第44話 星烙印

私が何をしたのだろう。

何人も、何十、何千、何万もの人々を、この手で葬り去ってきた。

手はどんな物よりも血生臭くなり、魔術式は堕ちきったほど錆びれていった。


この先もまた人を殺すだろう、目の前にいる一体の敵を殺した後に……また、沢山の人々を無心で殺すだろう。

私の人生……いや、そもそも死なないか人生なんて“今”の私にとっては、180度真反対な言葉か……。

確か外的要因がない限りは、私は死ぬことができないと教えられたな。


まぁどうでもいいか、今日の奴は少し特殊だが、ちょっと一捻りしてやればすぐに逝くだろう。


───今日もまた命が消える音を聞くのだな。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「じゃあ……その目的の中に、俺を殺すのは含まれているのか?」


「含まれてはいるが……予想を遥かに上回るほど、事が回ってきた……」


空中何フィートかも分からないところで、獣同士の睨み合いかのように会話をする。

両者の声は威嚇のようで、いつでも攻撃できる準備ができていた。


「……なるほど。そう言うことか」


まるで呻くような声で、相手へと言葉を返す。

その言葉の本領には、全くの感情も籠っておらず、完全な“無”であった。


そこから数十秒の間が開いた。

風切り音が聴覚を覆い尽くし、服が生き物のような動きをする。

身体が空っぽになったような感覚が、身体の内側から溢れ出る。


すると……目の前の人物巫女が、呆れたような口調で声をかけてきた。


「話は終わりか? もう一度、お前をる余興を楽しみたいんだが」


彼女は口を開いた途端、殺伐とした言葉を放つ。

禍々しく悍ましい声であった。


「……終わりにしよう」


数十秒間、盤石のように固く閉ざした口を、ゆっくりと開く。

そこから出た声は我ながら、冷たい刃物のように鋭い。


「あゝ……いいよソレ、その言葉……胸の内から願ってた」


彼女は当然のように空中を蹴り、数十メートル離れる。

明らかに物質世界の秩序を無視した行動に、意識が一瞬の合間だけ、呆気に取られそうになる。


「じゃぁ、やろう……本当にスペースデブリにする感覚で、完膚なきまで殺す気で」


彼女は冷酷な笑みを見せる。

八重歯が露になるほど引き攣った口角、血のように赤い舌。

まるで兵器のように無機質で、悪魔のように残虐だ。


彼女は狼煙を上げるかのように、魔術を発動し始めた。

手元がに魔法陣が拡がり、ガラス雨の惑星の色に、発光し始める。

青色にも見え、海の様相に近く……されど、表現が難しい。


「いけっ……」


彼女の人差し指がピクッと動く。

魔法陣が瞬時に消滅し、補足するのもやっとな青色の粒子へと還っていく。


その瞬間、視界が歪む。

水の中から地上を見た時のように、すべてが流動し揺れて見える。

体全体を何かが貫いたかのような、感じたこともない意味のわからない感覚に浸る。


次の時、彼女の後ろに何かが浮き出る。

雲のように不定形。

固く、柔軟で、あらゆる物理法則を跳ね除け、空間すらも流動化する。

打ちつけた水飛沫、うねる火から出る煙、DNAの螺旋階段。

彗星のように明るい。

人工的に作られたような光にも見え、二次元上の絵のように幻想的。

宮廷絵師でも再現が出来ないような、地上で最も美しい絵。


膨大かつ人には測定不可能な、何億年にも上るエネルギーの塊。

宝石よりも反物質よりも高価な、惑星を潤す極上の果実のようだ。


「はっ…………なんだアレ、こっちがやられそうだ……」


呆気に取られるかのように、喉の奥から声が漏れる。

背筋が強張り、自身の終わりを悟ったかのような感覚に浸る。

体の穴という穴から、力が抜けるような感覚が走る。


「Fallen wie ein Vogel.《鳥のように堕ち》

Werde ein silberner Wolf, der im Schneefeld liegt.《雪原に横たわる銀狼へと成れ》

Tropfen Blut wie Regen.《雨の様に血を落とせ》

Wie ein Stern, wie ein Komet, wie der 《星のように、彗星のように》

Ausbruch einer Supernova, Milliarden von Jahren entfernt. ......《幾億先の超新星の破裂のように》

Ich werde dich töten.《お前を殺す》」


機械の様な声を漏らす。

無機質で、聞いたこともないモノだ。

……否、どこかで聞いたことのある声だ。

遠くの星の風のよう。

どこかの、草原で天体観測の時に吹いた、涼しい風の様であった。


「Sternenlicht.《星の光よ》

Von Gliedmaßen zu Sternen,《四肢は恒星へ》

Zellen zu unzähligen Planeten,《細胞は無数の惑星へ》

Fleisch zu dem Licht, das die Galaxie färbt.《肉体は銀河を彩る光へ》

Zu beringten Strudeln, zu kosmischen Brücken.《輪状の渦を作り、宇宙の橋へと》

1784.5.9......Geschrieben......William Herschel.《1784・5・9……ブリテン……ウィリアム・ハーシェル》」


少女から放たれた、長い様で短い様な言葉が終わる。

呼吸の様に自然で、結晶の様に美しい言葉が。


次の瞬間、少女の背中に展開された何かが、応えるかのように動き出す。

何かは動くと同時に、よくわからない動きをする。

理解できない挙動、見たこともない角度。

なんと表せばいいかわからない、異質の先をいく異質。


”避けれないっ……速すぎる……!!“


暴風や大嵐のように速く、まるで嵐吹き荒れる海の波のような光が襲ってくる。

その見た目は明らかに、人に向けられていいモノではない。

一歩兵に対して、戦略爆撃機を差し向けるようなものだ。


「ここで……はぁ、ぁぁぁ」


何も考えることができない。

ただ言葉を口から漏らす、自分ですら何をしているのかもわからない。

ただ目の前のものは絶対に、当たってはいけないということだけが認識できる。



「あ……」



目の前が真っ青に染められる。

何もできず落ちていく自分が、鏡写りのように容易に想像できた。


それよりももっと大切なものを、手に抱きかかえていることを思い出す。

まるで脳裏を貫くかのように、使命を全うしろと、深層意識が叫んでいた。


だが使命であるだけで、名前も思い出せない。

操られ洗脳されたかのように、手に持つものを抱きしめる。


「……さん、貴女だけは」


誰かの名前を無意識に叫ぶ、微かに響く嘆きのように。

抱きついたものは未だ動かず、ただ留まっているだけだ。


目の前に現れた光は、十メートル前までに迫っていた。

どう何をしようが脅威を避けることは不可能、逃げることもできない、抗うなど大岩に小石を投げつけるようなものだ。


「……終わった」


息が抜けたような声で、自身の死を語る。

まだ死んだわけでもないのに、まるで死に浸ったと思い込んだ。

なぜか絶望的な状況なのに、“派手な葬送だな”と思い込んだ。



「「まだ死なないから」」



遠くから声が響く、懐かしくもなく……雪のように透き通った声。

そして、なんとも落ち着く声が。


それから刹那の時も無く……。

目の前の水色の光が黒く染まる。

ペンタブラックのように光を奪い、夜空のように星々を内包するような黒さ。

”星の巫女“が放った青い星のような光が、喰われるように黒く塗りつぶされ消えていく。


光は一寸ばかりすら、全て”黒“に食い尽くされ消えていった。


「久しぶり、神崎くん……少し遅れちゃった」


自身より少し身長の低い少女が現れる。

銀世界に無数に、蠢く雪の結晶のようだ。

氷のような髪が靡く。

それは完全に水色ではなく、深海のような暗い群青がメッシュされたものであった。


「マフユ……さん?」


現れた少女の名を口ずさむ。

肌はアルビノのように白く、熱が通っていないようにも捉えられる。


「はは……少し遅れた。唐突に変な穴に落ちちゃって、君とカエデがやられそうになってたから」


彼女の横顔が視界に映る。

非常に整った美形であったが、少し寂しげな表情を浮かべていた。


「……そうなんですか……」


彼女は挨拶(?)と同時に、事の経緯を一気に話してくれた。

若干多量な情報量が、一気に脳内に流れ込んでくる。


「ああ、なるほど……」


流すかのように、彼女に対し言葉を返した。


「まぁそういう事、で……あなたは誰なのかな? 明らかに、この子達を殺そうとしていたのは確実だけど」


彼女は目の前にいる、人とは桁が外れた少女に対し、力強く……そして冷たい言葉を掛けた。


「お前こそ誰だ……? 人の行いに刃を入れて、颯爽と敵対発言か?」


「なら……ココで死ね」


少女は氷の具現化のような彼女に、惑星のような重々しさを纏う腕を向けた。


「それは……こっちの台詞かな」


彼女マフユは微笑を放ち、目の前の少女に駆ける。

当然のように宙を舞い、疾風が如く突っ込んでいく。


帯刀した刀を刹那すら置く速度で抜く。


「その刀……! ッフ……ははははははは……!! 懐かしぃ、奴にも後釜がいたのか!!」


少女は天にすら響く笑い声をあげ、マフユと刀を交えた。


「……黙ってっ!!」


マフユが余裕のない声をあげ、少女に切り掛かる。


「図星か、懐を見せたら負けるぞ!」


少女はマフユに向け、色鮮やかな数個の球体を、掃射するかのように撃ち放つ。


だがマフユは、ソレを当然のように避ける。

そして避けると同時に、少女に対し刀を振り下ろす。


少女に刀の剣先が命中し、赤い血汐が飛び散る。


「……っ!! ならこれはどうだ!!」


少女は次の手札を露わにする。

光の槍のようなものが、先ほどの青い光のように、少女の後ろに展開される。


光の槍のようなものは、一瞬にしてマフユへと、音をも置き去りにするような速度で飛び立つ。


「…………は?」


マフユの動きが一瞬停止する。



まるで時計の針が止まったかのように。



第44話 終

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