第45話 ラウフェン・オブ・シュテルンツェルト

巫女の放った光の槍は、氷のような髪を持つ少女に命中し掛けていた。

それに時計の、一刻の猶予もない。

避けることも、弾くこともできない……。

ただ痛みを持って、身に当てること以外、手段はなかった。


「……っああっっ!!」


少女の身に光の槍が刺さる。

首、足、腕……少女は成す術なく、ソレを身に受けてしまった。

刺さった部分からは、赤い血汐がプシャっと噴き出す。

可憐な少女の身が傷に蝕まれるのは、なんとも痛々しかった。


「マフユさんっ!」


咄嗟に傷ついた少女の銘を、喉が裂けるように叫ぶ。


「あははハハハハ覇破ハハ、ハハ!!」


それと同刻に、空に響く笑い声を上げる者がいた、まるでバケモノのような、人とは明らかに乖離した、残酷な笑い声をあげていた。

純白の巫女服を着た、名も知らない一人の少女だった。


「……っち、お前ぇっ!」


腹の底から勢いよく溢れ出した、怒りを巫女にぶつける。

それを具現化するかのように、異界幻像アナザー・ファントムを起動し、一瞬にして銃を取り出した。


何もない虚空から、狙撃銃が顕れる。

相変わらず、夜のような黒を纏っていた。


顕れた狙撃銃を少し乱雑扱い、安全機構を外す。


「…………死ねっ!!」


声と共に、光すら受け入れない銃口を、空に浮く少女へ向ける。

向けるや否や、躊躇いなく引き金に手を掛ける。

そして……怒り恨みを募らせながら、銃の引き金を引いた。


───!


撃った途端、鼓膜に響くほど大きい、乾いた銃声が響いた。

銃口からは雪のように真っ白な、硝煙が漏れ空に向かって浮遊する。



「脆いぞ、冷静を捨てたとしても……もう少しマトモな手札は出せなかったのか?」



全身が凍りつくような声が耳に響いた。

足は少しの足掻きも起こせず、手は鎖で縛られたように微動だにしない。

上半身すらも、背骨が抜かれたかのように、曲げることができなかった。


「まさか、さっきの斬撃が効いたから、ただの鉛玉も効くと思ったのか? そんな単純な摂理でないと……理解していなかったか?」


憎たらしく美しい声が耳元を打つ。

だが美しながらも、人を嘲笑するかのような、声調であった。


「まぁ良い、正義面した邪魔な奴は、消えたんだ……やっと続きができるな、ヒヒ……ハハハハ」


グロテスクで耳の中に弾丸を打ち込みたくなるほど、不快な笑い声が押し入るかのように聴覚を刺激する。


「クソッ……ガァっ」


負け犬のように呻いた、氷のような少女なら、この現状をどうにかしてくれると、完全に信頼していたからだ。

だが結果としてマフユさんですら、こいつに対抗できなかった。


そう……完全に、戦う手を失ってしまったのだ。


「フフ……ハハハ……袋に入った鼠をなぶれるというのは、こんなにも胸の内が疼くことなのか……素晴らしい、こんなモノ……体験したことがない」


少女は胸を抑えながら、腰を曲げた。

その様相はまさに、残虐と興奮といっているような、感情を剥き出しにした表情だった。

遠くから見ても、彼女の貌は少しばかり赤くなっており、二つの瞳孔は完全に丸くなっていた。

本来なら美しいはずの両眼も、赤い血のような色に染まり、今や神話の悪鬼羅刹と区別ができない。


「なら……これで!」


完全に己が身を掌握されていようとも、自身が負けるとわかっているとしても……。

諦め自身を手放すことはせず、次の手札を切った。


異界幻像アナザー・ファントム起動……」


黒々とした狙撃銃が、煙のようにゆっくりと消えた。

そのまま表現するならば、空間に吸収されるようと表現できる。


「再起動」


何もない空間から、狙撃銃と同じように何かが出てくる。

それは銀色を纏った、映画で見るような典型的なハンドガンだった。


“これならいけるはず、前にも使ったアレを起動すれば、擦り傷程度でも……“


そう思いながら空間に構築された、ハンドガンを手に取った。


銀装の銃に備えられた、特殊機構を起動する。

その瞬間、空間が割れるほど、大きな音が鳴った。

金属音のように人工的で、雷のように自然的な音だった。

すると次の瞬間、銃口から水色の恒星のような光が現れた。

それは一時すら要さず、彗星の軌跡のように、細長く変化した。


「行って……こい!」


その言葉と共に水色の光が、下に視線を落として完全に無防備な少女に、まるで雷のような速度で跳んでいった。


「あっ……は?」


少女それに気付いたのか、雷の如く飛ぶソレに目を移した。

目を丸くして、まるで“あり得ない物”を見たと、訴えているかのような目であった。


「グッ……嗚亞……亞゛亜゛亞゛亜゛亞゛亜゛!!」


少女にソレが直撃した瞬間、あり得ないほど巨大な声を上げた。

声からでも尋常ではない苦痛を感じていると、感情を移入してしまうほどであった。

まるで耳の中が割れるようで、隕石同士が直撃したかのようだった。


"耳が……!"


両耳を押し潰すかのように、腕の力を全て絞り出し全力で封じた。


「クソ、クソクソクソ……なんでお前が……なんでお前が、それを持ってるんだ!?」


まるで暴漢が上げるような声を出した。

気品ある見た目に完全に背くような、荒々しく低俗な声を上げる。


「なんでだよ……クソったれ、なんでその“めちゃくちゃ都合の良い武器”を……なんで」


少女は小動物のように小さな声を出した。

空浮く少女は掻くように頭を抑え、先ほどの事柄に疑問を抱いているようだった。

だが少女からは一切の怒りを感じなかった、推論だが少女の中では、怒りよりも疑問が上を昇ったのだろう。


「これ……」


少女の嘆きを横目に、手に持った銀色の銃を眺めた。

もちろん見た目などに変化などない、問題はそこではなく、少女が言っていた『都合の良い武器』という言葉だ。


"都合の良い……。アイツに対して、ダメージ与えられる?"


胸の内で疑心暗鬼に言葉を綴った。


"突破口があるなら……決めてやる"


銀装の銃に触れる、ガチャっという銃身が唸る音が聞こえる。


「……くそっ、神崎の残り香が……前と同じで、運だけは秀抜していいな。

ただのサンドバッグには、なってくれないのかよ……本当にクソだ、ついてないとかじゃない。

お前の四肢の神経を焼き切って、その手に持ってるガキを物量圧縮じゅうりょくで砕き殺すべきだった……」


少女が吐息混じりに、声を俺に対して放つ。

その言葉は恨みの文言が、言い換えられて並べられているだけのものであった。


「次……」


ボソッと呼吸をするかのように、小さく声を漏らした。

我ながら、まるで無機質な鋼鉄の機械に、なったような気分であった。


「…………オン」


まるで言葉をつなげるように、数秒間の沈黙を経て言葉をつぶやく。

銃身に取り付けられたレバーを動かす、合図をするかのように、カチッと小さな音が小さく響いた。


突如、両手の指が弾けるような感覚に襲われた。

手の中の神経と筋肉と血管と骨が、グチャグチャに掻き回されて、再起不能までに壊されたかのような。


"なんだこれ……止めないと、手が……!"


不可思議でグロテスクな感覚に襲われる手を、銃身に取り付けられたレバーに向け動かした。

今すぐにでもこの苦痛から、解放されたいと願いながら。

だが……時は既に過ぎていた。

その感覚は手だけに留まらなかった。

ソレはまるで飛び火のように、腕へとその勢力を広げた。


「ぐぅぐぁぐっ……がぁぁぐぁ……イギゴァグァキゲc÷l@("〆=@#!cギジグゲ……!?」


喉仏すらも砕けるほどの、巨大な断末魔が口から飛び出た。

耐え難いほどの苦痛が、破壊するかのように腕を駆ける。

肉で作られた中身がガラスのように、割られたかと感じたほどだ。

手と腕の脈動ひとつですら、銃弾を撃ち込まれたかのような激痛を発した。

額からありえない量の発汗が起こった。

まるで滝のように、まるで豪雨のように……明らかに、人間が発して良いものではなかった。


「アッ……ぐっぎっあ」


目の焦点が合わない、視界も血汐を撒いたかのように、真っ赤に染まった。

隅から隅まで隙なく、全てが全て赤色に変わった。

その赤色はただ赤いだけじゃない、視界一面を埋める赤の中でも一際、濃ゆい赤色が木の枝のように視界の端から中心に伸びていた。


その枝は液状に変化し、角膜にドロドロと泥水のように溜まる。

その光景はまさに傷口から溢れ出る、血液と全く差がなかった。


「…………撃って。殺す」


ボソッと呟くように口から言葉をこぼす。


「そうだ……ここでやれば、全てはよくなる。発動前に巻き換えれる?」


目を丸くして空浮く少女を見る、まるで死にかけの狼のように息を荒げ腕を抑え、無抵抗で手を動かせない少女を見つめる。


「ここでやったら……ここで痛めつけたら、何もできない……そう。そうだ、そうすればいい」


狂気じみた悪魔に近しい言葉を、ドミノを並べるかのように言う。

その瞬間から目の前を覆った、赤色のナニカが美しく見えてきた。

そこらの美術作品が、泥団子程度にしか見えなくなるほど綺麗だ。


「死ね、死ね、死ね」


水色の雷状の何かを撃ち放った。

当然のように音速にも劣らないスピードで、少女へと突っ込んでいく。


すると少女は翻ったかのように、体をむくりと上げた。

少女の目だけがギロっと機械的に動いた。

その目線が示す先には、空を駆ける撃ちたてホヤホヤの青く光る楕円状の何かだった。


「……そんなもの当たるわけない、私を舐めてるのか……? さっき当たっただけで、図に乗ってるのか?」


歯軋りをする魔物のように、憎悪混じりの声を漏らした。


次の瞬間、巫女衣を身に纏った少女は、青々と煌々する楕円状のものに、色白とした手を伸ばした。

開飛来する攻撃対象に向け、その小さい手を風呂敷のように開く。

少女の手の平には水色に、怪しげに光を放っていた。


「潰れ……」


「ろ」


少女が口ずさんだ途端、空間がブレたように揺れ、発射した水色の光球が、弾けるように空間から消え去った。


「次……」


その消え去る瞬間を目の当たりにし、次の水色の光球を撃ち放つ。

此度に装填した時には、先ほどのような酷い激痛は全く走らず、容易に作り出すことができた。


「……フン、脳が興奮状態に陥って痛みを感じてないのか……はたまた、痩せ我慢か何かか?」


「まぁどちらにせよ、末恐ろしいバケモノだ……その狂い薄汚れた牙を折ってやる」


少女は言葉を言い終えると、目の前の空間を掴んだ。

掴まれた空間には、衣服にできるようなシワが、ジワっと現れていた。

比喩表現などではなく、物理的に何もない空間を掴んだ。


「獣の牙を折るには、ただの”ペンチ“じゃいかんな」


空間を掴んだ手を引き、ブチブチというグロテスクな音を響かせる。

破れた空間の奥には、真っ黒な空間が広がっており、一寸ばかりの光すら受け付けていなかった。


「よしよし、今日も私を助けてくれよ」


少女は黒い空間に手を突っ込み、腕を揺らし何かを探っているかのような、仕草を見せてきた。


すると少女は黒い空間から、白く光る何かを取り出した。

まるでソラに貼り付けられた、一粒の星のようだった。


その白く光るものは、意識で捉えられる瞬間すらも置き去りにする速度で、槍状の形に変化すした。

その槍状の物体には模様など一切なく、白く光る何かと全く同じように、ただただ光を放っていた。


「アレは……危なそうだ、攻撃態勢を見せたら避けないと、カエデさんさえ生きていればそれで良いけど、当たれば多分カエデさんも死ぬ」


目の前に現れた状況を見つめ、全てを機械のように解析する。

そしてマフユと同じく、空中を自然と息を吸うかのように、軽やかに床を踏むかのように走る。


「逃げても無駄だ、白兎のように……そのまま、何も成せずまま死んでいけ。

夢も“反逆”も、私がここで釘を打ってやる」


少女はその槍の形をした何の矛先を、真っ直ぐと空に向ける。

それは今にでも殺すという合図に、他ならないものであった。


「させない」


短い言葉が耳元に響く。

その言葉が原動となり、足の動きをピタリっと。

……まるで猫のように、一瞬にして止めた。


「マフユさん……?」


槍を天に翳す少女の後ろに、一つの影が現れる。

雪みたいに綺麗で、氷のように冷酷な空気を醸し出していた。


少女は俺の声によって促されたのか、後ろに迫る影に目を向ける。


「……なんでっ、お前が!」


「あれだけで死ぬなんて……あまり魔術師ヒトの事を舐めないでほしいね、そこまでヤワじゃないから」


少女と”氷のようなマフユ“が相対する。

マフユはすぐさま、帯刀していた刀を抜き、白く光る何かを持った少女の右腕を、豆腐を切るかのように刈り取る。


「っくそ、手を取りやが……これなら!」


少女は残る左腕の差し指を、もう方の群青の髪を下ろす少女に向ける。

指先からエメラルドのような色をした、光る球体を作りだす。


その作り出された球体は、ノータイムで爆烬を巻きこした。


「それも……対策済み」


だが爆発の際に起こった灰色の煙の内から、猛禽類の滑空のように唐突に現れる。


「ふざけ───」


少女がまたもや戦力にもならない恨み言を、口にしようとした途端……。


「あともう一つ。私ばかりに意識と目線を絞り切ってたら、別の脅威にはこうげきを、向けることすらできないよ?」


「……は?」


その瞬だった。

圧されていた少女に、弱り目に祟り目かの如く、別の脅威が強襲したのだった。


「があっ……!?」


少女の胸部から、氷の針が現れたのだった。

見たこともないほど、ドス黒い液状の何かと共に。


「だから言った……」


少女の左胸部……心臓に向け、刃先が立てられようとした。


第45話 終灯

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