第42話 降り奉る|輪状銀河《ソンブレロ》

前の出来事だった。

私がこの天職に、ついてしまった時だったかな。

私は弟の存在を忘れかけていた、遠い記憶にしてどこかへ押し流そうとしていた。

いや弟以上に、この世界の記憶をどこかへと押し流そうとした、もう二度と見たくない。

見るのなら両目の網膜を、無理やり削ぎ落としてもいいぐらい嫌いだ。


私は忘れたかったのだ、自らの黒い歴史を。

自らが選んでしまった選択肢、そしてそれによって作り出してしまった、”大切なモノを壊してしまった“という負の歴史を。



だが……そうはならなかったらしい。

どこの誰かは分からないが、私を呼び出してしまった奴がいるらしい。

…………正直、この世界とはゆかりを切りたかった……。

だけれど“奴”の言葉に、仕方なく従うことにした、だって私はこの世界にとっての悪役だからな、演劇のような“作られた悪役”として。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



狼狽。

地面が割れ暗い奈落へと落ちた。

堕ちる途端、あの黒髪の少女のことを、反射的に連想した。


「つーっ、落ちてしまった。というか……ここは? 郊外?


周りに広がったのは、奈落のような暗い空間ではなく、先ほどと同じビル群であった。

ビル群、灰色のような世界……。

その光景はまるで郊外そのものであった。


「戻ってきた……?」


すると手元に、覚えのある感触が伝った。


「カエデさん……起きてない」


彼女は眠ったままであった。

先ほどと全く変わりのなく、手元で息を立てながら眠っていた。


「……あ」


先ほどのことを思い出し、喉から息のように言葉が漏れた。


最初に横切ったのは、あの老人の後ろ姿であった。

名前もわからない、ただ非常に強いとしか印象を持っていない、歴戦の猛者である老人。


「あのーさっきの人ー! どこかにいませんかー!!」


声は聞こえなかった。

ただ寂しくビル群に反射するかのように、波のような感覚で自らの声が聴覚に返ってくる。


「さっきの人ー! 神崎七星ですー! いたら返事をしてくださーい!」


そしてまたまた、自身の声が返ってくるのみ。

全ての行動が無意味と示すかのように、御老体らしき声は聞こえなかった。


「……はぁ、なにが起きたんだ」


困惑が注がれ頭を押さえる。

都合良く風が吹き出し、まるで俺のことを、世界自体が嘲笑っているかのように感じた。


「動くしかないか……御老体に会えるといいですけど」


彼女を抱え、旗を翻したかのように、瞬時に地へと足をつける。


「うおっと、危なっい!!」


歩こうとした途端、目の前に道がなかった。

危うく両手で抱えた彼女を、地面に落としかけるところであった。


「高いとこ……ろ?」


彼女の身をより自らに寄せ、決して落とさないように策略した。

同時に地面が遠く見えたことに、気がついたのである。


「俺はどこに立ってるんだ?」


腰をおろし、獲物に近づく猫のように、四足歩行へと体勢を変化させる。

自らが立っている場所の端へと、亀のようにゆっくりと近づいていく。

足と手にコンクリートの湿った感覚と、水のような冷たさが掌を覆った。


端が目前になった途端、そこから体を伸ばし地上を見下ろす。

そして俺がいる場所の本来の姿が同時に、見えてきたのである。


「……瓦礫の山?」


瓦礫の山だったのだ。

鉄骨、ビルを構成していたコンクリート、道を作り出していたアスファルト、信号機やガソリン車……などなど。


「降りてみよう……若干不安なところはあるけど、御老体も別の場所に落ちてるかもしれない」


ハシゴを降りるかのように、瓦礫の山の一部に足をつける。

足を付けた部分は足を置ける領域が、かなり小さく踏み外せば、一瞬にして真っ逆さまという考えが浮かんだ。


“すごく危ないな、明らかに人工的なものだろうけど、何かに利用する用途はなさそうだ、強いて言えば『ゴミ捨て場』的なものなのかな。”

目に広がる景色を見て、粗末な考察を描いた。


ゆっくりと地面に向かう。

突き出した錆びれた鉄骨や、鉄パイプなどを最大限に利用し、灰色の地面を目指していく。


彼女を抱えながら歩くのは、なかなかに骨が折れることであったが、彼女自体が空気のように、抱えているか分からないほど軽かったので案外容易であった。


「おお、そろそろ着きそう。めちゃくちゃ遠いように見えて、結構近かったのかな?」


独り言を言いながら、ついでのような感覚で疑問を作る。

直線上に伸び、規則性のある間隔がおぎなす白線が、しっかりと目視できるようになった。


「も地面はもう手で届きそうなほど近いな……じゃあ、よい……ショット!!」


突如として積まれた瓦礫を蹴り、地上へと飛び降りるように降下を始める。

着地をミスすれば大損傷レベルであるが、

しっかりと対策は用意している。


「ここら辺かな、異界幻像発動!!」


手首と足首に赤い魔法陣が描かれる、魔法陣は描かれた途端から、まるでモーターのように回転を始めたのだ。

彼女を今まで以上に、自身の体に身を寄せる。

回転速度は地面に近づくにつれ、少しずつ上昇していく。


「着地……っと……」


着地した途端、膝を少し曲げる。

砂煙が衝撃と共に地から湧き上がり、若干の黄土色が視界を染めた。

目にも映らない小さな微粒子どもが、大群を作り出し視界を塞いだ。


「全然 怪我もしてない……よし、成功したみたい」


砂煙は空気に溶けるかのように消え、隠された景色を映し出した。


「こりゃまるで、ひとつの城みたいだな、存在する建築物が都市って名前の、城の材料に見える」


決して素晴らしいとは言えない、絵画のような世界に対する感想を述べる。


「神殿? なんでここに」


都市をくまなく見渡した。

すると先ほど見えた道路の先に、特筆すべきほど、異様に見えてしまう建造物があった。

崩れた都市の奥に、白い大理石で作られた、顕現するかのように立つ、麗しき神殿があったのだ。


「行ってみよう、あれはなんだか……どう表現すればいいか分からない、異様さを感じる」


神殿はその唯ならぬ異様さから、まるで異界とも形容できてしまうほどであった。



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「……案外近いのかと思ったら、少し遠かったな……」


神殿が手が届きそうなほどまで迫る。

遠くから見ても放っていた異質さは、正面にまでくると圧倒されるほどまで膨張していた。


「吐きそう……立っているのもやっと、もう地面に座りたい……」


目の前にあるものを見るだけで、身が潰されそうだ。

これ以上近づくのも、足がすくんでここから先は動きたくない。

躊躇ってしまって、動きたくない。


“いや、行ける。前みたいな泣き言を言うのは、アレについてからでいい”


重く根を張ったかのような足を、無理やり動かし目的地へと向かう。

動かすだけでも震えるのに、足をつけた途端、鉛を乗せたかのような重みがかかる。


「ふぅ……はぁ、はぁ」


地面に手をつけながら、亀のように遅く歩く。

息切れしそうになり、途中途中でコンクリートの地面に手をつける、まるで鳥が羽を休めるようにね。


「もう少し……もう少しで」


目前には神殿の柱に彫られた縦線すらも、目に入るほど近くなった。

手を伸ばして自らの精神に、無理やりながらも喝を入れる。


道はもう少しだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「やっと着いた……少しだけ休もう……」


彼女を緩い力で抱き寄せ、白熱球のような光沢を放つ白髪を糸を慣らすように撫でる。

白髪からは粉のような小さい何かが飛び出し、皮肌で感じることのできない風に靡かれ、どこかへと流れていった。

どうやら先ほどの微粒子どもが、彼女の髪を眼目を盗み汚していたらしい。


「……というか、神殿の筈なのに、すごく鬱蒼としてるな……」


外見が真珠のように綺麗であった、神殿の内部はまるで打ち捨てられた、廃墟のようであった。

内部には埃のようなものが立ち込めている上に、肌に取り憑くような湿った感覚がある。


「奥に何かある……?」


その不快感を紛らわそうと、神殿の内部に目を向ける。

内部は夜のように暗く、目でギリギリ構造が、見えるほどであった。

と、言っても特徴的なモノは何一つもない。


「いや……まてよ、なんだアレ……?」


すると機を伺ったかのように、良いタイミングで出てきたものがあったのだ。

ソレは一寸ばかりの小さい光であり、まるで地上から見る金星のようであった。


「もう少し休みを満喫したいけど、こういうとこは壊れるのが筋だから……やっぱり行くしかないな……」


彼女を抱えゆっくりと立ち上がる。


「よいショット……」


彼女は案いつものように軽く、立つことに苦労はなかった。


「行こう、カエデさん」


眠っている彼女に声をかける。

返答はないものの無意味でも、言うだけで少しの自信が湧く。


暗い空間を歩く。

風が靡く音も聞こえねば、水滴が地を突く音すらも聞こえない。

ただ耳に入ってくるのは、自身の呼吸の音と、自らが鳴らす足音だけであった。

どちらも音程が整うことはなく、音楽にすら至らぬものだった。


「もう目の前、あと少し」


の一寸の光はもう手が届きそうな場所まで近くなり、走り出せば秒単位でたどり着くほどであった。


そしてとうとう足をその光に入れる。


光が目を焼き尽くさんとばかりに、視界を埋め尽くした。

すると一瞬の隙に光は目から消え失せ、それとは正反対の黒に染められる。


黒に染められ景色が見えなくなった途端、突如として背景が、映画のカットのように再度入れ替わった。


「次はなんだ……?」


目の前には突如として、祭壇のようなものが見えた。

視界の端には海のような青空が、まるで舞台の背景を担うかのように広がっていた。


……それに次いで、祭壇の前には一人の少女が、こちらを向き立っていた。

髪は惑星が描くかのような人には作れぬ水色、肌はカエデと同じような雪のような色、服はまるで“巫女が着るかのような”表現を戸惑う服。



────その様相は”星に付き従う巫女“そのものであった。



「誰……だ?」


声を詰まらせながら、言葉を口にした。


すると突如として少女が口を開いた。


「やぁ歓迎するよ……神崎七星」


少女の声はまるで惑星の意思を代行するかのように、とても記憶に染み付くような声であった。


同時に少女は指先から、小さな色とりどりに光る球体を出現させた。


「じゃあ、死のうか」


途端に色とりどりの球体が、彗星のような明るさを放った。


「……っ!!」


反射的に、体全身を後方へと飛翔させる。


後方へと避けた間際に、まるで爆発したかのような轟音が、耳の中を揺らしたのだった。



第41話 終


Justice is only possible when there is evil.

Treason is one of them.

But treason is not something that only one person wants.

Sometimes rebels may be enemies of each other.

It is a battle of evils, but their beliefs are a thousand times more solid and pure than the ore in the world.

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