嫌になるほど暑い時期であり、額から流血のように汗が出るという、デメリット極まりない時期なのだ。


「ほいっ…………着いたよ。短い旅をお疲れ様」


風のように通り抜けるような声が、耳元で小さく囁いた。

足元には、黒灰色の荒んだ色が、一面に広がっていた。

見るからに冷たそうなそれは、飾り気の何一つもないただのコンクリートであった。


「よしよし、ちと地面を綺麗にしないと」


次の時が立った途端。

地面に鏡のように清涼な、透明の水気を纏う氷が現れた。

氷は蜘蛛の巣のように、ゆっくりと発生源を主柱に広がった。


「天然の出来立て氷。この上なら、寝かしても大丈夫でしょ、ほら降ろしな」


言葉の意に従い、何人たりとも離さなかった恋人カエデを、羽を休めるかのようにゆっくりと降ろす。

相変わらず彼女の顔立ちは、尋常なく美しかった。

こんな美しいものを持っていたのかと、身体中を感銘のようなものが駆け巡った。


「よし……ちょいと待ってね、すぐ治せるよう尽力するから」


マフユは寝込むカエデに対し、告げるように声を放ったのである。

彼女本人に聞こえていないだろう、言葉を放った少女の意図はわからない。


「あ、神崎くん、これ持ってて」


言葉が耳に入り、身体全体を後ろに向ける。

すると彼女は前置き一刻もなしに、何かを投げ飛ばしてきた。


「その子、持っておいてよ」


手の中に飛び込んで来たのは、先ほど一方的に嬲った、星のように美しい少女だった。


「さっきの子だよ、手荷物には煩わしいから、塵芥ホコリを掴むみたいな感覚でいいよ。

君もそれを憎んでると思うし」


どんな感覚かは理解できないものの、文面からして碌なものではないと理解できる。

憎いのは確かだが、こんな同年代に近い女の子を無碍に持てあしらうなどできない。


「普通に持ちます……」


いかに冷静かと知らしめるかの如く、なんの飾りない言葉を送り返す。


「ああ、そう……ちょっと期待しちゃった」 


期待外れだと言わんばかりに、喉を唸らせるかのように声を出した。

正直、彼女との世界の言い方が違うことを、偶然にも再確認してしまった。


そうして地面に座り込み、半分氷漬けにされ胸部を貫かれた少女を、置物のように地面に捨て置いた。

その姿は相も変性せず、痛々しさが血液のように、滲み出していたのだった。


「お……う、グロい」


思わずとも声が漏れる。

だが仕方ない、こんな人道から外れたものを目の前に置かれれば、飲み込めない台詞も出てしまう。


それから目を逸らし、眠っているカエデに目を向けた。

カエデの腹部にはマフユの白い手が載せられ、今にでも何かが始まるというのを、物理的に表していた。



「血、命、その全てを癒したたまえ。

死を忘れるな《メメントモリ》……」



その言葉が冷風に流され、どこかへ消えた途端。

彼女を取り囲む空気が、一瞬だけ歪んだ気がしたのだ。



第46話 終



Jahrhundertelang haben diejenigen, die Böses getan haben, unvorstellbare Demütigungen erlitten.

Das Böse ist unverzeihlich, aber die Rache, die sich in seinem Gefäß aufstaut, ist für normale Menschen unermesslich.

Wenn es die Welt gegen sich aufbringt, wird die Menschheit in einen Krieg gestürzt.

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