第40話 海中色
目の前にいたのは、黒髪の少女だった。
“目はこの世界のように赤く”、“肌は雪のように白く”、“懐かしい声”。
……そして偶然か否か、その見た目は間違いなく……。
───
もちろんのことながら、脳内は混乱一色であった。
喜び、驚き、疑問。
この三要素がまるでシチューを混ぜるかのように、脳内をまるで最初からあったかのように泳ぎ続けていたのである。
「んっんーーー? どうしたの、そんな変な物を見たみたいな、点々みたいな目をしてるけど……?」
海中というのに彼女は舌を使い、軽快に言葉を浴びせてくる。
だが彼女の言葉は聞こえているのだが、混乱しているが故、聞こえるとしてもその後の理解が全くとして実行できない。
そのままぼーっとしていると、突如として彼女らしき人物が、何かを見つけ焦ったような声を上げたのである。
「って……!! ナナセクン鼻血出てるよ!?」
彼女が非常に短い言葉をあげた。
この言葉は短かったので、すぐとは言えないが理解ができた。
どうやら彼女の言葉を聞く限り、俺の鼻からは血が出ているらしい。
彼女の急ようから見れば、大量かそれ至らずとも少量ではないことは、間違いなく確実と言ったところだろう。
……そう思いたい。
ホワホワと蒸発一歩手前の意識を、ずっと惹きつけて取り戻す。
“???”
ただ言葉にも出せず、ハテナだけが独壇場と言わんばかりに、ずっと浮かび続ける。
そして彼女の言葉に従属するかのように、鼻から出ているであろう血を拭き取るために、異界幻像を起動し適当に拭き取れるものを出す。
ティッシュだろうが使い捨てのタオルだろうが、どれでも良いので取り出した。
そして手にモフッとしたような、もしくは水分すら感じさせることがない、何かの感覚が電光石火の如く走ったのである。
だが電光石火に混じりて、これが拭ける物だということも、同時に理解したのである。
“??? まぁ、拭くか……”
やっと言葉を出すことができた。
とはいえそれにも、目の前にいる美少女に対するハテナは、しっかりと混じっていたのである。
手に持ったよくわからない物体を、かむかのように鼻に当てる。
もちろんのことだが、かむことなどない、それだと逆に悪化しそうである。
そして手に乗っかった物体を手袋のようにして、鼻をギュッと力を込めてつまむ。
”……アレー? そこまで出てない……つまり、カエデさんに似てるこの子が、オーバーリアクションすぎただけ……?“
壊れた機械人形のように首を、少しずつカクカクと動かしながら黒髪の少女へと、自身の視線を向けた。
「おーー!! よかったぁー……」
拭き取ると同時に、彼女が顔に安堵を浮かべる。
自分のことではないはずなのだが、彼女はまるで自分ごとと言わんばかりに、まるで天使のような表情を浮かべるのだ。
正直なところそのようなことをしたのか、皆目見当すら言葉足らずなほど、理解できなかった。
“不思議な人だ……なんだろう、どこかで見覚えがある気がする……何故だろうか、絶対に会ったこともない、デジャブでもない、どこか懐かしさを感じ……"
その間も目の前にいる少女の、正体をコレだという確定じゃなくてもいいから、割り出そうと思考の
“でも誰だろう、ヒントは今までの人生で、一度も見たことがないということだけだけど……”
だが宿命のことながら、“会ったことがない”というヒントにすらなりきれないモノから、予想などできるわけもない。
逆にこれから推測を割り出せるのなら、それは完全な未来予知者と大差がない。
当然でだけど俺はそんなモノ、ちっぽけも持っていないけど……!!
自虐ながら悲しくなる……。
「おやおやぁ? どうしたのかな、そんな難しいこと考えてそうな……いや、名探偵《
ホームズ》みたいな表情してるけど、何か困ったことでもある?」
「い……」
いやなんでも、という言葉を出そうとしたものの水中であるがため、口からわらび餅のような、無着色の水の泡しか漏れてこない。
そして漏れ出した空気の代わりに、海のはずなのに、“無味”の水がダバダバとダムの放流のように、口へと流れ込んでくる。
「……ァ」
喉に水が詰まり、苦痛が銃弾のように、一瞬すらも貫いて襲ってきた。
すると反射的に喉元に手を当てるという、意味のない行動をその場にて巻き起こし、自身ですらわかってしまう苦悶の表情を浮かべた。
するとその顛末を、頭から見ていた彼女は、鼻血が出た時のような焦燥的な表情を顔に浮かべる。
彼女は焦燥的な表情を浮かべ、無言で俺の喉元に手を押し当てる。
「今治すから……!」
それでも彼女は非力ではなかった、俺を助けようと行動を起こした。
すると喉に詰まった水による苦しさが無くなり、楽という感覚が体を巡った。
「はぁ、はぁ……ゲホッ」
反射的に起き上がり咳を漏らした。
それから数度と咳を出したものの、その咳は次第に落ち着きを見せ消えていった。
「はぁ、ぁ、はぁ……ふぅ、はぁ」
だがまた寝転んでしまう。
地面へと寝転んだ途端、身体中を安心感が駆け巡る。
……例えるなら、テスト全てがギリ及第点のアレだ。
「ふぅ……あ……ありがとうございます」
律儀に相手へ感謝を述べる。
自身の失態を詫びるかのように、後頭部を指でカリカリとかく。
頭をかいた後、助けてくれた彼女の顔に、視界全てを動かす。
「……よ……よかったよぉ〜〜」
途端に泣くかのような声を放ちながら、飛び込むかのように抱きついてくる。
「は、どういう……え?」
何がなんだか理解が全くできず、足を掴まれたかのようにその場から動けなくなる。
そのまま彼女の純粋な所業に、付き合うしかなかった。
完全にこの場は、彼女の独壇場と化していた。
「うぅ、ぅぅ……」
俺の服に顔を埋め、雛鳥のように弱々しく、今にでも途切れそうな声を漏らす。
「あの……大丈夫ですか?」
とりあえず、声だけでも掛けておこうと、目の前にいる少女に言葉を告げた。
だがそれでも何も反応はなく、弱々しい声を漏らしながら泣き続けるだけである。
それから数十秒が経過した。
その間、俺は何もできずにいた。
そして仕方ないと思いこの数十秒の間に、頭の隅に浮かんでいた“ある案”を行動に移した。
「本当に大丈夫ですか?」
先ほどと特に変哲のない言葉を出した。
だがここで止まるわけでは無く……。
俺は彼女の夜よりも暗い、髪に撫でるかのように触れた。
「つ……!」
漏れそうになった言葉を、無理やり口の中で抑える。
「あ? なん……痛っ!?」
彼女の髪に触れた時、手の平を全てを覆うほどの、氷の如き冷気が襲ってきた。
それと全く同時に、同じく手の平に針が刺さったような痛みが、冷気と共に襲い覆ったのだ。
咄嗟に何が起きたのか理解するべく、自身の手を睨むかのように見た。
「なんだこれ。本当になんなんだ……人間が持つ物なのか?」
手には黒いモノが突き刺さっていた。
形状は針状であり、大きさは画鋲の針程度であった。
そうであって欲しかった。
その画鋲程度の大きさの針は、少しずつその身を伸ばしているのだ。
「抜かないと……痛っ、痛すぎ……っあ」
想像した痛さすらも、はるかに凌ぐほどの痛みが手を侵食する。
「このっ、早く抜けろって!!」
手に刺さったものを試行錯誤しながら、安全など二の次に無理やり抜こうとした。
手に刺さった黒い針はかなり容易に抜けたものの、抜いた途端に異常なほどの量の血が滝のようにダラダラと垂れる。
“大丈夫だ……この程度なら
次々に刺さった黒い針を糸を縫うかのように、手早く抜いていく。
数分間の時間が経過した。
手にはクレーターのような穴が、ポツポツと開けられていた。
その穴一つ一つから、手が壊死するのではないかと思わせるほど、大量の血液が漏れ出していたのだ。
“
その途端、クレーターが埋まっていく。
クレーターだった場所は、周囲と同じ肌が形成されていった。
垂れた血液は何も手を下してない筈であるにも、霧のように変化していき消えていった。
「お……? 治った」
特に後遺症もなく手は、いつものように血を巡らせていた。
肌も血色が良く、明るい色をしていた。
……それでも諸悪と言えば、なかなかに酷いと言えるが、これを引き起こした彼女は変わらず服に顔を埋めていた。
「そろそろ顔を上げてくれませんか?」
流石に髪は危険すぎるとこの身で実感した。
次は雪みたいに白い腕を触って、彼女に顔をあげるように身振りで促す。
「起きない」
たった四文字で片付けれるほど、状況は一刻も動かなかった。
“まさか寝てる?”
頭に一つの考えがよぎる。
何ふざけたことを考えているんだ、議会で言えば退出レベルの
ともかく流石に状況的にあり得ない、あり得たら言葉が出なくなる。
とは言えなぁ…………あれだけ、リアクションもそこそこ激しい彼女であれば……と、謎の偏見を生み出し納得してしまう。
「やってみないとわからない、本当に寝てる可能性も否定はできない」
そう言葉に出し、彼女の両肩に触れる。
”普通“なら骨で硬いはずである肩すらも、まるで二の腕のように柔らかかった。
彼女の肩を盤として体を動かした。
もちろん”クラゲ“以上の激痛と被害を及ぼす、髪に絶対に触れないように。
“さぁーーと、どんな顔をしていますでしょうか?”
帳のようになった髪が開いていく。
次第にその裏にあった、極端に対照的な雪のような白肌が見えてきた。
「……ふぅぅ」
感想がまるで出なかったそれも、口笛のような呼吸を出してしまうぐらいに。
一言で言うのならば予想がまるっきり、全て的中していた。
彼女は爆睡していた。
自身の目を本気で疑った。
幻想だと思わせるほどに、ありえない光景であったからだ。
「あのぉ、起きてくれませんか?」
そこで躊躇いせず直接言葉をぶつけた。
「……」
だが彼女は目覚めることはなかった。
ヒューヒューという吐息が聞こえるので、問題がないというのは確定している。
だが彼女は石像の如く動かないため、つい大丈夫かと心配してしまった。
「……んいう?」
彼女から寝言が響く、明らかに”ニホンゴ“ではあるものの、全く言葉という言葉になりきれていなかった。
俺だけにしか聞こえないほど、小さく雪のように脆いものだ。
「ええっとーーーー、わかりますか?」
彼女に言葉が聞こえているかを問いただした。
「えぇ? ううん?」
彼女は目を開いてはいなかったものの、俺の言葉は確実に聞こえては……いるみたいだ。
まぁ相変わらず返事は纏まり整った、モノではなかったけれど。
「起きてくれませんか?」
先ほどと全く変わらない言葉。
彼女の頬を撫でるかのように、非常に優しく触れた。
するとそれに呼応したか、もしくはそれがトリガーとなり起こされたか。
彼女は目を覚ましたのである。
そこにはまるで血潮の如き赤い瞳が見えた。
何度も言うけど、彼女の目は本当に綺麗だ、それも宝石みたいにね……。
「んんーーー? えぇ? えええ!?」
彼女は瞳を見せた途端、彼女は二度の瞬きをした。
すると彼女はこちらを認識したのか、目を一瞬で見開きまるで雛鳥の鳴き声のような、驚いたような悲鳴を上げたのである。
「ッ……おはようございます……」
悲鳴で耳を塞ぎそうになるが、無理やり耐えて聞き流した。
「あ、ごめんね……? うるさかったでしょ?」
彼女は自身の声の大きさに気づいたのか、すぐに俺に対して謝罪の言葉を伝逹した。
「大丈夫ですか……?」
「うん、大丈夫だよ……ちょっと、さっきの魔術の行使で少し疲れちゃった…」
彼女は少し苦笑いのような、微笑みを俺に見せた。
「じゃあ……ここにいると服汚れちゃいそうだし……別の場所に移動しよ?」
俺の手をそっと握りながら、甘える猫のような声を出した。
俺はカエデと同じ声に、その声に魅了されそうになった。
「……移動しましょうか」
彼女に応答を告げると、さきほど握られた手を引っ張られ、共に別のところへと行こうとした。
「ナナセクン逃げて!!」
突如として彼女が大声を上げた。
寝起きの悲鳴よりも何倍も、比較できないほど巨大であった。
「え?」
声など彼女の行動より遅かった。
すると彼女は繋いで手を離し、両腕で俺を突き飛ばした。
“何事か”という言葉が、体全てを駆け巡った。
────思いもよらぬ、刺客が飛び込んできたのである。
海中を裂くほど高速な何かが、彼女に向けて飛んで来たのである。
目で認識しているものの、言葉に出すことはできなかった。
「危な……!!」
彼女に手を伸ばし何かが直撃する、彼女を助けようとした。
その間、彼女はそのとんでいる何かに、攻撃をしようとしていたが、明らかに対応できるような攻撃速度ではなかった。
「っ……でも、これならギリギリ!」
すぐさま異界幻像で日本刀を生成し、彼女に飛来する形容できないものを、切り落とそうとした。
相手の耐久力も不明、どのような性質を持っているのか、そんなものを片隅にすら考えずただ切り落とそうと体を動かした。
“軽く五メートルぐらい、これならいける!!”
地面を強く踏み込みその力で、見えないものに対し接近を試みた。
接近を試みた途端。
まるで壁に飛ばされたかのように、身を身を何かに近づけることができた。
「うぁぁぁぁぁ!!」
まるで泣いていると、形容できる声で飛来するそれを、切り裂くことができた。
音は聞こえなかったが、しっかりと
そして同時に、手に持っている刀に軽さができ、それは刀の刀身が折られていると、証明していたのである。
「いやはや素晴らしい、ここまでできる人間がいるとはな」
その時、誰かの声が響いた。
第40話 終
Justice for someone else.
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