第41話 催眠切除

老人がいた。

特徴的な部分を挙げるのならば、まるで歴史の分野でしか見ない、タイショウ時代“のような服装であった。

上の服は緑茶のような緑で、下の袴は月明かりが浮かぶ夜空のようだった。


そして右手には日本刀が握られていた。

水底であるのに金属の光沢を、なびかせるかのように放っていた。


「おい若人、その後ろにいるヤツをこっちに渡せ」


老人はカラの左手をこちらに向け、人差し指で手招きをした。


「………

両目を細めながら、目前にいる老人を睨む。

老人はその細めた目に気がついたようで、その左腕をストンっと落とした。


「まぁ分かっておる、唐突に渡せなどと言われても、渡せないであろうなぁ」


ククッと殺意の籠った、人的なものとは言えない笑みを浮かべる。


この老人が纏う異常さに固唾を飲む。

鳥肌が立ち、喉の奥に息が詰まるような違和感が、老人が言葉を放つたびに漏れ出した。


「どうしたさっきから言葉も話さんが……立ったままで気絶しておるか?」


老人は微笑み殺意だらけではあるものの、俺が喋らないことに対して、疑問を抱いているようであった。

この老人が異常であるから言葉が出ない、だが老人は疑問を抱くほどに、自身の異常さを全く自覚していないのだろう。


「まぁええさ、その後ろにいるガキ、儂に譲ってもらうからな」


老人が歩いてくる、吐いた下駄でコンクリートを弾き、カツカツという音が聞こえる。

歩く姿は普通そのもの、だが俺は毛穴が全て開くほどの、恐怖に包まれたのである。


「っ……ああ!!


蝕む恐怖を声にもならない絶叫で押し返す。

ろうじんの顔も見ずに、手に持っている折れた刀を握って、正面に切り掛かった。


手応えなど一切ない。

敵に当てる気があるかどうかも、有るか無いかならば前者である。

だが現実では当てられてないが故、後者になってしまう。



「おお、どうした。錯乱状態になってるのか?」


老けた声が聞こえる、それがどこの方向から聞こえるかはわからない。

ただ肉身に判断権を任せた人間に、そんなことを詮索する理性はない。


「おとなしくなれ、狂犬にまで堕ちていなければな……」


老人が言葉を吐き終えた途端、死角から何かが直撃してきた。

銃弾を少し劣らせたような、身を抉るほどの激痛が背中に走る。


言葉も出ないほどの痛みだ。


「ぁぁ! 鳴呼嗚呼aaaaaaaaa!!」


「安心しろ、ただの峰打ちだ。くるいに骨の髄までむさぼられていないなら、ちょいとした痛みで倒れると思うが?」


その言葉通り俺の体は地面に向けて、まるで刀を振り下ろすかのように倒れる。


その瞬間に目に映ったのは、灰色かつ亀裂が蜘蛛糸のように走った、古いアスファルトであった。


「あ───」


脳と精神の興奮が一気に冷める。

それを示すかのように、手に持っていた無名の刀が、地面へと落ちていった。

石材が地面を弾き、金属の音が響く。


「負けの味は苦いが経験値を含んでおる、細部まで味わっておけ」


名も知らない老人は捨て台詞とし、残酷な現実を叩きつけた。


「待て、止まれ……」


喉を震わせながら後ろへと去っていく、老人に向け言い放つ。

老人はそこで足を止め体全体ごと振り返り、倒れ伏す俺に目を向けたのである。


「なんだ、負け惜しみか?」


「違う……負け惜しみなんかじゃない、お前をここで……!」


“ここで倒す”と言いかけた途端、老人が言葉を放ったのだ。


「ここで倒す……だろ?

いいか若人、貴公は儂に勝つことはできん。

己の力に自惚れるような言葉を言うがの、貴公は儂が峰打ちを小突いただけで負けた、もし儂が切りつけただけで、貴公の“長き使命”はここで筆を止めるだろう」


「っ……」


自身の尊厳に泥を塗られたような気がした。

だが間違いなくこの老人が言っていることは、批判することすらできないほど正しかった。


「そう言うことだ儂から言うこと……いや、儂が言うことは全て貴公に告げたぞ」


その言葉を最後に、老人は俺に背を向けた。

そして再度、彼女の元へと足を進ませたのである。


「おい化け物、そろそろ化けの皮を剥いだ方がいいぞ、お前の目的など儂はとうに理解しておる」


老人は彼女に対し暴言を放つ。

俺はその言葉に虫唾が走り、不意打ちを仕掛けようと画策した。



”マズイ……体が動かない、痛くないのに……なんでだ……“


地面についた手に力を入れ、アスファルトを掴もうとする。

当然ながらアスファルトなど掴めるほど、柔らかいものではない。


目の前では彼女を殺そうと、刀を片手で持ち近づき……。

逆に彼女はその老人から逃げようと、老人の歩行よりも遅く後退りをしていた。

彼女の表情は、恐怖で満ちていた。

完全に結果は明らかであった。


「やめ……」


手を伸ばした。

老人に対する抵抗の意として、そして彼女を助けようとする意として。


それを裏切るかのように、老人の腕は彼女の背に回ったのである。

それは同時に彼女へと訪れる、“確定的な死“を表していた。


「そら……もう時は来た、いい加減諦めろ。

幾万の時を生きた老害が……」


彼女に何かを言っているのは聞こえたが、どのような事を言っているのかは理解できなかった。

まるで鼓膜が破れたかのように、老人の声が朧げにしか聞こえなかったのだ。



「はぁ、無能がヨォこういう時に来いよ……マジで」



彼女の声が響く。

……彼女らしいとは言えないような、腑に響くほど恐ろしい声で。

まるで牙を剥いた飼い猫や飼い犬などに、非常に酷似していた。


「……っ!?」


突如として老人が持っていた刀を、カエデに似た少女が弾き飛ばしたのである。


「貴様ぁっ!」


老人が禍々しい剣幕を見せた。

その時、手に持っていた刀をカエデらしき人物に、空を裂くかのように振り下ろしたのだ。


刀を振り下ろし刃先が地近くなった途端、先ほどの斬撃のようなものが飛翔したのだ。


「ああーいいねぇそれ、久々に見たよ」


カエデらしき人物は斬撃を見るや否や、まるで懐かしむかのような声を上げた。

その間にも斬撃は海の中を裂き、目の前にいる彼女誰かに飛んでいく。


それからと数秒も経たずに、彼女に斬撃は命中した。

間違いなく、怪我は避けられないであろう。


「いやぁ残念だけど、私はまだ劣ってないよ」


まるで先ほどの事象が嘘だったかのように、彼女は石煙の中から現れたのである。

見た目も邂逅した時から、時が止まったかのように美しかった。


「まぁもう私は君には用がないからいい、カンザキナナセくん、君にはこれから絶望的でフィクションのような物語が、待ち受けてることを忘れないでね……まぁ、そんなことよりも君は自分のお姫様のことを心配しな」


その少女の言葉が終わった途端、地面に巨大な揺れが起きた。

まるでこの世界が崩壊するかのように、立てないような揺れが巻き起こったのだ。


「次は何……!!」


彼女はどういう原理まじゅつかわからないが、水中をフワフワと飛び始めたのである。

その姿はクラゲのようであった。


「じゃあねぇ、君は”ソンブレロ“ちゃんの相手でもしててね、君がこんなことで死なないことを願うよ」


少女の足元に紫色の幻想的な柄をした、魔法陣が描かれる。

魔法陣は紫と白が混同した光で、少女の身を包んだのである。


「おい待て!」


手を伸ばし”止まれ“と願う。

少女を包む光は、解ける雪のように、その場から散るように消えた。


「おい若人、動きを止める暇などないぞ。こっちに来い!」


老人が俺の服の襟台を掴み、無理やり後方へと引っ張る。

その合間にマネキンを立たせるかのように、無理やり地面へと両足が着けられる。


「走るぞ、決して止まるんじゃない、さすれば自らの命を穀のように潰すと知れ」


その言葉を言い終え老人は、まるで獅子のように走り始めたのである。


「ちょっ!」


その足の速度に追いつこうと、足に力を込め走り始める。


「早うこんとこの摩天楼の郡に、身が潰されてしまうぞ」


「は?」


すると地面に埋め尽くすかのような、巨大な影が現れたのである。

まるで巨大な生物のようであった。


上を覗くかのように見る。

そこには何かによって傷ついたビルが、崩壊を始めていたのである。


「ちょちょ!!」


それを見た途端、死に物狂いで走り始めた。

走り始めた時から、死に物狂いではあったものの、それすら彼方に置いていくほど全力であった。


「なんで、こんなに理不尽なんだぁぁ!」


愚痴を語りながら目の前が真っ暗になり、見えなくなるほどはしる。



もう死んでもおかしくないほほど走り続けていると、突如として足の感覚がなくなった。

足に力が入らなくなったのではなく、地を踏む感覚がだ。


「え、は?」


目を開き足を見る。

そこには地面がなくただただ暗い闇が、もうひとつの世界のように広がっていたのだ。



第41話 終



Sometimes, fate is a betrayer of people.

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