"第39話"・悪辣なガラクシア

白煙に体が呑まれ、どんな痛みにすら耐え切れる意識すらも、正体不明で謎一文でしか片付けられない"何か"により、鎮圧されてしまったのである。

視点は白く霞がかり、目の前に確実にあるであろう現実くうかんが全く見えない。

目の前にいるのは“敵”かもしくは、”味方“か。

その浮かぶ考えに期待の執念を向けるが、この霧が晴れるまでは何もわからない。


わかったとしても……別に安心もできるわけなどない。


”なんだ、どうなってるんだ……? 声が、全く出ない……というか、カエデさんを見つけないと”


心の中でこの言葉を直接再生する。

第一に気づいたことは、自身の声が全く出ない。

表現するならば、テレビドラマなどである、登場人物が海中に落ちていくアレである。

呼吸もしずらい。

息が吸えなくて、非常に苦しく気持ち悪い、その上に体が悪寒に包まれた。


“助けを乞うても、誰も助けてこない。”


“ただ暗い水底に落ちていくだけ、水底に落ちれば誰にも声は届かない。”


“いやだ、死にたくない。誰か助けてくれ。”


嫌な言葉が体を駆け抜けていくかのように、無理矢理にも連想されていく。

腕を伸ばす。

だがそれも実態が見えるわけではなく、ただ筋肉の微小な痛みと腕と同じ位置に、発生しているという二つの結果を糸のように繋ぎ合わせて、初めて“腕を伸ばしている”という言葉を発する。


少しずつどこかへと意識は沈降していく、完全に覚めているはずなのに、また別の“何か”に引きずられるように意識が沈められていく。

その正体は理解できている。

だが理解していても、その正体の█████████《せいしきめいしょう》は、霞むように思い出せない……。

などではない、まるでバラバラに打ち砕かれた、パズルのピースのように思い出せないのだ。


霞ならまだいいのだ、それならば……それならば、きっとなんらかの衝動で思い出すだろう。

だがピースであればタチが悪い、一つずつはめないといけないからだ、少しのヒントから……エトセトラという感じに。


“助け……誰……が、だれでもいいから……俺を助けてくれ”


心の中で虚しく叫び続ける。

まるで地獄の戦場に投げ出された、兵士のように助けを誰かに乞うた。


抵抗虚しく。

吐露しようとした言葉は、そもそも言霊にすらできなかった。

雀の涙程度の肺に溜まった空気が、最後にテニスボール大の大きさになり、その後ろに雨粒レベルに小さい抱球が続いた。

それを認識した途端に肺にあった空気は、完全に口から漏れて、脳の動脈から末梢動脈に掛ける、人体の”末端“から消え失せたことを理解した。


抵抗しながら足掻くように、息を吸おうとすれば……。

口いっぱいに濁流のように水とは違う、人肌のように暖かい液状の何かが強引に入り込んできて、呼吸という行動を完全に封じてくる。

だが苦しくなどなかった、逆にこれが普通かと思い込むほどに、一輪の苦痛すらも感じなかった。


ま、今から死ぬかもしれないから……そのことは気にすること必要はない。

今から死ぬのなら、少しぐらい余興のような話をしておけば、死が仕向けてくる恐怖を、忘れられるはしないだろうが、それを霞のように曇らせることぐらいはできるだろう。

できれば曇天ぐらいに真っ黒な、ヴェールに包むぐらい……俺の目から見えなくさせて欲しいくらいだ。


……なら、最後くらいなら……眼球で自身が終わる瞬間ときの最後の墓場くらい、観測してやろうじゃないか。


非常にゆっくりと瞼を開け始める、その速度の遅さに理由など一切なく、ただやりたくわざと遅くしただけである。

瞼は少しずつ開き目の前にあった景色を、視界に映し始めたのである。

だが予想は百八十度に裏切られたのである。

目の前に広がるものは確かに“海”であった、しかしそれは既存のものではなかった───。


“なんだ、コレ……嘘だ……なんだこれはおかしい、おかしすぎる”


その背景は初見の一印象は“赤”だった、血潮なんかよりも赤い、この世の物質に存在も相当するとは思えないほどの赤であった。

俺は息を呑むかのようにして目を丸く開き、その驚きに押されるかのようにして、水面へと泳ぎ始めた。


まるで犬カキのように、それか地獄から抜け出す死者のように、ただ水面を求め泳ぎ始めた。

ゆっくりとゆっくりと……などと、都合よくいくものではなかった。

全く一歩も進めないのである、逆に泳ぐどころか先ほどよりも速く、水底へと体は沈んでいくのである。

その光景を形容するのならば、コレが最も的確であろう、“底なし沼に落ちていくかのように”と。

だがコレで時間を潰す間も数尺ずつ、水面へと足は近づいていく。


”あ……あ”


無駄と言うべきほど水面へと上がろうと、泳いだものの体力は減っていき、とうに尽きてしまった。

俺は少しずつ自身の行き着く末路を理解して、

まだ海の中に光を照らす、地上よりも上に浮かぶ、真っ白に光り若干赤が混ざった、丸い太陽のようなものが視界から遠くなっている。

その光景を見せられるにつれて、次第に自身が水底終わりへと近づいているのだと自覚させられた。

それを見せられてしまっては、抵抗しようとする気力も少しずつ、吸収されるかのように失せていった。

それでも意思に反して体は勝手に動き、最後の最後の抵抗なのだろうがゆっくりと、太陽に似た何かに向けて手を伸ばした、その伸び方は漁船に引き上げられる置き網みたいに、無理やりと形容できるものであった。


水底へと体は落ちていく。

水底に落ちていく体はもう抵抗をやめ、腕をだらんと水底へ向けて下ろした。

それは言葉で伝えなくとも、周りから見れば終わりを受け入れたのだなと、理解できるほど露骨に描かれたものであった。


それから数分ぐらい経っただろうか、肉体は水底に近くなった。

それを確実に証明できるようなものなどは無いが、先ほどの太陽が原型などなくなっているからだ……と、そう言えば少しは証明材料程度にはなるのでは……ないか?

もちろんこれに自信などこれぽっちも無い、確実に否定されるだろうから……という理由。


“……ん? アレは……?“


唐突に視界に端に黒く縦に長い何かが、まるで割り込むかのように映り込んだのだった。

……その大きさは彼女の家的な場所に連行ゆうかいされた時に見た、ラディアンス・シティのビル型建造物に、”一変も狂いがないほど“非常に酷似していた。

だが正直、その移り方には多少の違和感を覚えた、なんせ縦に長いはずなのに、今になって現れるのはおかしいとしか言いようがないからだ。

だがそれの理由なんて、問い詰めたところで意味がないだろう、そもそもこの世界自体が異常なのだから、現状の理解が限界の俺には穴を見つけることなど不可能に近い。

その穴をつくのならば、まずこの海の水底に着いてからだ。


……なら水底に早く行こうか、流石に海中で体勢を変えるのは少し至難だから……アレを使うしかないか。

異界幻像起動。

これで、体制を変えれますようにっと。


何もない刹那の時間から、突如として右手の甲に魔法陣が浮かび上がった。

その色はまるでこの世界に合わせるかのように、赤色の血潮の如きであった。

その魔法陣の全体像を一瞬だけ確認し、なんの意味のない相槌を一度打つ。

そして俺は視線を水底の方へ向け、右手を全力の力を込め空間を殴るかのように、後ろの方へと降りしきった。

振るったと同時に体が、何か巨大なモノに転がされたかのように背中が水面へと向き、前額面が水底の方へと向いた。


”前額面……体を正面から見た面。


右手の甲にあった赤い魔法陣は、光る粒子のようになり海の藻屑へと成った。

そして先ほどの落ちていくのを待つとは、真反対の行動を取り水底へと泳ぎを始めた。


“当たり前だけど、上に泳ぐよりも下に泳ぐほうが、楽で良いなぁ、最初からこうしておけば良かったな“


泳ぎながらなかなかに、自虐的なことを考える。

いや……確かに自虐的ではあるものの、まるで過去の自分を嘲笑うかのような、もしくは卑下するような言葉である。

本ヒトにとっては笑うべきことであるのだろうが、三者から見れば自分にナイフを突き立てているような、なかなかに痛々しいものであるように見えるだろう。

まぁこれを言ったところで、癖の悪い本人が変わることなど一切、ないのは目に見えている。


“お、アレは……?”


そうやってつまらない小話で、時間を塗りつぶしていると、下の方に何かを発見した。

だが海の中にある“灰色のコンクリート”のようなものが視界を潰し、全くと言っていいほどソレの形がなんであるのか解明できない。

それでも先ほどの摩天楼ビルなどを見たことを加味して、予測を述べるとすれば、アレは道路かもしくは駅などの横に長いタイプの、人工物である………………と、言えるかもしれない。


まぁ、その正解不正解はとりあえず、行ってみなければ出てこない。

未来予知とかできれば、動かずともわかったかもしれないが、あいにくそんなもの一片たりとも持っていない。

だから否応いやおうなしにこの水槽の中のような、海を泳いで水底に行くしかないのだ。


そういう卑下を散らしながら、底へ底へと泳ぐ。

まるで死へと向かっているようにも見えるし、もしくはどこからか放たれた、真実を突き詰めようとしているようにも見える。


絶対に消えることのない水をかき分けながら、遂にその隠された姿を現した”水底“に、自らの身体の行末を任せる。

……と、その前に行く前に現状の問題点を振り返る。

幸いなことに水底は”全く暗くなかった“ので、視覚的なものには困らないが、俄然なことに音が全く聞こえない。

もしもという、予測で終わればいいのであるが、ここに自身以外の者がいたとして、それが敵対する場合は、全く対抗できないのである。


それ以外の弊害というのであれば、腕も水をかき分けるということしかできず、ましてや銃を撃つことも不可能。

刀剣を振り下ろす事はできるであろうが、そこから敵を切りつけるということは、全くできないであろう。


言うなれば現状は、弱々しい白兎とか、ただの動く的である。

だがここで戻るなど到底不可能。

鮭の真似事の如く上へと登ろうとしても、押さえつけられるように沈んでいくだけだ。


目を瞑り、もう一度心を整える。

そして目を勢いよく開き、底へとゆっくりと泳ぎ始めるのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



それから数十分程度、泳いだあとこの海の底が、手が届くとこまで近づいた。


“……予想的中、やっぱり道路みたいだ、ということは……ここは完璧に、なんかの都市かもしれない、周りにもビルとか駅らしきものとかあるけど、ほとんど瓦礫になって地面に落ちてるし“


同時に先ほどまで内で渦巻いていた疑問が、同時に解決したのである。

間違いなくここは都市である、という結論も滞りなくつけることができた。


“なるほどなるほど、そういうことかぁ”


そして探索を続けようと、水をかき分けるかのように、先ほどと全く同じ泳ぎ方を始めようとした途端……。


“ぎゃをっ!!”


なんと地面にそのまま落ちてしまい、顔面を地面にぶつけてしまったのである……。

まるで冷たいような痛さが走り、鼻がジクジクと痛くなり始めた。


“痛た……何が……?”


何がなにだか理解できず、顔を上に向けた。

だがそこにあったのは、海でもビルでもなかった。


「何してるの? “カンザキナナセ”?」


”───は?“


第39話 終

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